今年2月。茨城県の横田将大(まさひろ)君は、母親の実家の前で車にひかれた。ぐったりして、顔は真っ青。祖父母があわてて車でかかりつけの小児科医院へ運ぶと、医師はほかの患者の診察を中断して、救急車に同乗し、約20km離れた県内の救急病院へ運んだ。一晩、治療をしたものの、血圧が低下し、命に危険があった。翌朝、救急病院の医師は千葉県印西市の日本医大千葉北総病院にドクターヘリの出動を要請した。
午前10時。将大君は日本医大千葉北総病院へ到着と同時に、開腹手術を受けた。肝臓がぱっくりと裂け、出血していた。普通に縫合しては間に合わない。布で患部を圧迫する緊急止血を行い腹部を閉じた。
だが、その後も血圧は不安定。肺も傷ついて呼吸もうまくできない。「小児専門の集中治療を受ければ何とかなるかもしれません」。手術後、執刀医は両親に説明。再びドクターヘリで、小児集中治療室(PICU)のある、東京都世田谷区の国立成育医療研究センター病院に運んだ。
PICUの医師たちは、人工呼吸器、輸血、点滴、経腸栄養、胸にたまった血を取り除く管などを次々と装着。翌日、日本医大千葉北総病院の医師が駆けつけ、共同で止血した布を取る手術をした。手術後再びPICUに戻り、医師、看護師が24時間付っきりで呼吸や血圧などを細かく調整した。9日後、ようやく安定し、ヘリで日本医大千葉北総病院に戻った。
事故から1ヵ月後、将大君は退院した。今のところ後遺症もなく、以前と同じ生活を送っている。「先生方の連携が、どこか一つでもとれていなかったら、助からなかった」と父親(45)は振り返る。
日本医大千葉北総病院は2004年から、国立成育医療研究センターと提携し、子供の重症患者は、救急治療後にドクターヘリで搬送する。以前の死亡率は、全国の救命救急センターと同程度だったが、それが大幅に減った。同大千葉北総病院救命救急センター助教の八木貴典さんは「子どもの救命率を上げるには小児専門の集中治療が必要だと思う」と話す。
だが、こうした機動的な治療は、全国どこでも受けられるわけではない。日本のPICUは全国22病院に196床あるが、欧米に比べて少なく、必要とされる数の3割程度でしかない。国は昨年から整備を進めているものの、子どもの救急重症患者の多くはPICUのない病院で死亡しているのが実情だ。国立成育医療研究センター病院集中治療科医長の中川聡さんは「PICUを増やすだけでなく、ヘリの活用も含め、子どもの重症患者をPICUに集める診療体制作りも急務だ」と話している。(館林文子) <読売新聞 2010年12月10日の記事より抜粋>
ドクターヘリが機動力 <読売新聞>
2010.12.22