この報告書はHEM-Netの欧州ヘリコプター救急システム調査団による調査結果である。2001年6月スイス、ドイツ、フランスの3か国にメンバー5人を派遣して調査をおこない、同年11月HEM-Net国際シンポジウムを期して印刷物により公表した。
はじめに
欧米においては重症患者の救急活動にヘリコプターを利用することで大きな成果をあげているが、わが国でも離島、災害現場など限られた分野でのヘリコプター救急が人命救助に効果的な実績を重ね、最近ようやく本格的なヘリコプター救急の重要性が認識されてきた。
しかし現在、わが国の行政機関、民間企業で使用するヘリコプター数は先進国なみになり、多くの分野で活躍しているものの、救急医療分野ではきわめて限られているのが現状である。
このため、われわれ特定非営利活動法人(NPO)救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)では、わが国ヘリコプター救急普及のための問題点を整理分析し、ヘリコプター救急を推進するシステムづくりについて調査、分析、実験をおこない、検討を進めているところである。
この調査研究の一環として、本年6月調査団を組んで、ヨーロッパのスイス、ドイツおよびフランスにおもむき、各国の運用実態を総合的に調査し、分析した。本報告書は、その調査結果を西川渉理事が中心になってまとめたもので、その内容は今後のヘリコプター救急システムを検討する場合の貴重な資料となるもので、多くの関係者の検討資料として活用いただければ幸いである。
最後に、本調査にあたっては国松孝次駐スイス大使のご尽力に負うところが大であり、ここに感謝の意を表するものである。また訪問先のスイスREGA、ドイツADAC、フランスSAMUの関係者のご協力に感謝し、その調整にあたった山野豊HEM-Net諮問委員にも感謝いたしたい。
2001年10月
欧州ヘリコプター救急システム調査団 団 長 魚谷 増男
第1章 調査の目的と概要
1.調査の目的
本調査は、救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)が目的とする課題――日本においてヘリコプター救急システムを調整構築し、その普及をはかり、将来は自らも救急ヘリコプターを運航することによって救命率の向上、予後の改善、医療コストの軽減をはかるための基礎的な参考事項を収集すること。その上で収集した事項を整理検討し、わが国のヘリコプター救急制度、ひいては救急医療体制そのものについて提言をすることが目的であった。
もとより外国の真似をしたり、追随せよというわけではない。けれども、わずか3か国ではあったが、欧州の先進的な国のもようを視察して、日本の体制が大きく遅れていることを痛感した。人命は地球よりも重いとか、何よりも尊いなどという表現は、単なるお題目にすぎないのではないか。いま目の前で危険にさらされた人の命を助けるのに、法規や行政区分や費用を論議するばかりで、いっこうに手をさしのべようとしないのが日本の実状ではないのか。
われわれは、そうした反省の上に立って、いわゆる「命の危機管理」の充実促進をはかるべく、ここに3か国で視察した状況を整理し、ご報告すると共に、日本のあり方についても若干の提言を試みたいと思う。
2.調査の概要
本調査は2001年6月7日から6月15日までの間、スイス、ドイツ、フランスにおもむき、下記の機関または企業を訪ねて、あらかじめ提出してあった質問事項にもとづき、説明を聴き、現場を見学し、また資料を入手するということで実施した。
訪問先と訪問期日は次表の通りである。
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6月8日 | スイス・エアレスキューREGA本部 | チューリッヒ |
6月9日 | スイス・エアレスキューREGAベルン基地 | ベルン |
6月11日 | ドイツ自動車連盟ADAC本部 | ミュンヘン |
6月11日 | ハルラーヒン病院ヘリコプター基地 | ミュンヘン |
6月11日 | ミュンヘン消防本部救急指令センター | ミュンヘン |
6月12日 | ユーロコプター・ドイツ社 | ドナヴァース |
6月13日 | 欧州エアレスキュー委員会(EHAC)クグラー会長 | ミュンヘン |
6月14日 | フランス救急機関SAMU94 | パリ |
3.調査団の構成
調査団は下記の5名によって編成した。
団 長 | 魚谷 増男 | HEM-Net理事長、平成国際大学法学部教授、法学博士 |
団 員 | 辺見 弘 | HEM-Net理事、国立病院東京災害医療センター副院長、救命救急センター長、医学博士 |
西川 渉 | HEM-Net理事、㈱地域航空総合研究所 所長 | |
山野 豊 | HEM-Net諮問委員、日本航空医療学会評議員 | |
原 英義 | HEM-Net諮問委員、朝日航洋㈱救急医療航空事業担当部長 |
第2章 世界のヘリコプター救急
1.救急ヘリコプター数
世界の先進国ではヘリコプターによる救急活動が日常的におこなわれている。そのためのヘリコプターは、下表のとおり総数900機以上が使われている。これは3年ほど前の数字だから現在では1,000機前後にもなったであろう。
このうちアメリカでは350機を超える救急ヘリコプターが24時間体制で待機しており、事故や急病人が発生したときは昼夜を問わず出動し、現場での救急治療にあたっている。これによって救護を受ける患者の数は年間およそ25万人と見られる。
ヨーロッパでも、主要国のほとんどで救急ヘリコプターが日常的に動いている。その数は専用機だけで約200機。現場出動にあたっては常に医師が同乗し、その場で初期治療にあたり、高い救命効果をあげている。
ちなみにアメリカでは病院間搬送を除いて、現場への1次救急に医師が搭乗する例は1割程度と見られる。あとはフライトナースやパラメディックが搭乗して救急治療に当たる。彼らは日本の救急救命士と異なり、いわゆる「メディカル・コントロール」体制を背景として医療行為に関する高い技能と権限を有し、医師にも劣らぬ応急処置をすることができる。
表2-1 世界の救急ヘリコプター数
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北 米 |
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西 欧 |
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北 欧 |
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東 欧 |
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ア ジ ア |
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中 東 |
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中 南 米 |
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アフリカ |
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[出所]英AIR AMBULANCE HANDBOOK, 1998年8月
2.欧州エアレスキュー委員会
2000年2月25日、ヨーロッパ主要国の救急ヘリコプター運営者を主体とする欧州エアレスキュー委員会(EHAC:European HEMS & AirRescue Committee)が発足した。
ミュンヘンに本拠を置くドイツ社団法人で、救急ヘリコプターの運航団体や企業が加盟国している。関係国としてはドイツ、オランダ、オーストリア、スイス、イタリア、スペイン、イギリス、ノルウェー、ルクセンブルグ、ポーランドなど。
会長には、過去30年余りドイツ自動車連盟ADACにあって、ヘリコプター救急の発展につくしてきたゲルハルト・クグラー氏が就任した。ほかにスイス、オランダ、オーストリアの代表が理事として名を連ねている。
これで従来、各国別個に独自の道を歩んできた欧州のヘリコプター救急システムが、共通する課題について相互に協力し合い、欧州連合(EU)や各国政府との協議、交渉の窓口をもったことになる。
そこでEHACは次表のような目的を掲げている。
表2-2EHACの活動目的
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具体的活動としては、たとえば2003年から適用が予定されているICAO(国際民間航空機関)の新しいヘリコプター運航基準が救急ヘリコプターにとっては不必要にきびしく、原案のまま適用されたのでは今の病院ヘリポートのほとんどが使えなくなるなどの問題が生じるとして改正を求めたり、国境越えのヘリコプター救急がもっと容易にできるようパイロットの資格基準の改正を求めたりしている。
3.ヘリコプター救急の必要条件
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- これら先進諸国でおこなわれているヘリコプター救急システムは、当然のことながら、国によって仕組みが異なる。システムの運営主体としては国、自治体、民間団体、企業などがあり、機材を所有するのも公的機関があったり民間企業だったりする。費用負担は国、自治体、健康保険、民間医療保険、個人、寄付などさまざまである。
今回の調査対象とした3か国については後述するが、それらを含む各国の実状から共通性の多い特徴を抽出すると、次表2-3のとおりとなる。
表2-3 諸外国のヘリコプター救急システムの特徴
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上表に示す特徴はヘリコプター救急の理想的な必要条件でもある。各項目の要点は次のとおりである。
(1)救急専用ヘリコプターの配備
救急出動は救急車の例に見るように一刻を争って出てゆかねばならない。ヘリコプターを使う場合も同様で、防災機や自衛隊機が兼務し、他の任務についていたり、他の装備をしていたのでは生死の境にいる患者の救助には間に合わない。
救急用の機材は、そのための専用機が常に救急装備をして、いつでも飛びたてる状態で待機していなければならない。
(2)消防機関を窓口として日常化
平成10年3月、消防法施行令第44条が改正され、ヘリコプターも救急車と同じような救急手段として扱うことになった。この改正法規がめざすように、119番の緊急電話を受ける消防本部が窓口となり、そこから救急車とヘリコプターの出動指令を出し、救急車を動かしながら、必要に応じてヘリコプターを飛ばす。既存の救急体制の中にヘリコプターを組み入れることが、ヘリコプター救急を日常化させる近道であろう。
(3)医療スタッフが同乗
救命率を高めるためには、可能な限り早く応急処置をすることである。それには医師が病院で待つのではなく、ヘリコプターで救急現場に飛び、その場で初期治療をおこなう必要がある。このとき、医師の代わりに救急救命士が現場へ飛ぶとすれば、アメリカのフライトナースやパラメディックのように高い技能を持たせ、医師の指示の下でおこなう「特定行為」のような制約を減らしていく必要がある。そのためには、現行法規の改正を含めて「メディカル・コントロール」体制を確立する必要がある。
(4)待機の場所は病院
救急出動に医師が同乗するには、ヘリコプターの待機の場所が遠く離れたところにあってはならない。離陸したヘリコプターが途中で病院に寄って医師をピックアップすればよいとする意見もあるが、出動の都度迂回しなければならず、仮に病院が救急現場と同じ方角にあったとしても離着陸操作だけで2~3分の無駄が生じる。一刻を争う緊急対応システムにこのような矛盾を組み込むことは避けなければならない。
(5)2分で離陸、15分以内に現場到着
ヘリコプターと医療スタッフが同じ場所に待機し、出動要請から短時間で飛び出し、平均7~8分、最長15分以内に現場に到着することが原則である。ちなみに日本では一般市民が119番の電話をした場合、救急車は10分前後できてくれる。けれども、それから道路搬送によって病院に到着するまでには全国平均で30分以上を要している。すなわち救急患者が医師に出逢うまでに、日本ではおそらく欧米の3倍程度の時間がかかっていると思われる。
(6)現場に着陸
出動したヘリコプターは必ず救急現場に着陸し、その場で医師が治療に当たらなければならない。どこか遠いヘリポートに着陸して、救急車が患者を運んでくるのを待つという悠長なやり方は本来の姿ではない。航空法も平成12年2月、ドクターヘリコプターは事前の手続きなしに、現場に着陸してよいものとして改正された。
(7)24時間の運用体制
救急ヘリコプターは前項のように現場に着陸しなければならない。そこは、ほとんどが未知の場所であり、いかなる危険が潜んでいるかもしれない。とりわけ夜間は周囲の状況が見えにくいだけに危険が大きい。そのため国によって、夜間の出動をする国としない国がある。夜間出動をするのはアメリカ、スイスなど、していないのはドイツ、イギリスなどで、フランスは地域によって異なる。
これを日本の問題として考えるならば、当面は昼間だけの飛行をおこなうこととし、将来は夜間出動のできるよう技術水準を高める。さらには気象条件が悪いときでも、計器進入などをおこない、患者を安全確実に病院へ届けられるようにするといったシステムをつくり上げる必要があろう。
(8)出動回数は年間1,000回前後
ヘリコプターは特別な存在ではない。救急車と同じように扱うべきである。したがって年間1,000回くらいの出動は当然ということになる。ドイツでは後述するように年間2,000回以上の出動をしているところもある。
(9)平易な出動基準–空振りを恐れない
平成12年2月、当時の自治省消防庁は「救急ヘリコプター出動基準ガイドライン」を全国に通知した。その趣旨は、ヘリコプターをもっと活用しようというもので、出動の判定基準を簡単にして、医師や救急救命士のような専門家でなくても、誰でも判別できるような基準になっている。しかもヘリコプターを出すべきか否かで迷ったときは、無駄を恐れず出すべきであるとしている。
必要な出動をせずに、ヘリコプターを遊ばせておく方が余程無駄であり、世界中どこのヘリコプター救急も、2割程度の無駄な飛行はやむを得ないとして広く容認されている。空振りのないことが理想というのは間違いといっていいであろう。
(10)費用負担
改正された消防法施行令の精神からして、ヘリコプターも救急車と同じ扱いならば、費用負担も同じことになろう。少なくとも消防機関所属のヘリコプターを飛ばす場合は、そうなるであろう。
しかし現実問題として、消防機だけで救急専用機をまかなうのは難しい。とすれば、たとえば健康保険や労災保険などの社会保険でまかなうよう法規を改めるべきであろう。あるいは今の法規でもできるような解釈を明確にする必要がある。
平成12年度の国民医療費は29兆円余で、そのうち27兆円以上が各種健康保険による支出であった。救急ヘリコプター50機を全国47都道府県に配備するとして、その運航費が合わせて年間150億円ならば、医療費総額の2,000分の1――0.05%に過ぎない。医療費にくらべて、ヘリコプターの運航費は微々たるものである。
しかも、もっと重要なことは、わずか0.05%の支出増によって早期の治療着手が可能になり、死亡者が減るばかりでなく、治療期間や入院期間が短縮され、保険の支払額が減少する。健康保険制度の財政内容も却って改善される可能性もあろう。
第3章 スイスのヘリコプター救急
1.基本理念と歴史的経緯
1-1 赤十字の理念
スイスでは、航空機による救助活動が「スイス・エアレスキューREGA」と呼ばれる航空救助隊によっておこなわれている。その基本理念は、スイスの生んだ赤十字活動と同様、永世中立国ならではの積極的な人道主義に裏打ちされたもので、アルプスの山岳地を舞台にみずからの危険をかえりみない果敢な活動を展開している。
スイスは19世紀初め、1815年のウィーン会議で永世中立国となった。中立国といっても、しばしば誤解されるような消極的な非武装中立ではない。武装中立のうえに、義務兵役制による軍隊をもつ。また永世中立だからこそ国際連合にも加盟せず、しかもさまざまな国際機関の本部を誘致しているのも一つの見識といえよう。
国際的な赤十字活動がはじまったのもスイスである。1859年イタリア統一戦争で戦場に残された数万の死傷者の惨状を目撃したスイス人、アンリ・デュナン(1828~1910)は,みずからボランティア・グループを組織して救護に当たった。この体験から、デュナンは戦時における救護の必要性を説き,そのための民間組織を結成するよう提唱した。その結果、1864年に欧州12か国がジュネーブ条約に調印して国際赤十字社が発足した。デュナンはこのことで1901年、最初のノーベル平和賞を受けている。
