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先進事故自動通報システムによるドクターヘリ出動の有用性を実証<アスカ21第81号掲載論文>
2012.02.14

先進事故自動通報システムによるドクターヘリ出動の有用性を実証

 

日本医科大学千葉北総病院救命救急センター
益子邦洋

 警察庁の発表によれば、2011年におけるわが国の交通事故発生件数は690,907件、負傷者数は852,094人であり、 24時間死者数は4,611人で前年に比べて252人(5.2%)減少した。この結果だけを見ると、交通事故死者数が11年連続で減少し、3年連続して5,000人を下回ったことになり、交通事故の被害撲滅に向けた関係者の精力的な活動が奏功していると言えよう。
しかしながら、飲酒運転の厳罰化にも関わらず飲酒運転による死亡事故件数は267件あるなど、交通事故情勢が厳しいことに変わりはない。国家公安委員会では、「平成27年までに交通事故死者数を3,000人以下とし、世界一安全な道路交通を実現する」という第9次交通安全基本計画の目標達成に向け、交通事故死者の更なる減少に取り組むとの国家公安委員会委員長のコメントを発表した。
さて、ASKA21 第80号(2011年10月発行)でも述べたが、筆者は、2010年度からタカタ財団の助成を受け、「先進事故自動通報システム(Advanced Automatic Collision Notification; AACN)が起動するドクターヘリシステムによる交通事故死亡削減効果の研究」を行っている。
今回、本研究の一環として、実車並びにドクターヘリ実機を用いて、交通事故発生からAACNを通じてドクターヘリを起動し、現場で医師が治療を開始するまでの時間短縮効果について実証研究を実施したので、その詳細について報告する。
本実証研究は、認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)が主催し、トヨタ自動車株式会社が共同研究者、(財)日本自動車研究所(JARI)の協賛、日本自動車工業会(JAMA)、日本自動車輸入組合(JAIA)の後援、つくば市消防本部、㈱日本緊急通報サービス(HELPNET)、朝日航洋㈱、日本医科大学千葉北総病院の協力というスキームで、2011年12月20日 (火)に茨城県つくば市の日本自動車研究所(JARI)において実施された(図1)。

 AACNとは、衝突直前の速度や衝突時の速度変化などを記録するイベントデータレコーダ(EDR)をエアバッグシステム内に搭載した車両が交通事故を起こした際に、EDRのデータをもとに乗員のケガの状況を推定(傷害予測)するとともに、消防や警察にその結果を通報する装置である。
実証実験に先立ち、参加者全員に講堂に集まっていただき、HEM-Netの國松理事長の挨拶の後、AACNとドクターヘリのコラボレーションによってもたらされる救命救急効果について筆者から説明した後、今回の衝突実験概要やEDRによる傷害予測の方法についてHEM-Netの石川理事から説明がなされた。
次いで全員がバス等に分乗して衝突実験場へ移動した後、AACN試作品を装備した乗用車(クラウンマジェスタ)に2体のダミー人形を乗せ(ドライバーはシートベルト無し、助手席乗員はシートベルト着用)、時速50㎞の速度で車をバリアに正面衝突させる事故を再現した(図2)。

事故発生直後にEDRからのデータがオペレーションセンター(都内)に自動送信され、1分後にはつくば市消防本部に出動要請の電話が入った。消防本部ではモニター画面に事故現場の位置情報と衝突情報(衝突方向ならびにデルタV)、更には乗員の傷害予測情報(重症で救命救急センターへの搬送が必要)が映し出され(図3)、3分後には救助隊、救急隊、消防隊の3隊に出動指令を行った。

一方、ドクターヘリ基地病院である日本医科大学千葉北総病院にも事故発生から3分後にドクターヘリ出動の要請があり、モニター画面に同様の情報が示され、要請から4分後(事故発生から7分後)ドクターヘリが基地病院を離陸した。基地病院から事故現場までは直線距離で40kmあったが、事故発生から21分後、ドクターヘリが現場近くのランデブーポイントに到着して、救急車内で負傷者の治療が開始された。救急車内での必要な初期治療を終え、30分後には患者をドクターヘリに収容し(図4)、33分後に現場を離陸して実験は無事終了した。その後、ドクターヘリは再びランデブーポイントに戻り、見学者や報道関係者に機体内部の装備を供覧した。
ドクターヘリがヘリポートに戻らず、基地病院まで患者を搬送したと仮定すると、病院到着は事故発生から44分後ということになる。

現在のドクターヘリ事業統計では、交通事故発生から119番通報まで約5分、119番通報からドクターヘリ出動要請まで約15分、出動要請から医師が現場で治療を開始するまで約18分かかっており、これを合計すると事故発生から医師の治療開始までに平均38分を要していることになる。
ドクターヘリ搭乗医師による治療開始までの時間短縮効果は、事故現場と基地病院との間の距離によって左右されるので、一律に何分と言うことは出来ない。しかしながら今回の実験では、従来、医師の治療開始までに要した時間をAACNで大幅に短縮することが明らかとなり、概ね15~20分の時間短縮効果が見込めると考えられる。
交通事故死者数を削減して後遺症を軽減するためには、現場からの迅速かつ適切な医療提供が必須であり、早期の救命救急医療着手を可能にする今回の実験成果は、わが国のドクターヘリ事業にとって、画期的な1頁を刻んだと言えよう。
今後は、本実験の結果を踏まえ、2年間にわたって続けてきたタカタ財団研究の成果を公表して必要な提言を行い、5年後を目途に、AACNと組み合わせた世界初となるドクターヘリ出動要請システムを実用化させたい。