VOL.2
    
      「一刻も早く手術を」
      小さな命を救ったドクターヘリ
    
      (乳児特発性僧帽弁腱索断裂)
    
      見谷紘(みたに ひろ)くん
      (福井県鯖江市在住 取材当時1歳4カ月)
    
 
 
  小児の突然死の原因となる「乳児特発性(にゅうじとくはつせい)僧帽弁腱索(そうぼうべんけんさく)断裂」。手術をすれば回復しますが、手遅れになるケースも少なくありません。この病気を患った見谷紘くんは、フライトドクターの判断で一命を取り留め、現在は元気に幼稚園に通っています。(2017年7月発行の『HEM-Netグラフ』44号の記事を再編)
  2020.4.1
  夏風邪の症状から一転、「即入院」に
  “めがねの町”として知られる福井県鯖江市で、両親の愛情をたっぷり受けて育っていた紘くん。命に関わる病気が見つかったのは、生後6か月のことでした。
  「私の実家がある近江八幡市に帰省していたときのことです。息子が39度の熱を出したので、近所のクリニックを受診したところ、『夏風邪でしょう』と診断されました」(母親の明希子さん)
  その日は坐薬とシロップ状の薬をもらって帰りましたが、3日経っても熱が下がりません。
  「もう一度クリニックに行って血液検査を受けると、今度は『今すぐ入院してください』と言われました。それで、紹介された近江八幡医療センターに慌てて行ったのです」(明希子さん)
  そのときは発熱もいったん治まり、16日後に退院した紘くんでしたが、その3日後に、経過観察のために受診した同センターで再び38度の発熱が確認されます。そのまま入院して様子を見ることになった紘くんの容体が一変したのはその日の夜。翌朝には、心肺停止に陥ります。
 
  ドクターヘリ搬送の経緯
  14:39 近江八幡医療センターより済生会滋賀県
      病院にドクターヘリ出動要請
  14:45 兵庫県立こども病院に電話搬送先確定
  14:52 CSに天候確認
  14:57 ドクターヘリ出勤
  15:03 近江八幡医療センターに着陸
  15:05 患者接触
  16:05 近江八幡医療センター離陸
  16:35 兵庫県立こども病院着陸
  運ばないでダメになるより運んだほうがいい
  「お医者さんから『今、蘇生処置をしている』と。容体が安定したらドクターヘリに乗せて、別の病院に運ぶことを伝えられました」(明希子さん)
  ドクターヘリは近江八幡医療センターが、ドクターヘリの基地病院である済生会滋賀県病院に直接依頼したもので、搬送先は済生会ではなく、関西では有数の大規模な小児集中治療施設を持つ兵庫県立こども病院です。
  「(済生会のフライトドクターの)野澤正寛先生からは、『バイタル(心拍数、呼吸、血圧、体温などのこと)が安定したので、今から兵庫のこども病院に運ぶ。ヘリの中でダメになるかもしれないが、運ばないでダメになるよりいい』と言われたので、私は『お願いします!』と答えたのを覚えています」(明希子さん)
  紘くんと明希子さんはドクターヘリに乗り込み、野澤医師とともにこども病院へ。
  到着後はCICU(心臓疾患集中治療室)に運ばれ、ECMO(体外式膜型人工肺)を装着します。検査の結果、紘くんを襲った病は「乳児特発性僧帽弁腱索断裂」でした。これは、心臓を流れる血液の逆流を防ぐ弁の一部が裂けて、呼吸器や循環器の機能が急激に低下する病気で、すぐに手術をすれば回復しますが、手遅れになるケースも少なくありません。乳児の突然死の原因にもなっている怖い病気です。
 
  ドクターヘリだからこそ命を救える
  20時半。紘くんに対する緊急手術が開始され、終了したときには深夜3時になっていました。6時間にも及ぶ長い手術で一命を取り留めた紘くんは、再びCICUへ。
  「それから1カ月半。毎日が生きるか死ぬかでした」と涙ながらに話す明希子さん。その後、ICUを経て一般病棟へ。7カ月後に退院となりました。
  紘くんは現在、福井県内の病院と療育センターに通い、リハビリをがんばっています。明希子さんは、一刻を争う状況の中で適切な判断をして、紘くんの命を守ってくれた野澤医師に「会いに行きたい。大きくなった息子を見せたい」と話します。 父親の大亮さんの職業は消防士。救急隊員として、日々、防災ヘリに乗って活動しています。
  「医師が搭乗できない防災ヘリは、患者を運ぶことしかできません。医師がいち早く病人のもとに駆けつけて、治療できるドクターヘリだからこそ、命を救えるんです」
  わが子を抱きかかえながら、こんな気持ちを打ち明けてくれました。
 
  
  すっかり元気になった紘くん。