赤十字社の本部はジュネーブに置かれ、常設の国際委員会はスイス人ばかり25人以内で構成される。シンボル・マークの赤十字はスイス国旗の赤地に白十字を反転したもの。今では、赤十字社は国際的な中立の救護組織として、戦時ばかりでなく、平時の災害でも犠牲者の救護に当たるほか、病院などを運営して一般的な保健事業も展開している。その基本理念は博愛と人道の精神に立ち、人種、国境の別なく、平等を原則とし、政治、思想、宗教、経済に関しては厳正中立を旨として活動することにある。
ちなみに日本が赤十字条約に加盟したのは1886年であった。これに伴い1887年、それまで1877年の西南戦争から救護および慈善団体として活動してきた博愛社が日本赤十字社と改称され、今の特殊法人、日本赤十字社が発足した。その活動は、赤十字の精神にのっとって災害救助、病院経営、看護婦・助産婦の養成、医療社会事業などを含んでいる。
このような赤十字の理念を受け継いで活動しているのが、スイス・エアレスキューREGAにほかならない。ヘリコプターやビジネス・ジェットなど最新の航空機を利用して、アルプス山岳地の遭難救助はもとより、市街地での交通事故の救急や国外の急病人を連れ戻すための国際帰還搬送(インターナショナル・レパトリエーション)などを任務としている。
REGAの救急業務における原則は、事故の現場に直接、医師を送りこむことである。したがってREGAの航空機には、ヘリコプターでもアンビュランス・ジェットでも、必ず医師が乗り組む。その背景には次のような基本理念が謳われている。
「REGAの目的は、赤十字の基本理念に従い、困難な状況に陥って救助を必要としている人を助けることにある。救助にあたっては、遭難者の人格、人種、宗教、階級、経済状態または政治的信条の如何にかかわらず、差別なしに実行するものとする。REGAは如何なる場合も人の生命および健康にかかわる困難を排除し、救護にあたるものである」
1-2 REGAの発足
REGAは1952年に発足した。スイス救助協会(SLRG)の関連団体としてはじまり、今日まで半世紀近い間に当初の小さな組織から270人以上の専門家を擁する全国組織へと発展した。
設立の提案は1952年4月27日、SLRGの総会でルドルフ・ブッヒャー博士が同協会の中に航空機を利用したレスキュー・チームを作りたいと切り出したのにはじまる。そして総会の承認を経てスイス・エアレスキュー、すなわち航空救助という近代的、専門的な組織が発足した。
最初の救助作業は同年9月、英空軍で訓練を受けていたスイス人のパラシューティストが訓練中に負傷したときであった。飛行機で迎えに行き、スイスへ連れ戻したのである。
1952年の12月22日にはヘリコプターを利用した救助にも成功した。事故を起こした熱気球の負傷者1人をバルーンのバスケットごとヒラー360小型ヘリコプターで吊り下げて搬送したものである。この迅速な救助活動によって、山岳地でもどこでも着陸できるヘリコプターの有効性が実証された。
1957年にはベル47G-2小型ヘリコプターの寄贈を受け、アルプス山岳救助のための待機がはじまった。
1960年3月、スイス・エアレスキューはSLRGから分離独立し、みずからの基金で自立するようになった。同時に全国的な組織として展開し、広範囲の救急要請に応じられるようにした。また、さまざまな救助または救急の技術が開発され、国内各地はもとより国外でも利用されるようになった。
こうしてREGAは当初の山岳遭難救助から、国外で急病になったり負傷したスイス人のレパトリエーションもおこなうようになった。先のパラシューティストの帰国搬送がそうだが、1960年からはそれが本格化した。当時の使用機はピアジオP.166を臨時チャーターしたものであった。
このころまでに、REGAは公的な資金援助なしで、民間基金だけで運営するという基礎が固まり、その信頼性と名声も急速に高まっていった。それを見たスイス連邦政府は1965年、REGAをスイス赤十字の特別補助機関として組み入れることにした。
1973年6月、REGAは民間機としては世界で初めてのエア・アンビュランス機を購入した。リアジェット24D双発ジェット・ビジネス機に救急医療装備を取りつけたものである。
また半年後の同年11月、初めての双発タービン・ヘリコプターMBBBO105Cを入手した。このヘリコプターはチューリッヒ大学の小児科病院の屋上ヘリポートに配備され、機内にインキュベーター(保育器)を搭載して未熟児の搬送にあたった。
1-3 ヘリコプター配備の進展
REGAのヘリコプターによる救急活動は、赤十字の補助機関となった1965年頃からスイス国民の間にもよく知られるようになり、多くの人が赤い塗装のヘリコプターに親しみを感じるようになった。そのことからヘリコプターの配備は全国に拡大し、多くの国民の協力も得られるようになった。
同時にREGAは、事故の現場に直接医療チームを送りこむという考え方を実行に移した。これは当時画期的なことで、1975年には交通事故の怪我人の救急もおこなうようになった。
1992年からはヘリコプターの入れ替えがはじまった。それまでのアルウェットⅢやBO105に代わって、新しいアグスタA109K2ヘリコプターが導入された。この入れ替えは1995年に完了する。
REGAのヘリコプターはスイス国内10か所に配備されている。本部のあるチューリッヒを初め、首都ベルンなどである。ほかに協力機関の運航する3機のヘリコプターがモリス、ズバイシムメン、ジュネーブに存在する。これらのヘリコプターは常に待機の状態にあって、昼夜を問わずいつでも緊急事態に対応できる態勢を取っている。
こうした13機の配備により、ヘリコプターはわずかな地域を除いて、国内のどこでも15分以内に到達し、救急現場に医師を送り届けることが可能という体制を取っている。その任務は、アルプスの山岳地帯に多い登山またはスキー中の事故や、平地での交通事故、さらにはスポーツによる怪我、労働災害、急病人などの救急である。
ほかにREGAは2次搬送もおこなう。たとえば地方の小さな病院で容態の悪化した患者を中央の施設のととのった病院や特殊な治療のできる病院へ搬送するのである。加えてREGAは臓器、血液、血清、医薬品などの緊急輸送をしたり、特別手術のための医師を輸送する。また雪崩、地震、洪水、山火事などの自然災害にも出動するし、山岳地の農民や牧童の救出、怪我をした動物の搬送もおこなう。山の中の放牧中に怪我や病気のために動けなくなった大きな牛をモッコに入れて吊り下げ搬送する光景も珍しいことではない。 2000年実績は牛と羊を合わせて450頭を超えたというから人間なみの救助数である。
1-4 REGAの名称
REGAの正式名称は3か国語があって、それぞれ
- Schweizerische Rettungsflugwacht(独)
- Garde anOienne Suisse de sauvetage(仏)
- Guardia aerea Svizzera di soccorso(伊)
という。
ここからREGAという通称が出来たのは、スイス国民の言語がいくつにも分かれているため、全てに共通して発音しやすく、親しみやすい名前を考えたものである。したがって正式名称に対応した略語になっているわけではない。が、RE(Rettung:救助/独語)とGA(la garde/仏語)の組合わせとか、英語のRE(rescue)とGA(guard)の組合わせによる憶えやすい造語などの説明をする人もある。
2 REGAの現状と実績
2-1 ヘリコプターの配備体制
REGAは現在14機のヘリコプターを保有する。そのうち10機を10か所の救急拠点に配備し、残り4機を予備機として、総数14機が順次整備点検を受けている。機種はすべてアグスタA109K2軽双発タービン機である。
ほかに3か所の救急拠点があり、そこには民間ヘリコプター会社の機体がREGAとの契約によってパートナーとして待機する。機種はAS350B2(ヘリコプター保安サービス社)、ベル206Lロングレンジャー(ヘリ・リンス社)、アルウェットⅢ(BOHAG:バーナー・オーバーランダー・ヘリコプター社)である。
これらを合わせて13か所の配備拠点は次表の通りである。
表3-1 スイスのヘリコプター配備拠点
REGA パートナー 拠 点 機 種 拠 点 企業名 機 種 1 チューリヒ アグスタA109K2 12 モリス ヘリ・リンス社 ベル206L 2 バーゼル 14 ツバイシメン バーナー社 アルウェットⅢ 3 ベルン 15 ジュネーブ 保安サービス社 AS350B2 4 ローザンヌ [注]拠点番号は下の地図の中の数字に対応する 5 ウンターヴァズ 6 ロカルノ 7 サンガレン 8 エルストフェルト 9 サムダン 10 グステグウィラー
これらのヘリコプター配備によって、次図に示すように、スイス国内のほとんど全ての地点が、たとえアルプス山中であっても、15分以内に医師が到着できるような体制が組み上げられている。
スイスの救急ヘリコプター配置図
ちなみにスイスの国土面積は約41,000k㎡。その中に13機の救急ヘリコプターが配備されているとすれば、378,000k㎡の日本ならば120機のヘリコプター配備に相当する。スイスが如何に密度の高い配備をしているかが分かるというものである。
2-2国外支援 スイスは西ヨーロッパの中心部にあって、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリアと国境を接する。その国境近くにも救急ヘリコプターを配備しているため、隣国との協定ができていて、国境の向こう側で救急ヘリコプターを必要とした場合は、REGA機が国境を越えて飛ぶ仕組みになっている。たとえばスイス最北のバーゼル基地はドイツとの国境に接しているため、出動件数の6割がドイツ側へ飛んでいる。むろんドイツ消防の依頼によるもので、そのための料金も協定の中に定められている。
同じようにフランス、イタリア、オーストリアとの間にも同じような国境越えの救急協定ができている。
2-3 ベルン基地訪問
(1)飛行場の中に拠点
上の13か所の拠点の中から、われわれはベルン郊外のREGA基地を訪問した。市内中心部から約9km、車で15分ほど走ったところにあるベルン・ベルプ空港と呼ばれる小さな飛行場の一角にある。
この空港は首都に隣接していながら、山と牧場と農地に囲まれた地方空港のおもむきがあり、定期便はクロスエアなどのコミューター便がチューリヒなどの大都市との間を結んでいる。機種もサーブ340Bといったターボプロップ機であった。
空港の一角にあるREGAの拠点は、アグスタA109ヘリコプター2機が余裕をもって入る程度の格納庫と、それにつながる事務所および待機室。2階には寝室もあって、医師とパラメディックとパイロットが夜間も寝泊まりをしている。
われわれが訪ねたのは土曜日の朝で、通常ならば休日という日であったが、早朝すでに1回の出動をしたらしい。応対をしてくれたのは待機中のドクターで、近くの大学病院から派遣されてきている人だった。本来は麻酔医。救急治療やヘリコプター搭乗の専門的な訓練を受けている。
余談ながら、ドイツでも見られるように救急医療に麻酔医が多いのは、日本と違って医師が救急現場に出て行くためである。現場では本格的な外科手術などはできない。場合によっては気道確保のための緊急気管切開などの簡単な手術もおこなうが、ほとんどは応急治療と患者の苦痛をやわらげるための処置で、それには救急医療の訓練を受けた麻酔医が適するのである。
大学病院では3人の医師が交替でREGAの待機任務に指名され、派遣される。すなわち、ここではヘリコプターが病院ヘリポートに待機するのではなく、医師が飛行場にやってきて、ヘリコプターのそばで待機する。勤務体制は24時間連続、もしくは48時間連続で、出動要請のないときは2階で寝ていてもかまわない。
(2)ヘリコプター REGAのヘリコプターは上述のようにアグスタA109K2である。標準型のA109Cにくらべて機体の大きさは変わらないが、エンジン出力が大きい。A109Cがアリソン250-C20R(450shp)2基を装備しているのに対し、A109K2は高出力のチュルボメカ・アリエル1K1(632shp)2基を装備する。これにより、高温・高地性能が良くなっている。
つまり、空気密度が薄いために飛行性能が低下するような気温の高いところ、標高の高いところでも、本来の離着陸性能、飛行性能が発揮できるわけである。実は、この仕様はアルプス高地の救難飛行にも充分な能力が発揮できるよう、REGAの要請にもとづいて改良開発されたものである。いわばREGAのための特別機といっていいかもしれない。ただし最近は世界中に普及し、日本でも富山県警、静岡県警などが同じ機種を使っている。
機内は前方右席にパイロット、左席にパラメディックがすわり、主キャビンには医師とストレッチャーに横臥した患者が乗る。ただし患者の容態が不安定で介助が必要なときは、パラメディックも後方に移る。
ヘリコプターのキャビン配置は下図のとおりだが、患者が横臥したキャビンは必ずしも広くない。医師は患者の頭上ではなく、横に位置しなければならないので、飛行中の挿管(intubation)は難しい。なお搭載可能なストレッチャーは1人分である。
アグスタA109K2救急機のキャビン配置
(3)装備の内容 ヘリコプターにはほかにもさまざまな装備品が取りつけられている。医療器具は酸素モニター、心拍モニター、シリンジ・ポンプ、人工呼吸器、除細動器、酸素ボンベなど。
また医療器具以外にも通信機器、GPSなどの航法機器、拡声器、夜間着陸のためのサーチライト、スノウシュー(かんじき)、救助用ホイストなど。そのひとつ、ペイシャント・バッグはヘリコプターが患者のすぐそばに着陸できないようなときに使う袋である。これを使うときは医師が患者のところにウィンチで降りて行き、応急処置をしたのち患者を袋の中に寝かせ、無線でヘリコプターを呼んで、患者と共にウィンチで引き上げてもらう。
ただし機内には入らず、キャビンと同じ高さの位置で吊り下げられたまま、ゆっくりと最寄りの平らな場所へ向かう。このとき患者は医師の胸の高さで水平、すなわち横になった状態にある。このためドクターは常に患者の容態を監視していることができる。それからヘリコプターは平らな場所に着陸し、患者を機内に引き入れ、病院へ急行するのである。
(4)独自の長吊り技術 アグスタA109K2の右舷についている救助用の吊上げホイストは、最長220mの長吊りができる。50mの標準ワイヤに170mの登山用ザイルをつないだもので、急峻な岩壁の途中で立ち往生した登山者を救うためにREGAが開発した。
救助隊員はザイルに身を託し、徐々に降下して岸壁の途中、オーバーハングの下で立ち往生している遭難者に近づく。このときパイロットからは220mの長吊りといえば、東京都庁やサンシャインビルの最上階から地上を見るようなもので、人の動きなどはほとんど見えない。それでも高い絶壁を登るアルピニストを救出しようというのが、REGAの誇る救難技術である。
(長吊りによる山岳遭難者の救助――助ける方も命がけ)
(5)出動離陸時間
REGAのヘリコプターは1年365日、24時間いつでも出動できるような体制で待機している。そこへ出動要請がきた場合、どのくらいの時間で離陸するのか。
原則は下図の通りで、山岳地と平野部で異なり、冬と夏によって異なり、昼間と夜間で異なる。すなわち下図の濃い色の部分は5分以内の離陸、薄い色の部分は20分以内に出発することになる。
時 刻
0800 1700 1900 2000 2200 0800
山岳地
冬 (5分以内) (20分以内) 夏 平野部
冬 夏
たとえばベルン、チューリッヒ、バーゼル、ローザンヌ、サンガレンのような平野部では、夏ならば午前8時から午後10時まで5分以内に出発するが、10時以降の夜間は20分まで長くなる。乗員が睡眠をとっているために身支度に暇がかかり、寝覚めの頭脳がはっきりするまで時間がかかることを見越しているのであろう。
そして冬ならば日没が早いために5分以内の離陸は午前8時から午後8時までの間となっている。さらに山岳地帯の基地では、夏でも5分以内の出発が午前8時から午後7時までと短く、冬は午後5時まで。あとは20分以内に離陸することになっている。
なお出動目的を平野部の基地と山岳地の基地で分けると、平野部では主に交通事故、産業事故、スポーツ事故、急病人が多く、山岳地では山岳遭難、スキー事故、捜索、予防パトロールなどが多い。
(6)出動
(小雨の中を出動するREGAベルン基地の救急ヘリコプター)REGAベルン基地の事務所の壁に張り出された表には、次のような出動実績が記録されていた。
表3-2 REGAベルン基地の2001年出動実績
月 出動回数 備 考 1月 42回 2月 73回 3月 50回 4月 52回 5月 95回
この表の中で夜間飛行がどのくらいあったか、気象条件が悪くて飛べない日がどのくらいあったか、詳細を訊こうと思っているところへ緊急ベルがなり、ヘリコプターの出動指令が発せられた。
