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存在感増す救急ヘリコプター<日本経済新聞>
2006.05.24

昨年8月16日、最大震度6弱を記録し、体育施設の天井落下などで負傷者100人が出た宮城県沖地震。発生直後から近隣県の消防防災ヘリコプターや救急ヘリがスクランブル態勢に入っていた。

「日本でも救急ヘリが被災地に直行する時代がきた。だが欧米に比べるとまだまだ……」

 日本医科大学千葉北総病院救命救急センター長の益子邦洋(57)はヘリの中で複雑な思いに駆られていた。同病院は千葉県が運航する「ドクターヘリ」の拠点。益子らは地震発生から約3時間でヘリに乗り込み、仙台市近郊のヘリポートに降り、負傷者の治療や搬送に備えた。

 益子の脳裏をよぎったのが1998年のドイツ新幹線事故の医療対応だ。死傷者300人が出たが、39機の救急ヘリが活躍。重傷者87人を周辺病院に運び、災害医療の成功例とされる。

 医師が乗って事故・災害現場に急行するドクターヘリ。欧米では盛んに活動するが、日本では10機にとどまる。厚生労働省が2001年度、国と都道府県で運航費を半分ずつ負担する支援事業を初め、手稲渓仁会(北海道)、東海大付属(神奈川県)など1道8県の病院に配備された。

 北総病院はその拠点の一つ。県内の交通事故などで重傷者が出ると、消防の要請で医師らを乗せて離陸。昨年度は668回出動し、10拠点では最多を誇る。

「医師が現場や搬送中に治療を始める効果は大きく、救急車では助からなかった重傷者が年間20人近くいる」。益子はその効果を訴え、共鳴した元警察庁長官の国松孝次(68)らとともに特定営利活動法人(NPO人)「救急ヘリ病院ネットワーク」で普及活動を続ける。全国に50~60機を配備してネットを築くのが目標だ。

 だが壁も立ちはだかる。ネックは年間1億8000万円程度かかる運航費。単純計算では患者1人当たり20~40万円になるが、現在は患者負担を求めず、全額が公費。導入に難色を示す自治体も多く、「この方式だけでは無理がある」と益子も限界を認める。

 活路になりそうなのが、民間資金と医療保険でまかなう方式だ。ヘリ救急が日常的なスイスでは非営利団体がドクターヘリ13機を運航。日本自動車連盟のロードサービスと似た仕組みで、個人が年間2,700円弱を「寄付」すると、事故時に出動を要請できる。

 ドイツでも損害保険会社などが拠出する民間資金が運航を支える。「ヘリ救急で交通事故の死亡率が下がれば、損保会社にも利益になる」と、益子らもこの仕組みに注目する。

「災害・事故の救命救急は日本では公の仕事という思い込みがある。だが民間がカネを出す危機管理があってもよい」=敬称略

(編集委員 久保田啓介、日本経済新聞2006年5月24日付)