ヘリコプターの操縦士不足が深刻だ。養成の場が少なく免許取得費も高額なため、若手が育っていない。事故や災害の現場にいち早く駆けつけるドクターヘリの需要が高まる一方で、自治体の消防防災ヘリの運航には支障も出始めている。
公的な養成機関なし
東京都江東区の東京ヘリポート内にある操縦士養成会社・日本フライトセーフティで、ヘリ事業大手の中日本航空(本社・愛知県)などが今年4月に開いた奨学訓練生制度の説明会には、操縦士を目指す若者ら約10人が参加した。10年間勤めれば、免許取得費約1300万円のうち約1千万円を同社が補助する。
千葉県市川市の会社員、武田大さん(21)はヘリ操縦士として山岳遭難の救助に携わる夢を抱く。2年前に父親を亡くしたため、大学を中退して就職。「4、5年かけて取得資金をためるつもりだったので、制度はうれしい」と話した。
国土交通省によると、ヘリ操縦士は2013年1月現在、全国で1096人。ここ10年間、ほとんど変わっていない。6割は民間企業から所属し、病院や自治体から委託を受けてドクターヘリや消防防災ヘリの運航を担う。4割は警察や海上保安庁などの公務員だ。
かつては航空大学校のヘリ課程から毎年10人前後が巣立ったが、1999年度から募集を停止。無線操縦ヘリの普及などで、農薬を散布する有人ヘリに「ニーズがなくなったため」(国交省航空局乗員政策室)という。公的な養成機関がなくなった今、民間で操縦士を目指すなら、高い免許取得費を負担して民間施設に通うしかない。
全日本航空事業連合会(全航連)ヘリコプター部会の調査では、3年前の11年で、主要22社の操縦士477人の半数が50歳以上だった。40歳以上になると、8割をゆうに超えた。若手が少ない理由について、国交省の担当者は「ヘリ操縦士は航空会社のパイロットの陰に隠れ、広く知られていない。養成場所が少なく免許取得費が高額など、複合的な要因がある」とみる。操縦士不足が急速に進んでいることは認識しているが、具体策はこれからだ。
ドクターヘリ増える導入
ヘリ会社が危機感を募らせる背景には、ドクターヘリの出動が増え続けていることがある。01年度に本格運航が始まったドクターヘリは、1月末現在、36道府県に43機が配備されている。高度な設備がある救命救急センターに常駐し、医師や看護師を乗せて出動、患者を治療しながら搬送する。
導入する自治体は年々増え、全国最多の3機を持つ北海道は今年度中に4機目の導入を見込む。15年度は滋賀県と京都府南部、16年度は宮城県でも運用が始まる予定だ。12年度の出動件数は1万7千件を超えた。
ドクターヘリは事故現場に着陸するなど高度な技術が求められるため、全航連ドクターヘリ分科会は「飛行時間が2千時間以上、操縦する機種の運航経験が50時間以上」などの条件を操縦士に課している。全国10カ所以上でドクターヘリの運航を担う中日本航空の石黒総司・ヘリコプター運航部長(51)は「ドクターヘリを操縦できるようになるには、10年前後のキャリアが必要だ」と話す。
防災出動にも支障も
しわ寄せは、ヘリの運航現場にじわりと現れている。
長野県では、消防防災ヘリの操縦士2人のうち1人が12年12月に退職。その後も即戦力の補充がなく、ただ一人の操縦士が休むと、要請があっても出動できない。県消防課によると、操縦士の休みによる運休は昨年4月~10月の7ヵ月間で25日あった。
昨年5月10日には長野市内で山林火災が発生し、協定を結ぶ群馬など3県のヘリに出動してもらった。同課は県内の消防職員に公費で操縦士免許を取得してもらうことを決め、今月から募集を始めた。
北海道では、96年から維持してきた消防防災ヘリの24時間運航が今春からできなくなった。夜間と早朝に出動できる事業者が見つからなかったためだ。
消防防災ヘリは都道府県や政令指定市が運航し、現在は45都道府県の55自治体で76機が稼働する。東日本大震災では、発生直後から5月末までに応援の58機がのべ860回飛び、1552人の救助や搬送にあたった。(熊井洋美)