雨のために格納庫の中に入れてあったヘリコプターを、パラメディックが牽引車でエプロンへ引き出す。パイロットは電話で詳細を聞き、ドクターが医薬品類を整える。保温の必要な輸液類や保冷の必要な薬品もあるので、それらを貯蔵庫から出さなければならない。
パイロットが出てきてヘリコプターのエンジンをかける。今度はドクターが電話の受話器を取り上げたと思ったら、実はわれわれのためにタクシーを呼んでくれたのであった。彼は「5分ほどでタクシーがくるから、ここで待つように」と言い残して、ヘリコプターに乗りこんだ。
ヘリコプターはあわただしく、しかし落着いて小雨の中を離陸していった。ちなみに離陸までの時間は出動要請から9分、エンジン始動後2分であった。雨のために機体を格納庫から引き出す分だけ遅れたようである。
周囲の山には雲が低くかかり、どういう緊急事態なのか、出動現場がどこなのか訊く暇もなかったが、ちょっと不安な気象状態であった。それでも救急患者が待っているのである。ヘリコプターと患者の無事を祈らずにはいられなかった。
2-4 国際機関搬送
REGAはヘリコプターのほかにも3機のアンビュランス・ジェットを飛ばしている。国外からのいわゆる国際帰省搬送もしくは帰還搬送、帰国搬送(レパトリエーション)のためで、3機とも双発ジェット・ビジネス機に医療装備をほどこした救急専用機である。機種はBAeホーカー800が2機と、それよりひと回り大きいカナディアCL-601チャレンジャーが1機。
いずれもチューリッヒ・クローテン空港に待機していて、国外で負傷したり急病になったりしたスイス人の要請に応じて出動する。両機種の任務の違いはホーカー800が主として欧州圏内の帰還搬送、航続距離の長いチャレンジャーがもっと遠い国からの搬送にあたり、ときには日本へ飛来することもある。
われわれがクローテン空港のREGA本部を訪ねたときは、チャレンジャーが中東のオマーンへ出動していて不在。2機のホーカー800が明るい広々した格納庫の中で翼を休めていた。
ホーカー800は、乗員がパイロット2人とドクター1人のほか、患者1人についてナース1人が乗る。ストレッチャーに横臥した患者は最大2人まで乗せることができる。ただしキャビンへの乗降口が小さくせまいために、患者をのせたストレッチャーを運びこむのは決して容易ではない。そこでキャビン内側に小さなクレーンがついていて、それを利用して重いストレッチャーを引っ張りこむようになっている。ホーカー800の機内クレーンの状態は下のとおりである。
チャレンジャーも乗員構成は変わらない。ただし患者は最大6人まで乗せることができる。機内配置は次図のとおりである。
これらの患者や乗員が外国から戻ってきたときの入国管理、税関検査、検疫など、いわゆるCIQの手続きは、このREGA本部でおこなうことができる。そのための窓口が格納庫に設けてあった。
なおREGAの飛行機によらず、定期便によって国外から帰還する患者もある。このときもREGAの医療スタッフが付き添って、旅客機のキャビンにストレッチャーを積みこむといった方法を取る。
2-5 REGAの通信連絡体制
チューリッヒ・クローテン空港の中にあるREGA本部には、中央コントロール・センターが設置されている。ここで、スイス国内はもとより世界中からの通信連絡を受け、保有航空機への飛行指示や運航監視をおこなう。
ガラス張りのセンターには、おびただしい数の電話機、無線機、コンピューターなどが置かれ、通常5人のスタッフがいて年中休むことなく活動している。外部からの緊急要請に対応する5人のうち2人は国内を担当、3人は国外との連絡に当たる。ほかにドクターが1人常駐している。
緊急事態におちいった人は誰でもいつでも「1414」の電話番号を回しさえすれば、このコントロール・センターと連絡を取り、REGAの救援を受けることができる。国外からも同様で、どこの国でも「+41-1-1414」を回せばよい。
コントロール・センターへの電話は、約7割が消防、警察からで、急病、交通事故、山岳遭難への出動要請である。残り3割は一般の人からで、急病や怪我を訴え、ヘリコプターの出動を要請してくる。
緊急電話を受けたスタッフは相手の症状を推しはかりながら、何が、いつ、どこで起こったのか。怪我人の人数と怪我の程度。事故現場の気象状態――特に水平視程はどのくらい遠くまで見えるか。現場周辺の障害物――電線、電話線などはないか。吊り上げウィンチは必要か、もしくは患者のすぐそばに着陸できそうか、といった事項を確認する。
(REGA本部のコントロール・センター)こうした情報から搬送の手段を決定し、全国34か所のREGA支部を結ぶ無線連絡網を通じてヘリコプター基地へ飛行指令を出す。このときコントロール・センターのスタッフは、ヘリコプターの出動が必要か否かを判断するにあたって、警察、消防、スイス・アルペンクラブなど、ほかのレスキュー機関と相談することもある。
いっぽう国外で病気になった人からの緊急電話に対しては、センターの医師が医学上の助言を与える。たとえば特殊な医薬品が手に入らないような場合は代りの薬品を教える。また急病人に対して、外国の病院を紹介することもある。つまりREGAは、航空機に関連しないことでも助言を与えるのである。
またアンビュランス・ジェットの出動が必要になった場合は、そのスタッフに飛行指令を出す。同時に患者に対しては、REGA機が迎えに行くまでの間、どのようにして待てばいいか医学的な助言を与える。たとえば患者に近い場所の病院を紹介したり、どんな薬を服用すればいいかといったことである。
そうした助言と同時に、コントロール・センターのスタッフは表3-3に掲げるような事項をできるだけ詳しく聴き取ってゆく。これで患者のもとへ的確に飛行機を送りこみ、その人をのせて戻ってくることができる。
その際、REGAが最も強みを発揮するのは永世中立国という立場である。中立国であるために外交上の障害が少なく、戦闘状態にあるような動乱や紛争の地へも、REGAは飛んで行くことができるのである。
表3-3 国外からの緊急電話受付の確認事項
- 患者の氏名、生年月日、自宅住所など
- 患者の現在の居場所――住所、病院などの電話、FAX番号
- 今後連絡を取る場合の相手の氏名、電話・FAX番号その他の連絡手段
- 担当医の氏名、言語、電話、FAX番号
- 患者の容態――意識があるか、人工呼吸か、診断内容など
- 病気または怪我の原因――いつ、何が起こったのか
- 患者の身分証明書やパスポートの所在場所、ビザの有無など
- 搬送目的の病院――患者をどこの病院へ搬送するか
- スイス本国における患者のかかりつけの医師(氏名、住所、電話番号などを聞いて、その医師から過去の病歴を聞き出すことも当面の措置をするうえで重要)
- スイス国内で連絡する必要のある人――その人の氏名、住所、電話番号など
2-6 REGAの組織と人員体制
REGAの救急救助活動を支えるスタッフは2000年末現在、次表のとおり274人であった。
表3-4 REGAのスタッフと人数
要 員 人 数 備 考 ヘリコプター・パイロット 29 ジェット・パイロット 21 整備士など航空技術者 42 運航管理スタッフ 33 ドクター 18 ナース 16 パラメディック 31 補給を含む一般管理部門 84 合 計 274 3 REGAの救急出動実績
3-1 ヘリコプターの出動実績
(1)ヘリコプター出動実績
REGAのヘリコプター出動実績を、2000年と1999年について見ると次表のとおりとなる。
表3-5 スイスの救急ヘリコプター出動件数
2000年(件) 1999年(件) 増減(%) 1次救急 4,728 4,637 +2.0 2次救急 2,712 2,505 +8.3 そ の 他 754 823 -9.2 REGA合計 8,194 7,965 +2.9 REGA以外 2,365 2,283 +3.6 総 計 10,559 10,248 +3.0 上表に見るように、拠点10か所のヘリコプター出動件数は1999年の7,965件から8,194件へ2.9%の増加となった。1か所平均およそ920件ということになる。ほかに3か所のパートナー機やチャーター機が2,365件の出動をしている。したがってスイス国内13か所の2000年中のヘリコプター出動は10,559件であった。これは1999年の10,248件に対して3%増ということになる。
(2)1次救急の分野別内訳 REGAの出動実績の中で、1次救急4,728件の分野別内訳は次表の通りである。
表3-6 1次救急の分野別内訳
救 急 分 野 2000年実績(件) 構成比(%) 前年比(%) ウィンタースポーツ事故 1,226 25.9 +11.5 交通事故 1,174 24.8 +8.4 急 病 690 14.6 +4.0 産業事故 667 14.1 -0.4 山岳事故 526 11.1 +7.3 スポーツ事故 269 5.7 -2.2 航空事故 102 2.2 -37.3 なだれ事故 31 0.7 -16.1 そ の 他 43 0.9 -418.6 合 計 4,728 100.0 +2.0 (3)1次救急の疾患内容 1次救急4,728件について、主要疾患の内容を見ると、次表の通りとなる。
表3-7 REGAヘルコプターの出動した主な疾患内容
疾 患 内 容 2000年(件) 構成比(%) 前年比(%) 頭部外傷 1,636 34.6 +19.0 心臓および循環器系統の疾患 1,405 29.7 +27.7 脊髄損傷など重度の外傷 495 10.5 +71.9 未熟児(生後4週間以内) 290 6.1 +3.2 死 亡 316 6.7 -15.2 (4)夜間飛行 夜間の出動、すなわち夜間飛行は、2000年の実績が8,194件中1,756件で、21.4%を占める。以上を要するにスイスのような山岳国であっても、救急ヘリコプターは1機が年間800件以上出動し、その2割強が夜間の出動である。
3-2 固定翼機の出動実績
REGAの関係した国際帰還搬送の実績は、2000年と1999年について次表の通りである。
表3-8 固定翼機の帰国搬送実績
2000年(件) 1999年(件) 増減(%) REGAジェット 809 804 +0.6 定期便 527 442 +19.2 合 計 1,336 1,246 +7.2 上表に見るようにREGAのアンビュランス・ジェット3機による国外からの帰還搬送は、2年間にわたってほとんど変わらなかった。しかし国際定期便による帰還は、2割近い増加となっている。これはアンビュランス・ジェットの高いコストを忌避した結果というのがREGAの見方である。
3-3 REGAの総出動実動
ヘリコプターとジェットを合わせたREGAの総出動実績は次表の通りである。
表3-9 REGAの総出動実績
2000年 1999年 増減(%) ヘリコプター 8,194件 7,965件 +2.9 ジェット 1,336件 1,246件 +7.2 総 計 9,530件 9,211件 +3.5 救護された患者数 8,842人 8,303人 +6.5
4 REGAの財務内容
4-1 パトロン
REGAは政府機関ではない。非営利団体である。国や自治体からの経済的支援は受けていない。スイス国民の寄付金によって運営されている。これには国民1人ひとりの万一にそなえる保険料という性格も含まれるのであろう。
寄付金額の単価は次表のとおりである。なお1スイス・フラン(CHF)は70円として計算してある。
表3-10 スイス国民によるREGAへの寄付単価
大人1人 CHF30(約2,100円) 家族(両親と18歳未満の子ども) CHF70(約4,900円) 片親家族(片親と18歳未満の子ども) CHF40(約2,800円) REGAに寄付をしているスイス国民は次表のように年を追って増え、現在およそ158万人である。スイスの人口およそ718万人に対して22%に相当する。この寄付に応じてくれる人びとを、REGAは「パトロン」と呼び、このパトロンによる寄付を基金としてREGAは成立している。
表3-11 REGAパトロンの増加ぶり
年 パトロン(人) 備 考 2000 1,582,000 1995 1,315,000 1990 1,262,000 1985 1,000,000 1980 692,000 これらのパトロンによる寄付の総額は2000年度で59,549,000スイス・フラン(約42億円)であった。
4-2 収入総額
REGAの収入はパトロンの寄付だけでは不充分である。ほかにも大口寄付、飛行料金の請求、医療保険からの給付などがあり、2000年の総収入は1.1億スイス・フラン(約80億円)であった。
その内訳は下表のとおりだが、収入の大半は大きく国民の寄付と飛行料金の回収がほぼ半分ずつと見てよいであろう。
表3-12 REGAの収入金とその割合
2000年(千フラン) 構成比(%) 1999年(千フラン) 前年比(%) パトロン寄付金 59,549 53.9 59,099 +0.8 大口寄付金 7,063 6.4 14,031 -49.7 飛行料金 46,624 42.2 43,653 +6.8 その他の収入 6,114 5.5 6,283 -2.7 回収不能 -8,928 -8.1 -7,967 ―― 合 計 110,422 100% 115,099 -4.1 [注]金額の単位は千スイス・フラン(1フラン=約70円) 上表のうちパトロンの寄付は前項に見た通りだが、大口寄付はREGAの救護を受けたことのある人が死亡した場合の遺産が主なものである。飛行料金は救急飛行料金を患者や医療保険会社に請求するもの。ただし、REGAのパトロンは、これが免除される。
その他の収入はREGA以外の機関による救護活動を支援した場合の料金や、宣伝グッズの販売収入など。回収不能収入はパトロンの免除金額、山岳農民の救助活動などである。
4-3 飛行料金の回収
繰り返しになるが、REGAは非営利法人である。人道的な博愛精神にもとづいて人命救助活動をしている。その運営費もスイス国民の寄付金によってまかなわれている。けれども活動手段は「医療」と「航空」という二つの高額の経費がかかるものである。したがって寄付金だけでは不足するため、救急出動に要した料金の請求がおこなわれる。
請求先は患者自身や医療保険会社だが、緊急出動に際してあらかじめ請求先を確認したり、請求金額を決めたりすることはできない。最終的には人道上の見地から回収不能も見こまなければならない。そこで、出動費用の請求手順は次図のようになる。
患者への質問と費用の支払い
あなたは医療保険に入っていますか? 「YES」→ 保険会社へ請求する 「NO」
↓あなたはREGAのパトロンですか? 「YES」→ 費用の請求はしない 「NO」
↓あなたは救急出動費用を払えますか? 「YES」→ 患者へ請求する 「NO」
↓回収不能の経費として帳消しにする なお最終的に帳消しにする場合、そのコストは1人5,000スイス・フラン(約35万円)と見こまれる。ただし、当人にはREGAのパトロンになってもらい、30フラン(約2,100円)を申し受ける。
4-4 支出費用
REGAの2000年度の費用支出は次表のとおりであった。
表3-13 REGAの支出費用
費用科目 2000年(千フラン) 1999年(千フラン) 運航費 14,869 12,036 出動費 10,663 10,113 人件費 42,484 38,850 家賃 1,240 1,164 車両整備費 802 489 保険料 2,935 2,921 一般管理費およびIT費用 5,446 5,603 広報宣伝費 3,904 3,589 減価償却費 1,367 2,499 合 計 83,710 77,264 [注]金額の単位は千スイス・フラン(1フラン=約70円) 上表のうち、運航費にはヘリコプターおよびジェットの双方にかかる燃料費、整備費、部品費、ならびに不時の故障に伴う他社機チャーター料などが含まれる。
出動費にはミッション・パートナーの出動費、定期便による帰還費用、空港着陸料および航行援助料、医療装備品費などが含まれる。
保険料には航空保険とその他の保険料金が含まれる。広報宣伝費にはパトロンへの通信費、機関誌制作費、一般の人びとへの宣伝費などが含まれる。
減価償却費は航空機、装備品、不動産などが対象である。
4-5 収支の結果
以上により、REGAの2000年度(同年1~12月)の収支結果は次表のとおりであった。
表3-14 REGAの2000年度収支結果
2000年(千フラン) 1999年(千フラン) 増減(%) 収 入 +110,422 +115,099 -4.1 支 出 -83,710 -77,264 +8.3 財務評価益など +5,686 +4,793 +18.6 剰余金 +32,398 +42,628 -24.0 [注]金額の単位は千スイス・フラン(1フラン=約70円) 上表に見るように、REGAは少なくとも2年つづけて大きな剰余金を上げている。金額にして3,240万フラン(約23億円)である。これが通常の株式会社ならば剰余金すなわち利益が出れば納税義務が生じ、一部は配当金となって、将来への繰越金は必ずしも多く残らないであろう。しかし非営利法人の場合は、ほぼ全額が残る。調査団の質問に答えて、REGAはこうした剰余金を将来の機材買い換えや設備の充実のための積立金にしていると説明した。
