医師を乗せて事故や災害の現場に急行する「ドクターヘリ」を導入している全国18の病院のうち、12病院で国が想定する出動回数を大幅に上回り、公的な補助金だけでは運航費をまかなえていないことがわかった。
2001年4月に国内に初めてドクターヘリが導入されてから8年余り。普及に向けた課題を探るため、救命救急の最前線をルポした。(関俊一)
「野田、交通外傷。野田、交通外傷」――。6月9日午後0時28分、千葉県印旛村の日本医大千葉北総病院のドクターヘリ運航管理室に、同県野田市の消防本部から出動要請が入った。
現場は30キロほど先の同市内。20代の女性がマイクロバスにはねられ、頭に大けがを負った交通事故だった。松本尚医師(47)と星島洋子看護師(29)が病棟から呼び出され、ドクターヘリに走り込む。要請から3分後、ヘリは現場へと出発した。
「事故の状況は?」。機内では松本医師が無線で現場と連絡を取り合う。13分後、ヘリが現場から数百メートルの小学校の校庭に着陸すると、女性が救急車から機内に運び込まれた。頭部の出血が激しく、意識もほとんどない。松本医師と星島看護師はヘリが飛び立つと、容体を確認しながら点滴を施し始めた。
二十数キロ離れた筑波メディカルセンターに降り立ったのは、午後1時9分。出動要請から約40分、事故発生から約50分というスピード搬送だった。
同市内には、高度な救命救急にあたる「3次救急病院」がなく、救急車だと筑波メディカルセンターまで40分ほどかかる。女性は当日中に意識を取り戻したが、事故の処理にあたった野田警察署の幹部は「負傷したのは頭部。搬送に手間取っていたら危険だったかもしれない」と指摘する。
同病院がドクターヘリを導入したのは01年10月。08年4月に全面施行された特別措置法では、1病院あたりの出動回数を年240回と想定し、国と自治体から年間一律に1億7000万円が補助されるようになった。しかし同病院の昨年度の出動は全国最多の663回。240回を超える出動の費用数千万円は運航を請け負う「朝日航洋」が負担する。「公益性と将来性を見込んで始めたが、このままでは続けられない」。同社の担当者はそう訴えた。
ドクターヘリが01年4月に全国で初めて導入されてから、昨年度は16道府県の18病院で5635回出動した。うち1181回が交通事故への出動で、交通事故死者減少の一因ともされているが、日本航空医療学会によると、1病院あたりの平均出動回数は313回で、12病院で国の想定する240回を超えた。
岡山、静岡両県でドクターヘリを運航する「セントラルヘリコプターサービス」は昨年度、約1億4000万円の持ち出し。6病院のドクターヘリを運航する「中日本航空」も、うち1病院から超過分の一部を
運航会社でつくる全日本航空事業連合会ヘリコプター部会では年240回という出動の想定を見直すよう国に求めており、厚生労働省は「来年度以降、見直しも含め検討する」としている。
ドクターヘリを巡ってはヘリポートや格納庫の整備のほか、医師の育成といったソフト面の課題も山積している。こうした問題点を話し合おうと、NPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」(理事長・国松孝次元警察庁長官)が今月27日、東京都内でシンポジウムを開催する。問い合わせは同ネットワーク(03・3264・1190)へ。