安全に、一刻も早く患者を医療機関へ
パイロット(機長)
ドクターヘリのパイロットが、報道ヘリなどほかのヘリのパイロットと大きく違うのは、「今すぐ治療が必要な患者に医師を搬送する」というところでしょう。ヘリを操ってフライトドクターやフライトナースを現場に送り、患者を医療機関まで届ける。その操縦技術が一刻一秒を争う救急医療のカギとなるだけに、責任は重大です。
ドクターヘリの現役パイロットに、そのやりがいなどとともに、パイロットになるための道のりや、必要な資質について、ご自身の経験も踏まえて話していただきました。
VOL.4
人を助ける仕事に
やりがいを感じる
中日本航空株式会社
パイロット
渡邉健一さん
2020.4.1
ドクターヘリのパイロットの役割は?
この日、聖隷三方原病院(静岡県浜松市)でドクターヘリのパイロットとして任務に当たっていたのは、10年のキャリアを持つ渡邉健一さん。北海道の医療機関でドクターヘリのパイロットを務めた経験もあります。
「ドクターヘリのパイロットに求められることは、いかに早く、いかに確実に、現場に到着できるか。そして、患者さんを安全に医療機関に搬送できるか、です」
要請の連絡は、突然入ります。いつでも出動できるよう、朝、出勤したら整備士とヘリの整備状況を確認し、その日の天候や気象の変化についてCS(Communication Specialist)(※)とすり合わせます。待機中もヘリが飛べる状態にあるかどうか、常に気象をチェックしています。
「飛ぶ、飛ばないの判断や、飛ぶルートの決定は、CSの意見を参考に、最終的にパイロットが行います。責任は重いですが、人を助ける仕事にやりがいを感じています」
※CS(Communication Specialist):ドクターヘリの出動要請が入った際にクルーに出動指示を出し、そのあとは消防本部指令室とやりとりをしてランデブーポイントを調整。飛行中は運航支援業務を行いながら、消防や医療機関との調整を図るなど、さまざまな業務を担う。
ヘリのライセンスはどうやってとる?
ドクターヘリのパイロットを目指すには、パイロットライセンスの取得が必要です。渡邉さんによると、その方法は主に3つあるといいます。「海外で自家用ヘリのライセンスを取り、その後、日本で事業用のライセンスを取るルート」「自衛隊を退官して民間のライセンスを取りなおすルート」「ライセンスの取れる大学に入りパイロットを目指すルート」です。最近では、運航会社などへの入社後にライセンスを取得するルートもあるそうです。
小さいころから飛行機やヘリコプターに乗りたいという夢を持っていた渡邉さん。大学時代、留学先のアメリカで偶然にもヘリが急病人を搬送する現場に遭遇。「人を救うヘリ」に対する思いが強まったそうです。
「大学卒業後は一度、ヘリとはまったく関係のない企業に勤めました。ですが、やはり思いを捨てきれずに会社を辞め、渡米して自家用ヘリのライセンスを、日本に戻って業務用のライセンスを取りました。その後、今の運航会社に就職し、現在に至っています」
ドクターヘリのパイロットになるには
ドクターヘリは基地病院が民間の航空会社(運航会社)に運航を委託しているため、パイロットや整備士はその会社から基地病院に派遣されます。従って、ドクターヘリのパイロットになるには、まずはそうした会社に就職する必要があります。その上で、ドクターヘリのパイロットに必要な条件である「総飛行時間1,500時間以上」を目指します。渡邉さんによると、1,500時間というのはなかなか厳しい条件で、5年以上はかかるといいます。
「その後は、日本航空医療学会のドクターヘリ講習会を受講します。講習会にはパイロットだけでなく、フライトドクターやフライトナース、整備士なども参加していて、ドクターヘリの運用にかかわる基本的な内容について学んだり、実習を行ったりしていきます」
このほか、操作技術の維持を目的とした口述・実技による航空運送事業機長定期審査が年に1回、さらに半年に1回の航空身体検査もあります。安全な運航のために、健康を保つこともパイロットの大切な使命なのです。
パイロットに求められる資質とは?
救急医療現場では、治療を始める時間や搬送時間が短いほど傷病者の救命率が高まります。だからこそ、飛行時間を安全にできるだけ短縮することが重要で、パイロットには高い操縦能力が求められます。しかし、渡邉さんは「それだけではドクターヘリのパイロットには向かない」と言います。
「大事なのはコミュニケーション能力だと思っています。ドクターヘリでは、救急隊などと話をし、フライトドクターやフライトナースをサポートするのもパイロットの仕事。分からないことは聞き、密に情報交換を行う。それが安全な搬送にもつながるからです。もちろん、こうした情報は整備士さんとも共有します」
「判断力」もパイロットに不可欠
すべてが自動化されている航空機と違い、ヘリは自分の目でランデブーポイント(※)の状況を把握し、降りなければなりません。CSからの情報を聞きながら、最適なルートを選ぶのもパイロットの役目です。渡邉さんがコミュニケーション能力とともに大事だと考えるのは、「判断力」です。
「例えば、患者さんの状態から高度をそれほど上げられない場合、山を越えなければならないルートなら、それが最短であっても迂回します。時間はかかっても、それが患者さんを守ることにつながるからです。気流が悪いところがあれば、それも避けていきます。毎回そういうことを考えながらの運航になります」
運航に一番の影響を及ぼすのが天候。離陸時は問題なかったものの、現場では霧が立ち込めてシビアな状況のときもあります。そういうときこそ「冷静な判断が必要」と渡邉さん。
「自分の操縦技術と照らし合わせて、時には降りない判断も必要。二次災害につながってしまうからです。クルーの命を守ることもパイロットの使命です」
※ランデブーポイント:救急車とドクターヘリが合流する場所(地点)。各道府県の運航調整委員会が事前に選定した「場外離着陸場」のこと。校庭や駐車場、公園などが選定されているが、2017年3月末時点のHEM-Net調査では一基地病院当たり625か所となっている。