その言葉のとおり、われわれは帰国後間もなく、REGAがEC145ヘリコプターを4機とチャレンジャーR604を3機発注したというニュースを聞いた。EC145は日本円にして1機約5億円、チャレンジャーは1機約25億円だから、総計100億円に近い。
救急業務が何か大きな犠牲を払ったり、公的資金に頼らざるを得なかったりするばかりでなく、やり方によっては、このように経済的にも成り立ち、将来性のある有望な結果になることを示す好例と言えよう。
第4章 ドイツのヘリコプター救急
1 基本理念と歴史的経緯
1-1 ヘリコプター救急の理念
(1)きっかけは交通事故
ヘリコプター救急の始まりは、ほとんどの国で、交通事故がきっかけであった。特にアメリカやドイツなど高速道路の発達した国では、モータリゼーションの進展につれて事故による犠牲者が増加した。瀕死の重傷者を如何に迅速に救助し、生命を救うか。この問題は現在も続くが、1960年代の世界では、とりわけ大きな社会問題となった。
特にドイツでは、有名なアウトバーンが戦前から発達していた。そして戦後20年、自動車の普及と共に死亡者が急増した。その犠牲を減らすために、先ずドイツ自動車連盟(ADAC)が乗り出したのは当然といえるかもしれない。交通事故死減少のためにヘリコプターを使うという発想に至ったのは先駆者としての慧眼と決断がなければならず、実行と普及のための並々ならぬ努力があったことは想像に難くない。
路上の犠牲者を救うために、ヘリコプターの活用を考えたとしても、まずは費用負担の問題が立ちはだかって容易に着手できなかったであろう。そして実際の飛行に際しては航空法上の問題を初め、救急を担当する消防、警察、病院との関係を調整しなければならず、パイロット、整備士、医師、パラメディックなどの陣容をととのえ、相互の通信連絡手段の確立も重要な問題となる。
しかし、そうした難題を一つずつ調整してゆきながら、「議論が如何に沸騰しようとも、最終的な判断基準は一つしかありません。それは患者のためになるかどうかという一点です」と語るのはゲルハルト・クグラー氏である。氏はADAC救急部の責任者として、交通事故対策にヘリコプターの活用を着想し、1960年代末の実験運航を経て、1970年にADACがヘリコプター救急に着手した当初から実務的な仕事をしてきた人である。そして昨2000年5月、30年間にわたる実務と発展に努めたのちADACを引退、現在は欧州エアレスキュー委員会(EHAC)の会長として、もっと広い大きな立場で活動している。
【注】ADACとはAllgemeiner Deutscher Automobil-Club e.V.(社団法人ドイツ自動車連盟)の略。
(2)ADACの基本理念
ヘリコプター救急を遂行するADACの実務的理念、すなわちクグラー氏の基本的理念を一言で要約するならば「搬送から治療へ、病院から現場へ、地上から空中へ」ということになろう。
それは30年前の当時としては全く新しい発想であった。すなわち交通事故の救命率を上げるためには、これまでのように怪我人を病院へ運ぶだけでは不充分であり、事故現場でただちに治療に当たらなければならない。そのためには、医師が病院の中で患者の到着を待つのではなく、現場へ出て行く必要がある。その場合、移動手段を救急車やドクターカーなどに限っていては時間がかかる。時に応じてヘリコプターを使うべきだというのである。
かくてドイツの救急業務におけるヘリコプターの意義は、登場の初めから医師の現場への急行手段であった。しばしば誤解されるけれども、患者搬送は二義的な役割にすぎない。もとよりヘリコプターが患者をのせないわけではない。救急ヘリコプターとしても患者が横臥できるストレッチャーが必須の装備品となっている。しかし、そこに患者をのせるのは現場での初期治療が終わった後なのである。
表4-1 ドイツ・ヘリコプター救急の基本理念
搬送から治療へ 病院から現場へ 地上から空中へ
出動準備をするハルラーヒン病院のADAC救急ヘリコプター(BK117)
1-2 普及の経過 ドイツのヘリコプター救急は1970年、世界で最も早く普及した。アメリカでも実験的な試みはそれ以前からおこなわれていたが、救急ヘリコプターの常駐待機が日常的なシステムとしてはじまったのは1972年10月12日デンバーの聖アンソニー病院であった。またスイスのエアレスキューも第3章で述べたように、アルプスの遭難者を対象として早くからおこなわれてきた。しかし、REGAが市街地の交通事故や急病人を対象として救急飛行をはじめたのは1973年である。
こうしてミュンヘンではじまったADACのヘリコプター救急システムは、ヘリコプターを病院に待機させ、交通事故が起きたときは医師をのせて現場に急行する。その活動範囲は原則として15分以内に患者のもとへ到達できるよう拠点病院を中心として半径50km以内とするようになった。
この基本概念は後に「ミュンヘン・モデル」と呼ばれ、たちまちにしてドイツ国内に普及し、やがて世界中に広がることになる。ドイツ国内での普及の経緯は次表のとおりである。
表4-2 ドイツ救急拠点の増加
時 期 新設拠点数 累計拠点数 備 考 1970年11月 1 1 ヘリコプター救急の開始 1971~73年 9 10 急速に普及 1974~76年 12 22 1977~81年 9 31 12年間で31か所 1982~84年 4 35 西独の95%以上をカバー 1987年 1 36 ベルリンに拠点新設 1990年 2 38 東西ドイツ統一 1991~94年 11 49 旧東ドイツ地域へ普及 1996~97年 2 51 1999年 1 52 レーゲンスブルグ
表4-2から拠点数の増加ぶりを見ると、1973年までの最初の4年間で10か所になった。次の3年間に12か所が増設されて7年間の累計は22か所。次の5年間、すなわち1981年までの足かけ12年間に30か所を超えている。
そして1984年までの15年間に35か所に達し、当時の西ドイツ国土の9割以上をヘリコプター救急がカバーするようになった。この時点で西ドイツのヘリコプター救急システムは一応の完成を見たといってよいであろう。
そして1987年、最後まで残っていた東ドイツ地域内の西ベルリンにも、西ドイツの一部としてヘリコプター救急が実現した。しかし当時、西ドイツの航空機はベルリンに飛ぶことができなかった。ベルリンがまだ連合国の占領下にあったためで、定期便も西ドイツ機の運航が禁止され、ベルリンへの定期便は全て外国機だけであった。
そのため、ベルリンの救急ヘリコプター「クリストフ31」も、米国籍の機体をチャーターし、ADACとの共同作業という形でアメリカのヘリコプター会社が運航していた。
だが1990年、東西ドイツが統一されるや、統合手続きが終わるか終わらないうちに、早くも旧東ドイツ地域の2か所でヘリコプター救急がはじまった。そして94年までの5年間に13拠点を設け、99年までに現在のような52か所の拠点が完成した。
これで西ドイツのときと同様、再び東西ドイツを合わせた全国土の9割以上がヘリコプター救急システムでカバーされることになる。
ちなみにドイツの国土面積は357,000k㎡である。そこに52機が配備されているとすれば、日本の378,000k㎡では55機の配備に相当する。
2 ドイツ・ヘリコプター救急の現状
2-1 一般現状
(1)ヘリコプター救急の法的根拠
エアレスキュー、ドイツ語で「ルフトレットゥング」(Luftrettung)、すなわち航空救助は、ドイツの全般的救急システムの一環である。航空救助やヘリコプター救急といったものが独立して存在するわけではないし、それだけで充分な活動もできないことはいうまでもない。
したがってヘリコプターは常に救急車やドクターカーと連動しながら行動する。とりわけ地上の車両では時間がかかるような遠距離や山の中、道路の渋滞、凍結、積雪などの場合に、いち早く医師を現場に送りこむのに有効な働きをする。
現在こうした救急ヘリコプターを運航しているのは、大きく4つの機関である。ADAC航空救助部、内務省防災局、ドイツ救急飛行隊(DRF)、そしてドイツ国防軍。ほかに長距離の患者搬送をするための特殊装備をしたヘリコプターも飛んでいる。
これら救急飛行実施上の法的な枠組みは、ドイツ連邦16州が別個に定めた「救急法」である。いずれも似かよった内容で、ヘリコプター救急についても、その中に規定されている。したがってドイツのヘリコプター救急は誰もが実施できるというものではなく、政府の責任にもとづく公共的なサービスである。
言い換えれば、ヘリコプター救急は公的、法的に認められた制度である。したがって救急業務に従事する企業または団体は、この法律にもとづいて所定の設備、装備、要員をととのえ、認可を受け、確実に業務を遂行しなければならない。その結果、健康保険州連合、任意健康保険連合および保険医療協会の間で取り決められた基準にしたがって、4つの機関はヘリコプター運用の費用を受けることができる。
なお、各州が制定している救急法の一例として本報告書巻末に『患者搬送および救助業務に関するバイエルン州法』を添付する。
(2)共通の基準
ドイツのヘリコプター救急は、上述のように16州が別個の法律にもとづいて遂行し、4つまたはそれ以上の機関が実行にあたっている。しかし業務遂行の基本的な方式は全国で統一されている。その共通基準または基本原理はおよそ次表の通りである。
表4-3 ヘリコプター救急の全国共通基準
- 飛行は午前7時から日没まで。ただし冬の日の出が遅いときは日の出時刻から。
- ヘリコプターの待機の拠点は原則として病院とする。病院以外の空港やヘリポートは望ましくない。
- 病院ヘリポートには格納庫、燃料補給施設、乗員待機室などを整備する。
- 標準的な医療装備はあらゆる種類の緊急事態に対応できるものとする。
- 常駐機が点検整備のために工場入りをしなければならないときは、代替機を用意する。
- 救急現場へ向かう1次救急のヘリコプターには、救急専門のドクターとパラメディックが1人ずつ搭乗する。
- ヘリコプターの出動は、その地域のレスキュー・コントロール・センター(RCC)からの指令によっておこなう。
- ヘリコプター基地とRCCは常に連絡通信ができるよう、通信設備をととのえる。
- 緊急コールから医師が患者のもとへ到着し、救急治療に着手するまでの時間は、原則として15分以内とする。このことはヘリコプターも救急車も同様である。
- RCCは一般市民が全国統一の電話番号で呼び出せるようにする。
- 救急車とヘリコプターは両方合わせて同じ指令室でコントロールする。
- 1次救急のためのヘリコプターは安全面を考慮して、当面昼間飛行のみとする。
- ヘリコプターの飛行料金は、患者も電話をかけた人も負担する必要がない。
(3)出動範囲
救急ヘリコプターは上述のように最大15分、平均8分で医師を患者のもとへ送りこむ。したがって各機の担当する出動範囲は半径50km以内で、必ずしも行政区画にしたがっているわけではない。むしろ山や峠など自然の障害によって決まることが多く、市町村の境界を越えて飛行している。
夜間飛行は原則としておこなわない。未知の現場への着陸を考えた場合、夜間は危険性が高いためである。しかし設備のととのった病院間搬送のような場合は夜間も飛行する。将来はヘリコプターの装備内容の改善など、技術的な進歩に応じて現場出動でも夜間飛行が認可されるであろう。
さらに昼間でも計器飛行はしない。また濃霧や強風など、気象条件の悪いときも飛行しない。最低気象条件は視程800m、雲高100~150mである。
なお、南部の国境付近、アルプスを越えた地域への飛行は前章で見たように、スイスREGAとの間に協定を結び、ヘリコプター救急を依頼している。そのための経費は、当然のことながら、ドイツ側で負担する。
ドイツ救急拠点図
2-2 ADACの足跡と現状
われわれ調査団はミュンヘンにあるADAC本部を訪ね、ドイツのヘリコプター救急の現状、ならびにADACの現状について話を聴き、さらにADAC機が常駐している市内ハルラーヒン病院で実務の状況を見学、夕刻にはミュンヘン消防本部の通信指令センターを見学すると共に、救急の電話受付けから出動指令や通信連絡の状況について説明を聴いた。
(1)ADACの足跡
ADAC、すなわちドイツ自動車連盟は現在1,450万人の会員を擁する。その事業の中には走行中の車の不時の故障に対するサービスばかりでなく、道路地図を主とする出版事業、旅行代理店、旅行傷害保険などが含まれ、それぞれが独立採算をめざす企業となっている。この中で1960年代末期アウトバーンの死亡事故が急増し、保険金の支払いが増えた。これにより保険事業が影響を受けたが、その一方で会員の生命を救うことは会員に対する重要なサービスであるという考え方が生まれた。 そこで1968年から小型ヘリコプターをチャーターして断片的な実験運航をおこない、救急機としての利用の可能性や効果が確認された。その結果、ミュンヘン・ハルラーヒン病院を拠点として本格的、日常的なヘリコプター救急がはじまったのは1970年11月2日のことである。ヘリコプターは当時最新鋭のドイツ製MBBBO105双発タービン機。標準座席数5人乗りの小型ながらキャビン後部に貝殻ドアがあって、大きく観音開きになるため、患者をのせたストレッチャーの積み卸しに適していた。 救急ヘリコプター第1号機としての愛称は、幼いキリストを肩にのせて川を渡った旅の守護神、聖クリストフォラスにちなんで「クリストフ1」と名付けられた。ちなみに「クリストフ2」はフランクフルトに配備された2号機、「クリストフ3」はケルンの機体で、ドイツの救急ヘリコプターは全て「クリストフ何番」という愛称を持っている。
発足から4年間、ヘリコプター救急の拠点は10か所に増えたが、1974年、西ドイツ政府はADACの成果を認めると共に、みずからヘリコプターを調達し運航するようになった。このためADACの立場は一歩退いて、単にヘリコプターの利用者というだけになる。しかし1980年、やはりヘリコプターも飛ばすべきだというのでADACの運航が復活した。したがって1974~80年の間、ADACはヘリコプターの運航をしていなかったことになる。
救急ヘリコプターの運航に戻ったADACは、1982年に航空救助部門を独立させ、公益法人として再発足させた。
1984年には新しいBK117ヘリコプターを導入した。これはBO105よりもひと回り大きな双発機で、キャビン後部にはやはり貝殻ドアがついていた。
1996年、初のEC135を導入した。1997年にはMD900エクスプローラーを導入。99年ドイツ国防軍との提携ができて、ADAC機が軍の病院に常駐し、軍医をのせて飛ぶようになった。
(2)機材と要員
公益法人、ADAC航空救助部は現在、ドイツ52か所の救急拠点のうち22か所を担当している。そのための運航機材は次表のとおりである。
表4-4 ADACの運航機材
機 種 機 数 備 考 BO105 10 ドイツ製 BK117 11 EC135 9 MD900 2 アメリカ製 合 計 32 ――
上表に見るADACの保有機は、MD900を除いて全てドイツ製である。この点は運航者にとってきわめて好都合で、自国内にメーカーがあれば技術的な支援や補用部品の補給、航空従事者の訓練など、さまざまな面で利便性が高い。費用も比較的少なくてすむはずである。
この中でBO105は現在ほとんど使命を果たし終えた。2009年までには順次引退する予定という。またBK117は今秋から新しい発展型EC145が登場するので、将来はその導入へ向かうであろう。
なおMD900は機内が広く、尾部ローターがなく、騒音が静かという点は評価されるが、アメリカ製のために、ドイツの運航者としては為替レートの関係、すなわちマルクに対するドルが高いことから、ADACは今後の増機は困難という見方をしている。
これらのヘリコプター運航に従事している社員数は現在118人。うち100人が運航要員で、そのうち88人がパイロット、4人が副操縦士、残りが救難用吊上げホイストの操作員である。なお、整備作業は別の子会社で担当しているため、この中には整備士が含まれていない。
(ADACのBK117キャビン配置図) (3)出動実績
ADACの出動件数は2000年の実績で、ドイツ全体6万件のうち23,600件であった。このうち交通事故は約3割である。発足の当初は交通事故が多く、75%を占めていた。しかし最近は内科的な疾患が増えて、全体の出動件数が上がると共に、交通事故の割が減ってきた。 このことは逆に、ドイツのヘリコプター救急が交通事故を対象として発足しながら、それ以外の救急にも広く利用されるようになったことを示している。またハルラーヒン病院の実績は、運航事務所に掲げてあった表から次のようなことが読みとれる。
表4-5 ハルラーヒン病院のヘリコプター出動実績
