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事故自動通報システムとドクターヘリを活用した交通事故死者数削減の取組み<アスカ21第80号掲載論文>
2011.11.14

事故自動通報システムとドクターヘリを活用した交通事故死者数削減の取組み

認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク 理事
日本医科大学千葉北総病院救命救急センター
益子邦洋

2010年におけるわが国の交通事故発生件数は724,811件、負傷者数は894,281人であり、24時間死者数は4,863人で前年に比べて51人減少した。しかしながら、毎年5000人近くの尊い命が交通事故で失われていることは憂慮すべきである。
2011年3月に国が定めた第9次交通安全基本計画では、2015年までに24時間交通事故死者数を3,000人以下とすることを宣言しており、救助・救急活動の面からこれを達成する方策として、緊急通報システムの普及を図り、ドクターヘリ事業を推進することが明記された。
緊急通報システムの内、事故自動通報システム( Automatic Collision Notification ; ACS)とは、自動車が、搭載しているエアバッグが開くほどの衝撃を伴う交通事故に遭遇した場合、自動的に、当該事故に関する情報を、全地球測位システム(Global Positioning System; GPS)により感知された事故発生場所に関する情報と共に、所定のコールセンターに発信するシステムを言う。このシステムを活用することにより、事故に関する情報伝達を迅速化し、救助・救急医療を迅速に起動することが可能になり、救命率の向上に寄与することが期待される。
我が国でも既に、一部の車にはACNの装備が実用化しているが、普及にはほど遠く、その理由として、対応車種が限定されていて各自動車メーカー共通のシステムでない、加入者数が免許保有者数の約0.4%と極めて少ない、コールセンターに医療関係者が不在でメディカルコントロール体制が確保されていない、などが指摘されている。
HEM-Netでは、2010年度からタカタ財団の助成を受け、「ACNが起動するドクターヘリシステムによる交通事故死亡削減効果の研究」を行っているが、今回、本研究の一環として、去る8月3日東京国際フォーラムにおいて先進のACNに関するシンポジウムを開催したので(図1)、その概要につき報告する。

シンポジウムでは、ACNと傷害予測の分野において世界的に著名な、ジョージワシントン大学のケナリー・エイチ・ディギス(Kennerly H. Digges)教授とマイアミライダー外傷センター/ウイリアムリーマン傷害研究センターのジェフリー・エス・オーガスティン(Jeffrey S. Augenstein)教授から最新の研究成果が報告された。
お二人の基調講演の詳細は、HEM-Netグラフ22号(2011年秋号)に掲載されているので、是非ともご一読頂きたい。
ディギス教授は、「先進事故自動通報システム(eACN)の有効性に関する研究」と題して、傷害予測機能を付加した先進事故自動通報システム(eACN)研究の端緒から最新の研究成果に至るまで、20年以上に渡る膨大な研究の成果を、実に分かりやすくご講演された。
筆者が最も注目したのは、衝突時の速度変化(デルタV)だけでなく、様々な因子が傷害予測に有用であるという部分であり、例えば、シートベルト装着下に時速27マイルで正面衝突した場合の傷害リスクは20%であるが、複数回衝突、シートベルト未装着、75歳以上、ロールオーバー、乗員側の側面衝突の順に傷害リスクが上昇し、最大60%を超えることが明らかにされた(図2)。

次いで登壇されたオーガスティン教授は、「治療支援・救命のための即時衝突傷害リスク情報の活用」と題して、外傷外科医の立場からご講演された。外傷は、かなりの入院とリハビリが必要になり、その間の収入がなくなり、経済的な影響が大きく、もっともお金のかかる疾病の一つであるとした。どのような疾病でも、最も大切なのは予防であるが、外傷は原因が明らかであるから予防できると力説された。
オーガスティン教授が所長を務めるライダー外傷センター(Ryder Trauma Center)はマイアミにあり、外傷治療に最適化された病院である。外傷センターを4階にまとめ、その上の屋上ヘリポートにはひっきりなしにヘリコプターで重症患者が運ばれており、屋上から処置室までは約1分で患者を運べる。
ライダー外傷センターでは、関係者間のコミュニケーションを密にすることの重要性を認識しており、そのためのコンピューターシステムを開発しているこのシステムを用いて、スマートフォンに搭載されたアプリケーションによる訓練、ビデオ会議などを行っている。外傷患者がヘリコプターによって病院に到着する前から、病院スタッフはスマートフォンやビデオ会議などによって、事故情報や患者の負傷状況を把握できるようになった。最近では、救急隊が衝突現場から携帯電話を使って動画を病院に送信するようになった。
ディギス教授と共に開発したBMW社のeACN「Assist」のプロトコルでは、消防や警察へ通報する前に、コールセンターのオペレータが事故車両とのコミュニケーションを図り、基本的な質問をすることで傷害予測の精度を向上させている。
正確なトリアージとタイムリーな治療をすれば死亡率は25%削減できると言われ、他の研究でも、このシステムを使って速やかに負傷者を特定し、治療できれば、死亡者数を20%から30%削減できることが報告されている。衝突後0分から9分の間で死亡するような重度の傷害は救命困難であるが、10分から90分、あるいは90分以上たってから死亡するケースについては、その多くを救命するチャンスが生まれると言う。
傷害予測機能を付加したeACN(Urgency)では、自動車事故が発生すると、まず車がコールセンターに自動通報する。オペレーターは、車から通報された衝突に関する電子情報によって、発生場所を知り、乗員の生命に危険を及ぼすような傷害が起こる可能性があるかどうかを検知する。音声交信が可能であれば、搭乗者と話をして、何人乗っているのか、けが人はいるのか、投薬を受けている人がいるのか、搭乗者の年齢は、などと質問し、その回答を把握した後これらの情報をUrgencyに入力する。
オペレーターはまた、救助隊の必要性を認識すると、衝突発生場所の警察と消防に通報して、必要な情報を提供する(図3)。外傷センターでは、情報の共有化のため、図4に示すポータブルデバイスを利用しており、これによって、何が起こっているかを目視することができ、車の情報も受信できる利点がある。

基調講演の後、参加者(約100人)から様々な質問が述べられ、ディギス教授、オーガスティン教授との間で有意義な意見交換が行われた。質疑については紙面の都合で割愛するが、交通事故と人身傷害に関わる我が国の研究者に大きなインパクトを与えたことは疑いない。
本年度研究では、標準化したeACN発信情報とドクターヘリ起動基準をもとに、イベント・データ・レコーダー(EDR)情報から傷害予測を可能としたeACNの通信訓練を行い、12月を目途に、実車並びにドクターヘリ実機を用いて交通事故発生からeACNを通じてドクターヘリを起動し、現場で医師が治療を開始するまでの時間短縮効果についてシミュレーションを行うこととしている。
eACNが起動するドクターヘリシステムの構築には、警察庁、消防庁、厚生労働省、国土交通省、民間企業などの間で、詳細に渡る調整が求められる。かかる研究や実運用は世界に例がないことから、認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)では、システム構築に向けて、引き続き積極的に取り組む事としている。
ドクターヘリの全国配備を進めると共にeACN搭載車両を増加させ、事故発生からドクターヘリによる治療開始までの時間を大幅に短縮することにより、交通事故負傷者の救命率を大幅に向上させることが可能となる。本研究成果を我が国全体のシステムとして定着させることにより、世界に冠たる交通安全社会も現実のものとなろう。

(アスカ21 第78号掲載論文)