医師が同乗して救急現場に急行する「ドクターヘリ」の普及が急速に進んでいる。13日、千葉県東金市のファミリーレストラン内であった発砲事件でも被害者の搬送に出動した。1日現在、27道府県に計32機が運航中で、年間出動回数は今年、初めて1万件に達する見通し。NPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」発足から約12年。救急医療の一翼として定着しようとしている。
■渋滞知らず
千葉県印西市の日本医大千葉北総病院。ヘリポートには白い機体が待機する。飛行は午前8時半から日没30分前まで。操縦席に操縦士と整備士、後部に医師と看護師各1人が乗り、患者1人を搬送する形が標準。多くの負傷者が見込まれる場合、医師2人が乗り、1人は現地で処置に当たり、患者2人を乗せて運ぶ。13日、東金市の発砲事件でも同病院から出動した。
同病院は君津中央病院(同県君津市)とともに、千葉県全域から茨城県南部にかけて2機でカバーする。運航指令室の壁には到着時間を示す同心円が描かれた地図。渋滞に影響される陸上と違い、この円が実際の時間の目安になるのがヘリの強みだ。管内どこでも最大約25分で到達できる。
消防から出動要請があれば数分で飛び立ち、河川敷や校庭、公園など地元と取り決めた約1100カ所のどこかで救急車と落ち合う。運航開始の際は医師が数カ月かけて全消防署を回り、積極的な利用を呼びかけた。
■高い専門性
北総病院救命救急センター長の益子邦洋教授によると、負傷後の30~40分が生死を分ける患者は多い。実際、同病院では、心臓破裂で体内に出血が続いていることを到着した医師が見極め、迅速な処置と搬送、緊急手術で患者を救命した例があるという。ヘリが飛べない夜間などの対応として、医師が乗るドクターカーも導入している。
ただ「医師が行けばいいというわけではない」と益子さん。負傷の部位や程度を診断し、初期治療をしながら、必要な治療ができる医療機関を探すには、救急医療の高い専門性が求められる。ドクターヘリを導入する場合は、専門医の確保が大きな課題だ。
自治体によっては、千葉のような2機の運航が難しい場合もある。ことし、1機でスタートした熊本県の方式が参考になるだろう。
熊本県ドクターヘリ導入推進協議会の高山一美事務局長によると、万が一、ドクターヘリ出動中に出動要請があった場合は県の防災ヘリが出動。病院で医療チームを乗せて現場に向かう。「ドクターヘリ導入前から防災ヘリによる救急出動で経験を積んできたことが生きた」という。
■有効性を実証
山口拓洋東北大教授(医学統計学)らは、ドクターヘリを導入した手稲渓仁会病院(札幌市)、北総病院、東海大病院(神奈川県伊勢原市)、久留米大病院(福岡県久留米市)の4病院に搬送された交通事故患者で、ヘリ搬送の患者計120人と救急車の患者計111人を比較。年齢や意識レベル、血圧、けがの重傷度など、回復に影響する要因を補正して分析した結果、入院日数は18~4日短縮、医療費に相当する入院点数も低くなることが分かり、ヘリの有用性が明らかになった。
今年はほかに、秋田県、三重県でも運航開始。府県間で協力する地域も多く、実質的にカバーされていないのは東京や北陸3県(富山、石川、福井)などわずかだ。
元警察庁長官の国松孝次・同ネットワーク理事長は「今後は医療としての質を高めること、無事故運航を続けるための安全への取り組みが重要」と強調。関係者の実地研修や運航の安全研修会に力を入れている。
(2012年2月14日宮崎日日新聞)