月 2001年 2000年 1999年 月間平均 1月 96 78 98 90.7 2月 107 78 98 94.3 3月 124 89 116 109.7 4月 124 122 121 122.3 5月 185 150 169 168.0 6月 ―― 160 144 152.0 7月 ―― 146 190 167.5 8月 ―― 140 142 142.0 9月 ―― 145 138 141.5 10月 ―― 119 121 120.0 11月 ―― 73 72 72.5 12月 ―― 86 83 84.0 年間平均 636(5か月間) 1,384 1,488 3,508(29か月) 月間平均 127.2 115.3 124.0 121.0
表4-5に見るように、ミュンヘン近郊のヘリコプター救急は毎月平均120件前後の出動がおこなわれている。2001年はどの月をとっても前2年間より出動件数が多い。わずかに1999年1月が2001年1月より多いだけである。
季節的な変動を見ると、冬の出動が少なく、夏が多い。これは人びとが戸外に出てドライブをする機会が増えるからであろうか。とりわけ5月が多いのは初夏を迎えて、人の気持ちがうきうきして交通事故が増えるからかもしれない。今年に入って6月10日までヘリコプターの飛ばなかった日は1日だけである。また、われわれの訪ねた日は、夕方までに4件の出動がおこなわれた。
ヘリコプターの待機時間はハルラーヒン病院では午前7時から日没までとなっている。7時以前に明るくなっても、パイロットなどの勤務体制から飛行はしない。実際問題として、午前5~7時頃は事故が少ない。なお機体が故障した場合は3時間以内に代替機を送りこむ契約になっている。
機種はBK117双発タービン機。このBK117は通常の救急業務のほか、南部のアルプス山岳地の遭難救助も担当するため、機体左舷に吊上げホイストがついている。ADACのBK117の中でホイスト装備をしているのはミュンヘン機だけだが、同機にはホイスト操作のために副操縦士か整備士が同乗する。したがって出動時の搭乗者はパイロット、ホイスト操作員、ドクター、パラメディックの4人になる。その機内配置は次図の通りである。
なお、ほかの拠点に待機する機体は機種の如何にかかわらず、パイロット、ドクター、パラメディックの3人が乗組む。
(ミュンヘン・ハルラーヒン病院のヘリポート。正面奥にドアの閉まった格納庫
画面左手に乗員の待機事務所。右手前に練り補給装置。
ヘリコプターはいつでも飛び立てるよう、悪天候や寒冷時を除いては戸外で待機する)
(4)費用負担 ヘリコプター救急システムは、当初ドイツ自動車連盟(ADAC)によって費用負担がなされていた。しかし1974年からは救急法ができて、ヘリコプターの運航費は社会保険によって補償されるようになった。現在ドイツ連邦16州の救急法は、救急ヘリコプターの運航費が健康保険によってまかなわれることを想定している。健康保険組合の見方からすれば、ヘリコプターの購入費は政府が負担すべきであるとする。すなわち救急業務が公的な責任に帰すべきものとすれば、そのための機材も政府が購入して無償で提供すべきというのでである。これは上述のように1970年代後半におこなわれた措置に似ているが、今のところ、連邦政府や州政府に当時の状態へ戻る考えはない。いずれにせよ、患者個人に飛行料金が請求されることはない。
ともあれ健康保険による補償金額の設定に当たっては、保険会社が前年実績を査定し、運航者との間できびしい交渉をおこなう。その中で、健康保険で認められない経費のひとつは、救急飛行が途中で中止になった場合である。救急活動には一刻の猶予も許されない。できるだけ早く患者のもとへ駆けつけるために、ヘリコプターが出動すべきかどうか、専門家の判定が出るのをゆっくり待っているわけにはいかない。したがって、ときには無駄な飛行になることもある。その比率は平均15%程度だが、この無駄な飛行の分まで健康保険は払ってくれない。といってそのままではADACのヘリコプター救急が運営できないので、本来の自動車連盟会員の会費で不足分を補っている。
こうして2000年、健康保険からADACに支払われた救急ヘリコプターの費用はおよそ6,000万マルクであった。1マルク60円弱とすれば約35億円に相当する。これはADAC航空部の必要経費に対して、9割から10割未満という話であった。不足分は上述のようにADAC本来の会費によって約400万マルクが補填された。なおADACを含む救急ヘリコプター全体の運航に対する健康保険給付金は年間1.5~2億マルク(約90~120億円)と推定される。
2-3 出動実績
(1)全ドイツの出動実績
ドイツの救急ヘリコプターが全国でどのくらい飛んでいるか。1997~99年の出動実績は、次表に示すとおりである。
表4-6 全ドイツの出動実績(1997~99年)
1999年 1998年 1997年 出動回数(前年比) 62,745(104.7%) 59,918回(103.8%) 57,699回(107.3%) 搬送患者数(前年比) 55,707人(104.5%) 53,317人(104.5%) 50,995人 拠点数 51か所 51か所 51か所 年間1機平均 出動回数 1,230回 1,174回 1,131回 搬送患者数 1,092人 1,045人 999人 [出所]ゲルハルト・クグラー氏、2000年11月
すなわち、全国51か所のヘリコプターが年間およそ6万回の出動をしている。1999年は1機平均1,230回――1日平均3.3回以上で救急車なみに使われた。
さらに2000年の実績について、運航機関別に主な拠点の実績を見ると次の表4-7の通りとなる。
表4-7 2000年の機関別出動実績
運航機関 都 市 名 出動件数 合 計 ADAC ベルリン 2,070 23,567(19か所) ビュルゼーレン 1,654 バイロイト 1,521 シュトラウビン 1,426 ミュンヘン 1,384 その他14拠点 15,512 防災局 ケンプテン 1,608 19,281(16か所) ビーレフェルト 1,430 ハノーバー 1,415 ルードヴィッヒスハーフェン 1,352 トゥラウンシュタイン 1,345 フランクフルト 1,308 その他10拠点 10,823 ドイツ救急飛行隊(DRF) ニュルンベルグ 1,874 14,343(12か所) オクセンフルト 1,615 カールスルーヘ 1,452 ゲッティンゲン 1,370 その他8拠点 8,032 国防軍 ハンブルグ 1,969 3,841(3か所) ウルム 1,042 ノイストレリッツ 830 国際航空救急 ライプツィッヒ 1,956 1,956(1か所) 総 合 計 62,988 62,988(51か所) [出所]ADAC機関誌2000.1(同誌では全国52拠点中51か所を集計)
かくて、近年ドイツ全国では年間6万回を超える救急ヘリコプターの飛行実績がつづいているが、おそらく今年中には1970年以来30年余の救急出動が累計100万回に達すると見られる。
(2)救命効果
では、こうした救急ヘリコプターの出動によって、どのような救命効果が出ているのか。ADACの1970年以来の集計によると、この30年間の交通事故による死亡者は下表のとおりとなっている。
表4-8 ドイツの交通事故における死亡者の減少
年 死亡者数 備 考 1970 21,332 1974 16,665 1980 15,050 1985 10,070 1990 11,046 東西ドイツ統合 1995 9,454 2000 7,503
この表に見るように、ドイツのヘリコプター救急がはじまった当時、アウトバーンなどの交通事故による死亡者は西ドイツだけで年間2万人を超えていた。それが1980年代末期までの20年足らずの間に1万人に半減した。
その時点で東西ドイツが統一され、道路事情や救急体制の異なる東ドイツの統計も入るようになったことから死亡者の数は増えた。しかし先の表で見たように東ドイツ側に1990~97年の8年間に15か所の拠点が新設された結果、2000年の死亡者は7,500人余と、3分の1に近いところまで下がったのである。この結果は必ずしもヘリコプターだけの成果とはいえないかもしれない。けれどもヘリコプターもまた大きく貢献し、このようなな効果をあげたことは間違いない。
(3)ヘリコプター利用の効果
前項のような救命効果に加えて、ヘリコプターを救急医療に利用すれば、さまざまな利点が生じる。ハルラーヒン病院のヘリポートでわれわれを待っていてくれたヘリコプター救急の主任ドクター、エルウィン・シュトルペ博士は、救急ヘリコプターが交通事故に向かう場合はアウトバーンでも普通の道路でも、どこにでも着陸するし、その事例は非常に多いと語った。 ただし交通事故に対する出動の8割は一般道路で、2割が高速道路である。また着陸に際して、道路のわきに空地があれば畠や路肩に接地して、なるべく交通の妨げにならないようにする。着陸地点は、9割が患者から100m以内のところである。道路へ着陸するときの交通規制は原則として警察が担当する。しかしヘリコプターが飛来し、そこへ着陸しようとしていること自体が最良の交通整理になる。
着陸後は、医師の治療がすむまで、ヘリコプターはエンジンを停めて待つ。通常は10~20分である。この間EC135は直ちにエンジンを停めるし、BK117は2分後に停める。この違いはエンジンの特性による。パイロットは現場で待つ間、被害者が多くて医療スタッフの手が足りないときは、これを手伝ったり、病院との連絡に当たったりする。
なおシュトルペ博士は、救急医療におけるヘリコプター利用の効果を次のように整理している。
表4-9 ヘリコプター救急の医療上の利点
- 治療着手までの時間短縮・ 救急現場に医師と医療助手を送り込んで、最良のプレホスピタルケアを実現
- 救急車に見られるような振動、加速、急減速など患者に良くない身体的な影響なしにスムーズな搬送が可能
- 小病院での中間的な治療をせずに、最適な病院へ迅速に搬送
- 搬送中の死亡の可能性が減少
- 合併症の減少(例えば創の感染)
- 臓器や医薬品の迅速な輸送
- 大災害の現場へ救急医や専門医を迅速に搬送
表4-10 救急活動におけるヘリコプターの利点
- 低空飛行や飛行場外への着陸といった航空法上の特別許可によって、きわめて効果的な飛行を実現
- ヘリコプターは地上の救急車よりも3倍速い
- 地上からは近づけないような場所や、非常にせまい場所でも患者のすぐそばに着陸
- レスキューホイストを使用することによって、救助活動の範囲を拡大
- 病院の施設構造をヘリコプターの活動に適するようにすることにより、迅速な集中治療が可能
- GPSの使用により、救急現場や転院目的地への飛行時間の短縮
- ドクターカーに比べて出動1回当たりの時間が短いので、殆ど常に緊急事態に対応することができる。
表4-11 ヘリコプター救急の経済上の利点
- 地上の救急手段と補完し合って相乗効果が実現する
- ヘルス・ケア手段の最適利用が実現
- 患者の入院期間の短縮
- リハビリ期間の短縮
- 後遺症の軽減
- 患者の予後が良く、回復後の活動能力が高い
- 保険会社の支払や政府の年金支払い額の減少
3 ミュンヘン消防本部
3-1組織体制
ドイツでは各州政府の内務省が消防および救急に関する業務を統轄している。その背景に連邦政府の内務省が存在することはいうまでもない。
各州内務省は自州のどこに救急ヘリコプターの拠点を設置するかを策定し、拠点設営に関する資金を提供する。それにもとづいて市町村段階の役所が実施にあたる。これにより拠点病院が決まり、ヘリコプターの運航者が決まり、救急コントロール・センター(RCC)の陣容がととのえられる。
たとえばバイエルン州の場合、州政府が州法にもとづいて州内9か所にヘリコプター救急拠点を定めた形になっている。ミュンヘン、シュトラウビン、ニュルンベルク、インゴルシュタット、ムルノウ、ケンプテン、バイロイト、オクセンフルト、トゥラウンシュタインといった拠点である。
このうちミュンヘン市の場合は、市の消防局が本来の消火業務に加えてRCCの任務を果たす。ただし消火業務は市内の火災だけを対象としているが、救急は市内はもとより周辺地域の事故や病人も対象となる。そのため他の市や郡との調整が課題である。
3-2 出動の要請と判断
われわれはハルラーヒン病院を辞したのち、ミュンヘン消防本部を訪ねた。ここへは欧州緊急コール112番の電話ダイヤルによって、一般市民からの火災や病気の通報が1日1,500件ほど入ってくる。そのうち火災通報は60~80件、救急は1,400件余りである。
RCCには医師がいない。したがって救急出動にヘリコプターが必要か否かはパラメディックが判断する。その判断に誤りがないか、かつて検証したことがある。1件ごとの具体例について、実際の判断結果を改めて医師に見てもらい、医師の判断との差異を調べた。結果は85%以上の一致を見たという。
このときの医師の判定は後からのもので、状況や結果もよく分かっていることである。しかし現実には限られた情報だけで咄嗟に判断しなければならないが、経験を積んだパラメディックは、まず間違いなく的確な判断を下すことができる。さらに緊急事態の内容がはっきりしないときは患者のためになることを念頭に置いて判断する。
そのため、ときには途中でヘリコプターが不要ということになり、戻ってくることもある。このような途中キャンセルは15%前後だが、そのことは人命救助という観点から広く容認されている。
RCCへは警察や救急車からの連絡も入ってくる。この場合、現場の医師やパラメディックによる専門的な判断によってヘリコプターの出動要請を受けたときは、迷うことなくヘリコプターを出動させる。こうしたヘリコプター出動の要請については次図のようないくつかの経路がある。
救急ヘルコプターの出動要請経路
3-3 通信連絡
RCCはヘリコプターに限らず、救急業務を円滑に遂行するための通信連絡の要(かなめ)である。すべての情報が、ここを介して伝達される。
一般市民や警察、消防から入ってきた救急要請に対して、ヘリコプターの出動が必要になったときは、RCCは直ちにホットラインを通じてヘリポートへ連絡し、出動指令を発する。発令から離陸までの時間は原則として2分である。
この場合、ヘリコプターが出動するからといって救急車やドクターカーが出ないわけではない。救急車は必ず出動し、それにも医師が乗っているので、どちらか早く現場に到着した医師が患者の治療に当たる。
RCCはヘリコプターが離陸したのちも連絡を絶やすことなく、現場から新しく入ってきた情報を送りつづける。これにより詳細不明のまま離陸した機内の医師も、現場到着までにはかなりのことが分かり、的確な応急処置を即座にほどこすことが可能になる。
RCCを中心とする通信連絡は、左図のとおりである。ヘリコプターはRCCを初め救急車や警察のパトロールカーとの連絡通信が可能である。これらの地上車両は最終的に現場に集まるので、ヘリコプターは相互に連絡を取りながら現場へ降りて行くことができる。
ほかにヘリコプターは病院ヘリポートの運航管理者とも常に通話をすることができる。
(ヘリコプターは救急通信本部を初め、救急車、警察パトカー、病院など、
全ての関係機関と無線通信が可能。
これで救急救命率の向上はもとより、飛行の安全が確保できる)
第5章 フランスのヘリコプター救急
フランスの救急制度は人の命を救うという姿勢をきわめて明確に打ち出したものといえよう。それは国の緊急対応手段として、警察、消防と並んで救急のためのSAMUという別個の機関を設置したことに示されている。
むろん、どこの国でも人命救助のためには最大限の努力を惜しまず、そのための最良の体制を取っているにちがいない。けれども救急機関を独立させた国は、少なくとも今のところ、先進国の中ではフランスをおいては見当たらない。
そこに、この国の人命救助に対する意気ごみが見られる。
1独立救急機関
1-1 SAMUの誕生
1960年代のフランス、救急医たちの間で問題になったのは、急病人や事故などの怪我人が病院へ搬送されて来るまでに時間がかかり、その間の応急手当も原始的で表面的な処置しかおこなわれていないということ。しかも病状や負傷の内容に応じて、短時間のうちに的確な病院へ連れて行くといった配慮も、ほとんどなされていないということであった。
このままでは助かるべき命が助からない。病院到着前の処置(プレホスピタルケア)が的確であれば、多くの人が死なずにすむはずだが、それにもかかわらず大多数の医師も病院も、厚生医療当局も無関心のままというのが当時の実状だったのである。
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そうした時代にあって、フランス運輸省は道路交通の安全を高めるという観点から、「移動集中治療室」(MICU:Mobil Intensive Care Unit)と呼ぶシステムを導入した。大型車の中に基本的な蘇生装置と集中治療器具を取りつけ、医師が同乗して現場に駆けつけるという体制で、期せずしてプレホスピタルケアの課題解消に向かう第1歩となった。
このMICUが動きはじめたのは1965年のことで、救急組織SMURに発展した。SMURはle Services Mobiles d’Urgence et de Reanimation の略で、直訳すれば「緊急蘇生モービル・サービス」とでもいうべきものである。
