ドクターヘリ安全さらに 国内導入15年、初の事故
災害や事故現場に医師を乗せて急行するドクターヘリで8月、初めて事故が発生した。国内での導入開始から15年。出動件数は年間2万4千件を超え、過疎地域の救急医療を支える存在となっているが、時間に追われながら緊急の離着陸を繰り返す運航はリスクを伴う。日本航空医療学会は事故の反省を踏まえ、全国共通の安全管理基準づくりに乗り出した。
管理基準や事例集着手
「風の状況を知るために発煙筒を使ってはどうか」。神奈川県伊勢原市の東海大病院とドクターヘリを運航する朝日航洋(東京・江東)は、緊急で事故現場などに向かい、着陸しにくい場所に降り立つことも多いドクターヘリの安全確保法に頭を悩ませている。すでに降下速度の上限は決め、来春までには発煙筒の使用方法を定める方針。
両者が対策を急ぐのは8月8日に初めて事故を経験したからだ。
午後2時すぎ、神奈川県秦野市にある工場の敷地内で、降下中のドクターヘリが制御不能に。突風にあおられ、機体後部が地面に接触し、尾翼が破損し、破片は200㍍先まで飛び散った。
救急車の中にいた交通事故で意識不明の重体となった高校生や、ヘリの医師らに影響はなかったが、高校生をヘリで搬送できなかった。
高校生は救急車で約10㌔離れた東海大病院に搬送されたが死亡。ヘリとの時間差はおよそ2分。同病院救命センター長の猪口貞樹教授は「ヘリに搭乗していた医師がすぐに初期治療を施しており、ヘリの事故による患者への悪影響は認められない」としながら、「破片があたれば医療従事者に死傷者が出た可能性もある」と厳しい表情で振り返る。
事故原因は台風の影響で風向きが読みにくかったうえ、降下速度が速すぎるなどのミスが重なった可能性がある。
日本航空医療学会によると、ドクターヘリは2015年度で38道府県で計46機が運用され、出動件数は約2万4千件。だが同学会理事長も務める猪口教授は「急速に広がった半面、地形の違いなど地域差が大きく、安全面のルールづくりが遅れている」と危惧する。
事故を重く見た同学会は、来春までに全国共通の安全管理基準をまとめる作業に着手。普及を支援するNPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」と連携し、危険事例のデータベースづくりにも乗り出した。国土交通省も来夏を目標に事故原因究明を進める方針だ。
同ネットワーク理事の西川渉さんは「ヘリはスクランブル発進し、降りる場所は整地されていない場所も多く、操縦は難しい」と指摘。「山岳地でのドクターヘリ利用が多く、危険事例などの共有制度を持つスイスを参考に安全対策を整えたい」と話している。
(2016年12月2日 日本経済新聞)