MICUが実行に移されると、数年後には交通事故ばかりでなく、急性中毒や心臓マヒ、脳出血といった急病にも対応して、路上の事故現場に加えて一般家庭にも医師の乗った大型車が駆けつけるようになった。
そして1968年、実働部隊SMURの活動を調整するための全国統合組織SAMUが誕生する。ただし、これらの組織は、いうまでもなく救急一般のための組織であって、ヘリコプター救急だけを目的としたものではない。のちにヘリコプターを使うようになったのも、救急業務を遂行してゆくうえで、MICUのひとつとして採用したものである。
1-2 救急任務の最高責任機関
SAMUはLes Services d’Aide Medicale Urgenteの略である。直訳すれば「緊急医療支援サービス」ということになろう。
上述のように1968年から救急調整機関として業務を進めてきたが、1986年1月6日に制定された新しい法律によって緊急医療に関するフランスの基盤がつくられ、1987年12月16日の法律でSAMUの組織と任務が定まり、存立の基盤が固まった。これでSAMUは単なる調整機関から救急に関する最高責任機関となって、積極的な業務を展開することになる。
(1)基本理念
SAMUは公共的、日常的な緊急医療サービスを全国民に提供するため、消防、警察と並ぶ第3の緊急対応機関として活動する。その基本理念は次表のとおりである。
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[注]1986年1月6日の法律(2)業務内容
前項の理念を実現するために、SAMUは次表のような業務を遂行する。
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こうした任務遂行のために、SAMUは現在、フランス全土105県に1か所ずつレギュレーション・センター(centre de regulation:統制本部)を置いている。これは「SAMUコール・センター」とも呼ばれるように、全国共通の電話番号「15」によって一般市民からの救急要請を受ける。ちなみに緊急電話番号は警察が17番、消防が18番である。また欧州共通の救急電話番号「112」でもSAMUが呼び出せる。
SAMU本部は「医療統制センター」とも呼ばれ、公立病院の中にあって、電話口には訓練を受けたスタッフと医師が待機する。スタッフは救急電話の内容を聞いて迅速かつ的確に対応策を判断し、必要に応じて医師につなぐ。医師はその内容に応じて所要の措置を発令すると共に、経過を監視し、関係者全員の調整をはかる。
具体的には、一般市民から緊急ダイアル15番にかかってきた電話の内容を聴き、容態を確認して助言を与える。助言だけですまないときは、患者の近所の開業医に要請して往診に行ってもらうこともある。さらに必要があれば救急車やMICUを派遣する。
こうしたシステムによって、生命の危険にさらされた患者が救われる。逆に何でもないような病気で病院に駆けこんだり、不適切な病院へ行くようなこともなくなる。
(3)責任の所在
緊急事態におちいった人命を救うためには警察、消防、救急隊員、民間救急企業、MICU、病院、さらには家族や通りがかりの人など、さまざまな機関や人員の協力が必要である。これらを統合して秩序ある救急活動を実現するのがSAMUにほかならない。すなわちSAMUはプレホスピタル・ケアに関する業務を推進すると共に、最終的な責任を負うことになる。
そのためフランスのプレホスピタル・ケア、すなわち病院前治療は、言葉としては矛盾するようだが、病院が中心である。SAMUの電話センターは、法律によって病院の管轄下に置かれ、病院が責任をもって緊急コールを受け付け、MICUなど利用可能な手段を使って緊急事態に対応するよう定められている。この点は、日本を含む多くの国で消防機関が救急電話を受付け、救急車を運行しているのと大きく異なるところである。
したがってSAMUの活動は、緊急事態の初めから医師がかかわっている。繰り返しになるが、救急電話の内容を聴き、助言を与え、現場に出動し、初期治療に当たり、患者搬送に付き添い、容態に応じた適切な病院へ送りこむ。こうしたプレホスピタル業務の全てを、医師が責任を持って直接実行するのである。したがって救急現場では、警察も消防も医師の指揮下に入って行動するよう定められている。
ただし、これらの業務の流れを全て1人の医師だけでおこなうわけではない。現場に出て行くSMURの医師と、SAMU本部にいて全体の活動を統制する医師は異なる。とりわけ重視されるのは本部の統制担当医(Regulation Doctor)である。この担当医は救急医療の体験者でなければならない。モービルICUの経験者ならば、さらに望ましい。また医師個人の性格や資質も重要で、冷静で、自信があり、機転がきき、責任感が強く、統率力がなければならないとされている。
(4)SMUR
救急車やMICUで現場に向かい、初期治療などの活動をするのはSMURである。SMURはフランス全国に350か所ほど配置されており、SAMUの指令によって救急の実務にあたる。すなわち各SAMUの管轄下に3~4か所のSMURが存在する。
SMURの現場出動にあたっては、医師が先頭に立つ。その活動区域は平均10分くらいの範囲である。言い換えれば平均10分程度で医師と患者が出逢えるようなシステムが設定されている。このとき現場に急行する地上車両は救急車やモービルICUばかりではない。スピードの出る小型ドクターカーやオートバイも使われる。そうした対応手段の一つがヘリコプターであるに過ぎない。
(SAMU80のユーロコプターEC135救急機)
(5)SAMUの特別任務
以上のような地域医療以外に、国外を含む広い地域で特別任務を兼ねているSAMUもある。
その一つはパリSAMUで、フランス国内を走る長距離高速列車(TGV)からの緊急電話、および世界中を飛んでいるエールフランス機からの緊急電話に対応する。もう一つはツールーズのSAMUで海上の船舶からの緊急コールに対応している。
このうちエールフランス機への支援は、飛行中の機内に急病人が発生した場合、世界中どこを飛んでいるときでも無線でパリSAMUを呼び出し、医療上の相談をすることができる。このとき機内に医師がいれば、その医師とSAMUの医師が話し合って対応策を決める。
対応策としては、たとえば機内搭載の医薬品の使用、到着予定空港での医師や救急車の手配、あるいは最悪の場合は飛行機を近くの空港へ緊急着陸させることもある。この種の問題でパリSAMUが相談を受けるのは年間50件程度である。またTGVからの緊急コールは年間30件程度である。
もうひとつ重要な任務は、国外にいるフランス人が急病になったような場合である。このときもパリSAMUは医療上の相談に応じると共に、必要に応じて現地の医療機関を手配したり、フランスから医療スタッフを送ったり、国際帰還搬送の手配をしたりする。
その場合は、パリ近郊のルブールジェ空港に本拠を置くメディケア・インターナショナル社(MEDIC’AIR International)やエアロ・チャーター・ダルタ社などの民間会社に医療装備をした飛行機の出動を依頼する。メディケア社は1991年、救急専門医のグループが設立した企業で、同社のアンビュランス機を使う搬送、また定期便を使う搬送など、顧客の求めによって柔軟かつ迅速な対応をする。地域的には西ヨーロッパ圏内のほか東欧、西アフリカ、中東が多い。
使用機はビジネスジェットとターボプロップ機で、ファルコン900、ファルコン50、ファルコン20、ファルコン10、リアジェット35などのジェットと、キングエア200、メトロⅢなどのターボプロップ機がある。患者搬送用のストレッチャーはいずれも2人分の搭載ができる。ただしメトロⅢは4人分を搭載する。
これらの航空機は、いつでも90分以内に世界中どこへでも飛び立つ体制で24時間待機をしている。パリSAMUの手配する国際帰還搬送は年間200件ほどになる。
(オーストリア・チロリアン航空のアンビュランスジェット――整備作業中)
2 SAMU訪問
(1)SAMU94
われわれ調査団は2001年6月なかば、SAMUのひとつ「SAMU94」を訪ねた。SAMU94はパリ市内南東部のアンリ・モンドール病院(Hopital Henri Mondor)の中に置かれている。1983年フランスで初めて救急ヘリコプターを使った病院でもある。
そのヘリコプターは、屋外駐車場の一角を覆うようにして3階レベルの高さにつくられたヘリポートに待機している。ヘリポートへは病院の本館3階から空中廊下が伸びている。廊下の左右には部屋があって、SAMUの救急電話受付け室(コントロール・ルーム)、医師やパイロットの待機室などがある。緊急時には各人が部屋を飛び出せば、廊下の突き当たりにヘリポートがあるという構造である。
電話センターには8人の職員が待機していた。この中には医師や看護婦も含まれ、症状に応じて対応する。医師が直接電話に出なければならないような重症の事例は、かかってくる電話の1~2割ということであった。
このコントロール・ドクターがSMURの出動指示を出し、ヘリコプターの利用を発令する。また必要があれば一般開業医や民間救急車などにも出動要請を出す。SMURは同じ病院の中にいて、周辺地域の人口140万人を対象として活動している。
(2)ヘリコプター
ヘリコプターは毎日24時間の待機をする。ただし原則として夜間飛行はしない。夜間は軍のヘリコプターを要請することもあるが、これは時間がかかる。ヘリポートには夜間照明設備があるので、技術的には可能である。
ヘリコプターの担当地域はパリ市内だけでなく、周辺の県も含まれる。全部で8県が対象で、人口は約1,000万人。飛行範囲は半径50km程度。飛行時間は年間500~600時間と聞いた。
ヘリコプターは高速道路の事故などに有効である。出動要請があってから2分以内に離陸し、警察や消防と緊密な連絡を取りながら現場に着陸する。
機種はユーロコプターEC135双発機。アンリモンドール病院のヘリポートは市街地にあるため、ヘリコプターはカテゴリーAの離着陸をする。すなわち離着陸操作中のいつ何時エンジンの片方が停止しても、安全に飛びつづけるか、元のヘリポートへ安全に着陸できるような飛行方式である。
パイロットは1人。ただし事前に計画できるような病院間搬送などには2人が乗組むこともある。
機体は民間ヘリコプター会社、ヘリキャップからのチャーターである。EC135は機内が広いので、飛行中の手当が容易にできる。
ヘリキャップはパリ・ヘリポートに本拠を置き、EC135を12機保有して、救急飛行を主な業務としている。フランス全国に点在するSAMUのうち9か所がヘリキャップのEC135をチャーターし、拠点病院に待機させている。同社は2002年にもう1機、13機目のEC135を導入する予定。また現在は総数73機のヘリコプターを運航し、救急以外にもさまざまなヘリコプター事業を展開している。
(3)ヘリコプターの装備
SMURの現場出動チームは2つの標準救急ケースを携行する。ひとつは人工呼吸装置、もうひとつは循環器系統の蘇生器具である。2つのケースは防水になっていて、ヘリコプターや救急車に搭載されており、さらに予備品が用意されている。ほかにストレッチャー、吸引器、除細動器、心肺モニター、ECG、酸素呼吸器などが装備されている。
これらヘリコプターに搭載する医療機器は病院が購入し、維持管理をしている。これは救急車の設備に合わせるためでもある。また機内消毒も救急車と同様、病院がおこなう。
(アンリ・モンドール病院に待機するEC135――胴体には救急電話番号「15」の文字)
(4)ヘリコプターの経費と機数
SAMU94におけるヘリコプターの経費は、年間500~600時間を飛んで約600万フランである。その負担は病院と自治体になるが、要すれば厚生省の予算である。
一方フランス市民1人の早すぎる不慮の死は、平均およそ100万フランのコストがかかるとされている。ちょっと安すぎるようだが、これは命の値段というよりも、実費であろう。したがってヘリコプターの費用だけを考えるならば、1年間に6人の命を救えば元が取れることになる。さらに命の値段が日本円にして1億円以上とすれば、ヘリコプターは1年間に1人の命を救えばよい。
SAMUの常駐専用機は、次表のとおり、フランス全土で18機である。これはヘリコプターの飛行時間が年間400時間に満たないようでは、その必要性が認められず、常駐機を置くことにはならないためである。しかし隣接するSAMU同士で共用したり、南フランスではバカンス客の増える夏のシーズンだけ民間機を臨時チャーターしたりする。これらを合わせて考えれば、全体では40機近いヘリコプターが使われていることになろう。
やや古いが、1996年の実績は、常駐と臨時を合わせて36か所のSAMUがヘリコプターを使い、約12,000件の出動をした。現在は45か所のSAMUがヘリコプターを使えるような地上施設をととのえ、民間機を臨時チャーターしたり、警察や消防のヘリコプターを使っている。
フランス全体の出動内容は、ヘリコプター利用の半数が現場救急、半数が病院間搬送である。そのうち現場救急の半数がSAMU専用機、残りが警察や消防機。また病院搬送の8割がSAMU機となっている。
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EC135 |
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ヘリコプターが使える施設を有するSAMUは全国105か所のうち45か所 |
SA365N |
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A109 |
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(5)救急車等の地上車両
先にも述べたように、ヘリコプターに関するSAMUの考え方は、救急車などの地上車両を含む現場急行手段の一つに過ぎない。
したがって、アンリ・モンドール病院の3階レベルにあるヘリポートには、ヘリコプターの横に多数の車両が並んでいた。駐車場の上に設けられたヘリポートだから、車両は駐車場にいてもよさそうなものだが、わざわざ着陸帯横のスロープから上がってくるのである。救急医療スタッフがすぐに乗りこめるためで、車の種類は救急車、モービルICU、スピードカー、指令車など。オートバイは見えなかったが、出動するSMURの医師は、これらの中からヘリコプターでも車でも、そのときの状況や距離に応じて、最も速く最も適した手段を選んで現場に急行する。
救急車両の運転は主として消防機関から派遣された救急隊員がおこなう。この隊員はほとんどがパラメディックの資格をもっている。
現場に到着した医師、看護婦、パラメディックなどの医療スタッフは即座に蘇生治療をおこなう。事故現場では警察官が協力する。患者はその場で治療を受け、病院へ搬送される。患者に同行する医師は無線機でSAMU本部のコントロール・ドクターと連絡を取る。ドクターは搬送先の病院を手配し、ヘリコプターや救急車の受入れを依頼する。
この場合、救急患者を受入れる病院は、その資格として一定の医療施設を持ち、適切かつ十分な治療が可能でなければならない。たとえば蘇生、心臓循環器系統、小児科、麻酔、整形外科、一般外科、婦人科などの治療が可能でなければならない。コントロール・ドクターは患者の容態に応じて、それに適した病院へ搬送するよう手配する。現場へ出動した医師は、その指示にしたがって初期治療を終えた患者を搬送する。そして病院側の医師へ引渡したとき、SMURの任務が終了する。
なおSAMU94のヘリポートには大型指令車も置いてあった。これは大規模災害が起こったようなときに、現場指揮を執るためであろう。
2 SAMU訪問(救急関連車両)
われわれが訪ねたアンリ・モンドール病院は前回述べたように、SAMU94の拠点になっていて、パリ市内南東部にある。屋外駐車場の一角を覆うようにしてつくられた3階レベルのヘリポートには、ヘリコプターのほかに多数の救急関連の車が待機していた。
出動要請を受けた医師やパラメディックは、この中からヘリコプターでもドクターカーでも救急車でも、そのときの状況に最も適した手段を選んで現場へ向かう。つまりヘリコプターも何か特別の手段というわけではなくて、地上車両と同列の出動手段に過ぎないのである。
(ヘリコプターの横で待機するスピードカー。赤く見えるのは消火器)
上の写真はヘリポートのわきで待機するスピードカーである。現場が比較的近くて、ヘリコプターで飛ぶ必要のないときは、この高速乗用車に乗って医師が走る。
(医師が乗るためのスピードカー)
(スピードカーの後部に搭載された救急医療器具)
スピードカーは、医師が高速で現場へ駆けつけるための乗用車である。したがって救急車とは異なり、患者を搬送することはない。その後部には現場で使う救急医療器具がぎっしりと、しかし整然と搭載されている。
(ヘリポートの横で待機する2台の救急車)
(そのうちに1台が出て行った)
(ヘリポート下の一般駐車場でも別の救急車が待機している)
上の写真に示すような大型救急車は内部が広くてベッドがあり、本格的な医療器具が設備されている。まさしく動くICU(MICU:移動集中治療室)である。われわれを案内してくれたベルトラン先生が最初に見せてくれたのも、この救急車であった。最も誇りとする救急手段なのであろう。
(大型救急車MICUの内部)
(右の車はは指令車、左はよく分からない)
SAMUは大災害に際しても重要な役割を持っている。あるいは何台もの車が巻き込まれるような交通事故など、救急規模が大きいときは、担当医師が上の写真右側の指令車に乗って現場へ行き、そこで指揮を執る。現場には警察や消防も駆けつけるが、救急に関する限り、全体の指揮を執るのはSAMUの医師である。
指令車の中には、病院、警察、消防、ヘリコプター、その他の車両などと直接話ができる無線機器が並んでいる。
3 他機関との協調体制
SAMUは警察や消防とは別個の救急機関である。けれども相互の関係は緊密で、それなくしては完全な救急活動はありえない。従って各SAMUはほかの緊急対応機関――消防、警察、医療機関、その他の民間救急企業や病院との間に連絡通信ネットワークを組んでいる。
そのためSAMUは、これら緊急機関との間でさまざまな周波数の無線通信を使うことが認められている。コントロール・ルームには当然のことながら、救急要請を受ける電話のほかに、各機関との連絡調整に当たるホットラインや、救急現場の車両およびヘリコプターと通話をするための無線機が設置されている。
こうした協調体制は、日常の救急活動はもとより、大事故や大災害が発生した場合に不可欠の要件である。大災害が起こったからといって臨時の特別対策本部をつくっても大した機能は発揮できない。それはむしろ日常的な活動の延長線上にあるべきであって、救急に関しては当然のことながらSAMU統制本部が司令塔となる。
したがって大規模災害の現場でも、SAMUとSMURの医師が重要な役割を果たす。SAMU本部のコントロール・ドクターが救急計画を立て、指揮を執り、県当局に助言する。
さらに現場近くにコマンドカーを派遣して現場司令塔とし、大災害の救助計画や方法について知識のあるSAMUの上級医師が医療関連の指揮官として配置される。その下で救急訓練を受けたSMURの医師たちが応急治療に当たる。医師たちは救助隊やボランティアと協力し、指示と助言を与えながら医療行為を進める。
繰り返しになるが、救急医療に関しては平時でも有事でも、SAMUとSMURの普段の活動がそのまま適用拡大され、警察、消防、企業、個人など救護活動に当たるものは救急専門医の指揮下で業務を遂行することになる。
ヘリポートの安全性
SAMU94のヘリコプターは、パリのアンリモンドール病院を拠点とし、3階の救急待機室につながるヘリポートに待機している。そこへ出動要請がくると、ヘリコプターは直ちに医師をのせて離陸する。
病院は町の雑踏の中にあるため、離着陸に際して万一の場合も不時着するような場所はない。そこで安全を確保するためカテゴリーAの飛行方式で、離着陸がおこなわれる。これは2つのエンジンの片発が停っても、そのまま飛行を続けられるか、元のヘリポートへ安全に着陸できるような飛び方である。たとえば離陸の場合は下の写真に示すように、やや後ずさりをするように上昇し、一定の高度に達したところで前進上昇に移る。
こうすると、後ずさりの途中でエンジンが故障したときは、足もとのヘリポートに戻ればよい。また高度を取り、速度がついたあとは、片発でも毎分150フィートの上昇ができるよう、もともとヘリコプター自体がそのように設計されている。
普通の双発飛行機でも、離陸する場合、滑走路上で離陸決定速度または臨界点速度V1に達する以前に片発が不調になれば離陸を断念して滑走路内で止まり、V1を過ぎたあとではそのまま残りの1発で離陸する。ヘリコプターの離陸方式も飛行機と変わりはないのである。
カテゴリーAの飛行方式で離陸するSAMU94の救急機、EC-135小型双発ヘリコプター。(下の写真は下から上へ番号順に見て下さい)
ご参考までに、ヘリポートで離着陸するヘリコプターが、その周辺に墜落する危険度はどのくらいであろうか。ヘリポート周辺の住民にとっては騒音も問題だが、いつヘリコプターが墜ちてくるか、安全も気になる。そこで米連邦航空局(FAA)は、その確率を計算した。
これはFAAが1992年に発表したもので、1983~86年――ヘリコプターの事故が多かった期間の実績にもとづき、10万時間あたりの事故率を10.1件とはじき出した。そしてヘリポートの周囲1マイル(半径1.609km)の範囲をヘリコプターが通過する時間を離陸時1.5分、着陸進入時2分とすれば、救急ヘリコプターなどが1回出動するごとに1マイルの範囲内を飛ぶ時間は3.5分になる。ただし、人や家の上空を通過するのは、そのうち3分――すなわち0.05時間とする。
こうした前提で、年間400回の救急出動をするヘリポートの周囲で事故が起こる確率は次の通りとなる。
1/{(400回/年)×(0.05時間/回)×(10.1件/10万時間)}=495年/件
すなわち495年に1件というわけである。これを一般化すると下図のようになる。この図がFAAの結論である。
最近「命の危機管理」という言葉をよく聞くようになった。その手段として、ヘリコプターは最も適したものということができよう。とりわけ日常的な救急システムの中にヘリコプターを組み入れるならば、その効果はきわめて大きなものとなる。われわれは欧州3か国の実情――スイスREGA、ドイツADAC、フランスSAMUの活動ぶりを現地に見て、その感をいっそう深くした。
いま改めて3か国をふりかえり、21世紀に入ったわが国の人命救助に関して参考になると思われるところをまとめ、本報告書の結論とすると共にHEM-Netからの提言といたしたい。
1 ヘリコプター救急の早急なる普及促進
救急患者の救命率は初期治療の着手が早いか遅いかによって大きく異なる。その効果をあげるために、欧州諸国は早い国で30年前、遅くとも10年前から救急体制にヘリコプターを組み入れ、日常的な手段として活用してきた。
わが国でも、そうしたヘリコプター救急の有効性はつとに分かってはいたものの、近年ようやく少数の救急ヘリコプターが飛び始めたにすぎない。こうした体制を早急に促進し、救えるはずの生命が無駄にならぬよう、1日も早く全国的な普及をはかる必要がある。
2 省庁間の協調体制の促進
ヘリコプター救急の早急なる普及をはかるには、関係する中央省庁、自治体、消防機関、医師会、病院などの協調が必要である。このことは平成11年度の「ドクターヘリ調査検討委員会」でも検討され、自治省消防庁と厚生省が「相互に密接な連携をはかり、一元的な対応」をすることとなっている。
今後早急に関係省庁――内閣府、総務省消防庁、厚生労働省、国土交通省、警察庁、防衛庁などが所要の調整をおこない、中・長期にわたる具体的な実施普及計画を策定すべきである。
3 消防・防災ヘリとドクターヘリの区分明確化
自治省消防庁と厚生省が「一元的な対応」をすることとなった背景には、ヘリコプターによる救急体制として消防・防災ヘリコプターを使用する体制と民間ヘリコプターを借上げ使用するドクターヘリの2種類のシステムが考えられているためである。
ヘリコプター救急の日常化、具体化が進捗しない理由の一つもそこにあるのではないかと思われるが、地域ごとに地元の特性を勘案しながら、どのような体制を取るのか基本的な方策を明確にして、地域医療計画に組みこんでゆく必要がある。
なお消防・防災ヘリコプターを活用する場合、複数の消防ヘリコプターを保有する自治体は1機を救急専用とし、救急車同様いつでも即座に出動要請に応えられるようにしておくべきである。また防災ヘリコプターについても救急需要が多いはずで、通常は救急装備をしたうえで待機することが望ましい。
4 メディカル・コントロールの確立
前項においてドクターヘリコプターの体制を取る場合は、医師が初めからヘリコプターに搭乗し、現場に飛んで初期治療に当たる。これによって救命効果は大きく向上し、問題はなくなるが、消防・防災ヘリコプターを使用する場合は医師の搭乗しないことが多い。したがって救急救命士だけで飛ぶ場合は、十分な初期治療ができない恐れがある。この問題を解消するため、法規を改正してでも、米国の例に見られるように、救急救命士のおこなう医療行為に関して、医師による現場治療に匹敵する技能と権限を賦与する必要がある。
5 病院ヘリポートの増設
全国各地の救命救急センター、災害拠点病院、あるいはその他の病院であっても、ヘリポートが未整備のところは今後早急に整備する必要がある。特に公立病院は、その立場上、ヘリポートが不可欠である。いかに救急ヘリコプターの体制をととのえても、搬送先の病院にヘリポートがなければヘリコプターの特性を生かすことはできない。
また消防ヘリコプターも救急待機をする場合、可能な限り病院ヘリポートに常駐し、救急救命士に関して前項のような措置が取られまでは医師の搭乗を原則とすべきである。
6 路上におけるヘリコプター救急の促進
ヘリコプター救急の発端は、世界の先進事例を見ても、交通事故の犠牲者を減らすことにあった。実行の結果は所期の目的を達成し、たとえばドイツでは死者が3分の1にまで減少した。わが国でも、高速道路はもとより、電線や電柱などの障害物がなければ通常道路でもヘリコプターの着陸は可能である。
そのようなヘリコプターによる路上救急のためには、交通規制や群衆整理などに警察の協力が必要であり、相互の通信連絡手段も欠かせない。したがって全ての関係機関が使えるような共通の無線周波数を定め、相互の協力体制をととのえる必要がある。
なお、高速道路のパーキング・エリアやサービス・エリアにヘリコプター着陸のための施設を特設するについては、ヘリコプターによる本来の路上救急の特性を損なわないような配慮が必要である。
7 費用負担の明確化
ヘリコプター救急にかかる費用は必ずしも安くない。したがって患者個人の負担とすることは非常にむずかしい。高額の医療費が保険によってまかなわれているように、ヘリコプター救急にも何らかの保険制度の適用が必要である。すなわち健康保険、労働災害保険、自動車賠償責任保険、自動車任意保険、旅行傷害保険、生命保険などの適用を考える必要がある。
この場合、怪我や病気の原因または内容に応じて、適用する保険やその割合が変わると思われるが、相互に一定の原則を定めておく必要があろう。
8 固定翼機の活用
救急救助に利用可能な航空機はヘリコプターに限らない。むしろ飛行機(固定翼機)の方が高速で、航続距離が長く、天候に左右されることが少なく、費用も安い。したがって便利なところに空港があれば飛行機の活用も考えるべきである。これにより病院ネットワークは、国内はもとより、海外邦人の救助に関しても大きく拡大することとなろう。
9 ヘリコプター救急の啓発活動
ヘリコプターを救急業務に使用することによって、救命率が飛躍的に向上することは、欧米諸国の先進事例が十分に物語っている。しかるに、わが国のヘリコプター救急体制が大きく遅れているのは広く一般社会の認識と理解が希薄だからであり、それゆえに支持が少ないためと思われる。
この際、関係者、関係機関、関係団体は、あらゆる機会を通じて広く社会的な啓発活動をおこなう必要がある。このことがヘリコプター救急体制を具体化し、全国民の命の危機管理を改善することにつながるであろう。
【参考資料1】
救急、患者搬送および救助業務に関するドイツ・バイエルン州法
第1章 救急および患者搬送および患者搬送の一般法
第1節 総則
第1条 有効範囲
この法律は、救急、患者搬送について定める。次の事項は除外する。
- 連邦軍および連邦国境軍の衛生業務
- 搬送の出発点または目的地がこの法律の適用範囲内ではない場合(その企業活動の重要な拠点がバイエルンにある場合を除く)における、所在地がバイエルン州外にある企業。
- 病院敷地内における病院所有の車による搬送。
第2条 定 義
(1)救急とは、事故現場における患者を医学的に手当し、専門的なケアの下、さらなる手当のために適した設備に搬送することをいう。
(2)患者搬送とは、事故による患者ではない病人、負傷者または助けを必要とする者に、必要な限りにおいて介抱し、専門的なケアの下に搬送することをいう。ケアの必要性がその傷害のみに起因する場合の障害者の搬送は患者搬送ではない。
(3)事故患者とは、即座に必要な医学的ケアが得られない場合には生命の危険があるか重大な健康上の損害が危惧される負傷者、病人のことをいう。
(4)救急車とは、救急または患者搬送のために特別に装備され、車検証に救急車と明示された車両をいう。
第3条 認可をうける義務
(1)救急または患者搬送を営業する者(経営者)は、認可を得なければならない。経営者は、自己の名義で、自己の責任の下、自己の計算において事業を行わねばならない。企業の本質的変更を行うには、また別の認可が必要である。
(2)次の救急および患者搬送は、認可の範囲外である。
- 国の行為
- 大惨事のみまたは一般的衛生業務に使用される車両
- グライダーを使用するもの
認可なしということは、この法律の要求する内容の義務から解放されることを意味するわけではない。
第2節 自動車による救急および患者搬送
第4条 認可の範囲
経営者に対し、その人員、救急業務または患者搬送の用に供された救急車について、認可が与えられる。認可は、当局の目印と車両ナンバーの申請の下、個々の救急車の種類を内容とする。個々の自動車ごとに患者搬送と救急の両方の認可が与えられる。救急業務の認可は、愚者搬送を行う権利を含む。
第5条 個人運送法、旅客輸送における自動車会社の営業に関する規則、公衆衛生業務に関する法律の適用
(1)申請、手法、認可の内容、認可文書、経営者の責任と死亡ならびに経営者の監視には、タクシーに関する規制が当てはまるか乃至は第2項で別に定めていない限りにおいて、それぞれの該当範囲に応じて旅客運送法の第12条、第15条第1項第1文、第2項から第5項まで、第17条、第19条第1項、第2項および第4項、第23条、第54条第1項第1文および第2項ならびに第54条a第1項が適用される。
(2)申請書には、救急業務または患者搬送の認可が与えられた場合に救急車にどの基地を予定するかが申告されていなければならない。両方の申請は認可文書において記録される。
(3)企業の運営に際しては、それがタクシーという類型に当てはまる限りにおいて、装備および性質ならびに車検について、旅客業法の第2条から第8条、第11条、第16条から第19条、第30条、第41条および第42条が、1975年6月21日から最近の1989年6月30日の法律で改正されたときの条文に従い、適用される。企業の責務は旅客業法第3条により、これらの法律の規制、これらの法律を根拠に認められた法規命令ならびに当局の命令を遵守しなければならない。旅客業法第9条では、職員またはその家族が現行の連邦伝染病法第2条の定義の保菌者であるという疑いがある場合には救急車を運転してはならないという原則が適用される。
(4)公衆衛生業務に関する法津第8条第1項第1文第3号および第9条に基づく衛生省の職務および権限には変更を加えない。
第6条 主務官庁 (略)
第7条 認可条件
(1)認可は次の事項が満たされたときにのみ与えられる。
- 営業の確実性、営業能力が保証されること
- 申請書が経営者としての信用できないことを示す事実が無いこと
- 申請者が経営者として専門的見地からして適していること。専門的適性とは受験により、または第3条第1項第1文に規定する企業における相応の行為により示されなければならない。
(2)救助業務中の救急業務および患者搬送の認可は、第19条第1項および第3項に基づき、その車両に係る申請者と救助を目的とする組合との公法的契約が示されていれば与えられる。
(3)救助業務のみの患者搬送の認可は、その利用によりこの法律の第2章の意味における救助業務に係る公益が侵害される場合には、与えられない。この場合、救助業務の範囲内での活用、特に救急車の数および基地、出動回数、出動の救助業務範囲での分担および平均的出動時間ならびに経費水準の伸びが考慮される。このことは、認可の範囲が変更されていない限り、期限が切れた認可の更新および救急車の交換には適用されない。
(4)第3項による認可の際には、新規応募経営者および現在の経営者が相応しいか考慮される。
同じグループ内部では、申請の順番による。申請者の数以上に認可を与えることができなければ、一人の申請者には一つの認可しか与えられない。与えられた認可の効力が確定するには、認可当局は決定の前に新規申請について観察期間をおくことができる。観察期間は最後の認可から最長1年である。
第8条 患者搬送の公聴会(略)
第9条 附帯的取り決め
(1)認可は、次のような条件付きで与えられる。
- 運営責任の範囲(第14条第1項)と経営者により保証された経営範囲をより近く定めること
- 衛生上の要求の遵守に努めること
(2)認可は、特に次のような条件付きで与えられる。
- 経営者相互および救助司令室との協力
- 経営者は、搬送の依頼とその処理を記録し、その記録を一定期間保管し、その後処分する義務を負うこと
(3)認可は最長6年の期間で与えられる。
(4)第1項および第2項は、救助業務の遂行の委託を受けた経営者には適用されない。
第10条 認可の取り消し
(1)認可当局は、第7条第1項1、2および第2項の前提が失われた場合には、認可を取り消さなければならない。特に、文書による勧告にも拘わらず、次の場合には、前提として必要な経営者の信頼はもはや勝ち得ない。
- 公的な確実性という関心により公布された規制が守られていない場合
- この法律またはこの法律に根拠を置く法規命令による義務に反したとき
(2)認可当局は、経営者が法的に責任のある労働法上、社会法上または租税法上の義務が度々履行されなかった場合には、認可を取り消すことができる。認可当局の要求に基づき、経営者はこれらの義務を履行した証明を提出しなければならない。
(3)他に、バイエルン行政法の定めは、行政行為の取り消しについて、適用される。
第11条 特別ケースの指示
第6条の所管官庁は、この法律またはこの法律に根拠を有する法規命令に反する行為の防止又は差し止めを命じることが出来る。
第12条 救急車と設備
(1)救急業務および患者搬送には救急車が利用される。車両および装備は、一般的に認められた技術的規制に対応していなければならない。救急業務は、救急医のために救急医療の水準に応じて装備されている救急車によってのみ遂行される。
(2)救急車は最低2人の適任者が搭乗していなければならない。患者搬送の場合には最低1人の第28条第1項4号に定められた資格を持つRSが、救急の場合には最低1人のRAが患者を見ていなければならない。例外的に、そうでもしないと、救急車を出勤させることができない場合には、第2文から逸脱できる。
第13条 出動範囲(略)
第14条 患者搬送の運営義務および出動準備
(1)経営者は、規則に従って設備をととのえ、認可がつづく間、保持しなければならない。
(2)認可官庁は経営者に対して経営上の制限を加えることができる。旅客運送法第19条第3項ならびに第21条第4項第1文および第3文が適用される。
(3)経営者は、到達手段および待機体制を確保しなければならない。
(4)第1項から第3項までの規定は、救助業務の遂行が委任された限りに於いて適用されない。
第15条 患者搬送の遂行義務
(1)経営者は、次に掲げる場合、彼に与えられた認可の枠内で、患者搬送の義務を負う。
- 救急車の出勤範囲内に搬送の終点があるとき
- 自由に使える救急車による搬送が可能なとき
- 搬送が、経営者が必ずしも代表しなければならないわけではない事情により妨げられないとき
義務を負うのは、隣接の更なる処理ができる範囲の搬送に振られる。第1文および第2文は、救助業務の遂行が委任された経営者には適用されない。
(2)患者搬送に従事している経営者は、救助指令室が彼にそれを委任したときには、救急の出動の義務がある。この場合、救急は、患者搬送より優先される。法律上効力のある搬送契約が結ばれていない、または報酬が確保されていないという理由で、救急出勤を拒むようなことがあってはならない。
第16条 守秘義務、秘密
(1)個人的データは、次の場合に限り、収集され、保管され、利用される。
- 救急および患者搬送の遂行のため、規則に従った出勤であることの証明ならびに患者に更なる治療が必要であるとき
- その個人が同意したとき
(2)経営者とその職員は、職務中に信頼して委ねられたり、彼が知ることとなった未知の秘密または個人的データを断りなく、開示してはならない。開示できるのは、特別に第1項第1号および第2号の場合ならびに医師に開示の権限が与えられたときだけである。
第3節 航空機による救急および患者搬送
第17条 航空機による救急および患者鞭送
(1)航空機による救急業務および患者搬送を行うには、この法律の第4条、第5条第1項、第2項および第4項、第7条第1項および第2項、第9条第3項、第10条、第11条、第12条第2項第2文、ならびに第16条が適用される。第9条第1項および第3項は、この法律の第5条第3項第3文の基準によりそれぞれ当てはまる規定が適用される。経営者が同時に航空機の所有者である場合には、第7条第1項第1号および第2号ならびに第10条第1項の適用はない。
(2)認可は内務省が管轄する。航空交通法規上の許認可はそのままである。
(3)飛行方法と航空機の設備に関する要求は、認可された技術上の規制と救急医療水準に応じて個々の場合に定められる。出動範囲は航空機の任務処理能力と可能な限り平面で覆われたケアという観点から決定される。
第18条 救助業務の責務と担い手、救助業務の範囲
(1)郡および郡に属さない町村は、救急業務および患者搬送をこの法律に基づいて確実に行う義務がある。権限が委ねられた活動範囲の業務として、救助業務の範疇にある義務を誠実に履行しなければならない。ヘリコプターによる患者搬送および救急は、公的な義務ではない。
(2)内務省は、法規命令により、関係地方団体の中央機関の意見を聞き、救助業務が効率的、経済的に遂行できるように、救助業務の範囲および司令室の場所を定める。
(3)一つの救助業務範囲内の郡および郡に属さない町村は、救助業務を目的とする組合を結成する。別に定めない限り、その組合には、この法律の市町村の協力に関する規定が適用される。救助業務の範囲が一つの郡または-つの町村の範囲と同じ場合、この法律の救助目的組合に適用される規定は、その意に即して適用される。
(4)隣接する救急目的組合の救助当直は、自分の仕務が妨げられない限りは、救助指令室の要請により相互に協力する。
第19条 救助業務の遂行
(1)救助目的組合は、次の者に、第18条第1項に基づく任務の遂行を委任する。
- バイエルン赤十字
- サマリタ協会
- マルチーザー救助協会
- ヨハニタ事故救助協会
- ドイツ生命救助組合
- その他同等の救助組織
救助組織が救助業務を遂行できないときは、救助目的組合が組織員または第三者によって、自ら任務を行わなければならない。遂行の選択についてまたは委託の範囲については、救助目的組合が、義務を考慮して定める。その際、効率的な執行ならびに経済的および倹約的であることを考慮する。救助目的組合、組織員または第三者の既存の設備が拡大されなければならない場合には、救助目的組合は義務を考慮して、第1文および第2文で先述のことをその限りで誰に任務の遂行を委託するか決定する。既存の設備の引き受けに対する権利は無い。
(2)ヘリコプターによる救急および患者搬送の遂行はADACまたはその他の航空機による救助会社に委託できる。
(3)救助目的組合および第1項および第2項で先述の者との権利関係は、公法的契約により規定される。これは、特に救助業務の設備および装備ならびに任務を果たすべき方法および範囲についての取り決めを内容としていなければならない。患者搬送の範囲では、救助業務の協力関係と救助業務以外の競争的活動はいっさいしない。
第20条 救助業務の設備(略)
第21条 救急医の業務
(1)救急患者が社会法典の第5法典第27条第1項第2文第1号により医師による治療の請求権を有する限りにおいて、契約医およびバイエルン保険医連合により、保護される。救助目的組合およびバイエルン保険医連合は、救助業務における医師の協力について担保する。詳細は契約で規定される。
医師は、特別な救急医務の知識および経験を有していなければならない。
バイエルン州医師会は、第4文に基づく能力を要求し、対応する証明書による収入を保証する。救助目的組合の組織員は、病院で従事している医師、特に町村の病院の医師もまた遂行に協力するということについて努力しなければならない。
(2)救急医は、救助業務に従事中の者に対し、医学的問題点について、指示することができる。
(3)救助目的組合は指令医を置き、バイエルン保険医連合との取り決めで多数の負傷者又は病人が出た事故の場合には出動させる。第23条は適用されない。バイエルン保険医連合は、健康保険州連合および健康保険共済組合連合と、救急医療業務の利用者に対して第24条第1項第1文に応じた利用料金と一緒に徴収される報酬を規定する。指令医は、業務で協同する医師に対しても、医学的組織的問題点について指示することができる。
第22条 区分(略)
第23条 調達コスト
(1)国は、次のものが救助業務に利用され、第三者による寄付で賄われたものでない限り、救助業務遂行者に対し、次のものの調達に必要不可欠な費用を弁済する。3年までの耐用期間しかない品の調達費用は弁済されない。
- 救急のための病院の車両、ドクターカー、山岳救助、水難救助のための特殊車両および器具、救助靴、搬送用保育器および通信機材
- 司令室と救護所との間の情報通信機材、通信技術設備およびデータ処理プログラム
(2)内務省は、救助業務遂行者のヒアリングに基づき、財務省と協力して毎年の調達計画の中で必要不可欠なものの範囲を定める。調達計画は予算に根拠を持っ。
第24条 利用対価、待機報酬
(1)救助業務遂行者は利用料金を徴収する。これらは経営原則に基づいて見積もられるコストを基にしているが、それは経済的、節約的な経営を行うに足り、かつ十分な遂行能力のある組織運営に十分で、第23条によりカバーされていないものである。このコストは統一的基準により利用者が分担する。利用料金は、段階をつけることが可能である。
(2)社会保険契約者に課せられた利用料金は、一方で健康保険州連合組織、任意健康保険連合およびバイエルンザクセン州同業者保険組合連合により、他方で救助業務の遂行者またはその組合により統一的に決められている。申し合わせが成立しないときには、裁判所が決める。
(3)救助業務の遂行者は利用料金収入を等分する。
(4)医師の待機、病院の協力および病院の医師の出動により救急医療が行われたときの費用は、健康保険州連合、仕意健康保険連合およびバイエルンの保険医療協会の間で決められた申しあわせの基準に従って救急医療の利用者に割り当てられ、第1項第1文に従って利用料金と一緒に徴収される。
第25条 航空機による救助業務の特別規定
(1)内務省は、健康保険全国連合、任意健康保険連合およびパイエルンザクセン州同業者保険組合連合の公聴会に従って、救急および患者搬送のためのへリコブターの拠点を定める。ヘリコプターは内務省が別の管轄を定めない限りは、その拠点を管轄する救助司令室により救助業務の範囲に関係なく出動を命じられる。
(2)第19条第3項に基づいた契約を締結する権限は、その範囲にヘリコプター基地のある救助業務を目的とする組合が持っている。その組合は、契約の執行の際、ヘリコプターの出動範囲にある他の救助業務を目的とする組合の代役を務める。
(3)航空機による救急業務の利用報酬は、利用報酬が第24条第2項第1文、第3項から逸脱して、それぞれの基地毎に健康保険の州連合、任意健康保険連合およびバイエルンザクセン州同業者保険組合と、他方で任務遂行者と同意しなければならないという条件があるため、第24条第3項が当てはまる。第22条第2項第3文から逸脱し、仲裁の場は中立的座長ならびに社会保険から指定された代表者および任務遂行者から指定された代表者により構成される。
第26条 集中管理搬送の特別規定(略)
第27条 資料<strong”>(略)
第28条 法規命令と行政規制
(1)内務省は法規命令により次のことができる。
- 救急または患者搬送が規則に準じて行われるとき或いは特別の任務の結果およびケアされ、搬送される人の利益という観点にもとづいてなされるときには、一定の搬送事案一般的にまたは個々の場合に、この法律の規定に従わなくてもいいこと。
- 第7条第1項第3号の意味での専門的適性について指示を出すこと。その中には、能力が相応であるとされる条件についての規定と、試験委員、試験委員会および試験を行うことについての規定が含まれる。他に、如何なる場合に、経営者、国立職業専門教育卒業証明書保有者ならびに高等学校および専門学校卒業生が、相応の指示や受験をしなくて済むかも定められる。
- 救助司令室運営のための任務と原則を定めること
- 人的かつ専門的な前提を満たした従業員をもち、救助業務の設備および救助手段を装備することを求めること。
- 救助業務の密度の基準を定めること。
- 第23条に基づいた費用弁済の方法および第24条第3項に基づいた収入の分配について定めること。
- 航空事故、山岳および海難救助の体制および出動について、その特殊性に適合させること。
- 第27条に基づき、資料の詳細と活用を定めること。
- 割当基準に従った関与のもとでの救助業務遂行の審判を行う場所の配分について、仲裁裁判所のメンバーの任期および官職の遂行についてならびに彼らに認められた現金支出弁済、費やした時間の弁償、裁判費用の分配、手続きおよび執行手数料の細目について定めること。
- どの官庁がRA法の執行およびこの法律に基づいて認められた法規命令の担当であるか定めること
(2)内務省は、救助目的組合のための準則、第19条第3項に基づく契約の準則、救助業務の服務規程ならびにその他の必要な行政命令を定める。
第29条 秩序違反(略)
第30条 発効と効力喪失(略)
第31条 経過規定<strong”>(略)
第32条 医師の長の救助業務テスト<strong”>(略)
SAMUの任務と組織に関する政令(抄訳
第1条
SAMUは、この政令にもとづいて救急活動を遂行する。
第2条
SAMUは医療手段をもって緊急事態に対処する。緊急事態の内容によっては、消防、警察など他の機関と協力する。
第3条
前条の目的を達成するために、SAMUは次の任務を遂行する。
- 外部からの救急要請にいつでも応えられるような医療体制をととのえる。
- 救急医療の必要が生じたときは遅滞なく、最適の対応をする。
- 公立または私立病院の状況を常に掌握し、患者の選択権を尊重しつつ、最適の病院へ送り届ける。
- 必要に応じて、公的機関または私的企業に患者の搬送を手配する。
- 搬送患者の入院を確認する。
第4条
SAMUは大災害が起こったときは、県知事の要請にもとづいて救急活動に参加し、多数の発生が予想される傷病者の救護に当たる。
SAMUは前条に定める任務の遂行に当たって、複数の県にまたがるときは、相互の調整をおこなう。
第5条
SAMUは群衆が集まるような集会が開かれる場合、警察と協力して医療上の救護体制をととのえる。
第6条
SAMUは以上の各条項に定める任務以外に、救急医療に関する教育、予防、研究などの業務をおこなう。
教育訓練の対象者は医療および救急にたずさわる専門家、ならびに患者搬送の専門家とする。また一般市民に対する応急手当の訓練も担当する。
第7条>
厚生大臣は救急病院を指定し、SAMUの全国各支部の担当地域を定める。
第8条
SAMUは救急要請に迅速に対応できるよう、1986年1月6日制定の法律に基づいて救急要請に対応するための「受付・指令センター」を設け、全国共通の電話番号15番を使用する。
このセンターは消防および警察との間で、医療上の機密に属する事項は別として、容易に情報の交換が出来るような設備をととのえる。特に医療に関係のない緊急要請を受けたときは、いったん受け付けた後、迅速に消防または警察へ情報を送って引き継ぐものとする。あるいは、これらの緊急機関と協力しながら問題解決に当たる。
第9条
SAMUの各支部は、業務に必要な施設を、この法令の発効から3年以内に完成させ、相互の連携が取れるように整備しなければならない。
第10条
SAMUは、任務遂行のために所要の職員、設備器具、ならびに医療スタッフをそろえ、「受付・指令センター」に配置する。SAMUの各支部の立場と組織は、所在する病院の全体組織の中で定められる。
第11条
救急要請の受付・指令センターは担当地区の住民に対して所要の救急医療を必ず実施することを保証する。
第12条
救急医療にはSAMU所在の病院を初め、一般の医師、看護婦、民間企業、ボランティアなども参加し、支援する。これらの参加支援にあたっては病院、医師会代表、看護婦団体の代表、さらには民間企業との間で協定を結ぶ。
第13条
協定には次のような事項を定める。
- 受付・指令センターの所在する病院への賃貸経費の支払い額
- 各参加支援者が提供する救急手段
- 受付・指令センターの組織
- 受付・指令センターの運営管理の方法
- 協定期間と更改時期
第14条
前条の協定は政府の承認を得て確定する。この承認に際して、政府は各関係県の医師会に相談する。医師会は「医の倫理」を考慮して、検討する。
第15条
SAMUの救急受付・指令センターは、医師の専門的な独立性を保証し、患者の自由な選択権に配慮して組織を定める。その内容は、医の倫理綱領にうたわれた一般的義務を損なうものであってはならない。
第16条
SAMUの救急受付・指令センターは、いつでも要請を受付け、迅速に対応しなければならない。
当番にあたった医師は常に対応可能な状態で待機し、対応の着手と終了については必ずセンターに通報しなければならない。
第17条
一般規定(略)
1987年12月16日
ジャック・シラク首相(署名)