HEM-Netでは去る1月末、ドイツ、スイス、アメリカからヘリコプター救急の第一線に立つ専門家3名を招き、2日間にわたって国際シンポジウムを開催しました。その全記録をここに掲載します。構成は下記のとおりです。
◆ 総 括
◆ 開会挨拶
費用負担問題を克服してヘリコプター救急の普及を図るために(國松 孝次)
◆ 基調講演
ドイツ航空医療システムの財務問題(ズザンネ・マツケアール)
◆ 基調講演
スイスのヘリコプター救急と経費負担(ヴァルター・シュトゥンツィ)
◆ 基調講演
アメリカの航空医療搬送費(ケビン・ハットン)
◆ パネル討論
独・瑞・米の実態を踏まえて(谷口 隆、福田祐典、上関克也ほか)
◆ フォローアップ討議
わが国においても、上記のような機能を果たすヘリコプター救急の有効性については、一定の理解があると言ってよく、厚生労働省の救急医療対策の一環として推進されている「ドクターへリ」の運用と都道府県・政令市の管理にかかる消防・防災ヘリのドクターへリ的運用によって、ヘリコプター救急体制の構築が図られている。
しかしながら、現実の姿を見れば、ドクターへリが整備されているのは9道県に10機のみであり、消防・防災ヘリのドクターへリ的運用がなされている県も、埼玉、岐阜、兵庫、広島、高知など数県に止まっていて、とても、全国的に整備されているという状況にない。
わが国おいてヘリコプター救急がかくも普及しない理由はなにか。消防・防災ヘリについては、各機関において固有の理由があるのであろうが、ドクターへリについては、実際的な理由はただひとつ、ドクターヘリの運航費用の負担の目途が立たないということである。
周知のように、わが国においては、ドクターへリの運航費用(年間、1機当たりおおむね2億円)は、救急車と同じくすべて公費(税金)で賄われる仕組みになっており、国費と都道府県費で折半するものとされている。
そして、国費負担の分はともかく、地方負担分の約1億円について、現下の厳しい地方財政事情をまともに受ける多くの府県が、その捻出に消極的であり、それが最大のネックになって、ドクターへリの導入が進まないというのが、まぎれもない事実なのである。
年間1機当たりの運航費用1億円というのは、決して安い額ではないが、都道府県民1人当たりにすれば、平均、年間およそ80円程度の金額である。
ドクターヘリは、本格的な救急専用ヘリであり、これが全国に普及すれば、救急車を補完して、対象患者の救命率の向上と予後の改善を図ることができるのは、明らかなことであることを考えると、この程度の金額が捻出できないというのは、ある意味では、ちょっと情けない話である。
ドクターヘリの運航費用の半額を都道府県側に負わせるという制度がもたらす更に深刻な問題は、この制度による限り、ドクターヘリの活躍がより必要とされる中小県への導入がどうしても後回しになってしまうということである。
現在、ドクターヘリが導入されている北海道、千葉、神奈川などの道県は、厳しい財政情勢下にあるのは間違いないが、それでも概して財政規模が大きいので、知事のリーダーシップを得て、なんとかヘリ運航費用の負担にたえている。これに対し、東北、北陸、山陰、四国、福岡を除く九州の各県は、ドクターヘリ導入ゼロ。
地形の状況、道路の整備状況、医療機関の設置密度などを勘案すれば、こうした県においてこそ、救急車を補完するドクターヘリの活動は、喫緊の必要事である。
しかし、こうした県は財政規模が小さく、ヘリ運航費用の負担は極めて困難であり、その導入の必要性、重要性はわかっていても、おいそれと手を出せないというのが偽らざる実情であろう。このような状況を放置しておけば、結局のところ、人の命に都道府県格差がつくことを事実上是認してしまうことになりかねない。
ドクターヘリの運航費用の負担問題は、わが国のヘリコプター救急システムの構築を進めるに当たって、なんとしても解決しなければならない喫緊の課題である。
我々救急ヘリ病院ネットワークは、この点に関し強い問題意識と危機意識をもって、昨2005年3月「HEM-Netの提言」をまとめ、その中で、ヘリ運航費用を医療保険給付の対象に加え、費用負担をひろく受益者間で分散して負担する方式を導入することにより、この問題の抜本的な解決を図るべきことを提言したところである。
本年は、すこし観点を変えて、世界的に見て最高水準のヘリコプター救急システムを有しているドイツ、スイス、アメリカの各国の専門家を招致し、それぞれの国において、ヘリ運航費用の負担問題をどのようにして克服しているかを聴取することを通じて、わが国における問題解決のための参考事項を引き出すこととした。
これが、2006年1月24日、国際シンポジウム「独、瑞、米における救急ヘリ運用の実態――ヘリコプター運航費の負担のあり方を中心に――」を主催した目的である。
また、シンポジウムにおける議論を、より詳細に詰めるため、翌1月25日、3ヵ国から参加した専門家と当法人理事メンバーによる「フォローアップ・ミーティング」を開催した。
なお、シンポジウムにおいては、費用負担の問題とあわせて、救急ヘリと救急車の連携、大災害時などの救急ヘリ広域集中運用の問題についても、討議したところである。
シンポジウムおよびフォローアップ・ミーティングの全記録は、本文のとおりであるが、ドイツ、スイス、アメリカにおける救急ヘリ運用の実態を費用負担の問題を中心に概説すれば、次のとおりである。
○ ADAC、DRF、州、軍、国境警備隊などが救急ヘリ運用者として参画しており、ヘリ運航者が複合的であるのが、ドイツの特徴。ただし、1995年以降、州、軍、国境警備隊は、運航から手を引き始め、現在はADACとDRFが主体。
○ ADACエアレスキューチームは、ADACが100%出資の公益法人。パイロット120名、ドクターとパラメディック1,300名、拠点30ヵ所。年間出動回数34,000件(1機当たり約770件)。
○ 救急救助は、地上であれ航空であれ、公共の福祉の一環であり、州政府の責任で行われるべきものと考えられ、その体制と財政措置については、州法で詳細に定められる。
○ ヘリ運航費用は、軍等が運用する場合も含めて医療保険で賄う(救急車の運行費用も同じ)のが原則。このことは、州法に規定されている。
飛行時間1分当たりの運航コストは、1機につき51.37ユーロ。
最近は、安全飛行基準が厳しくなり、パイロットの訓練や機種選定に費用がかかるため、運航コストの全額を保険負担することはできなくなっている。
保険負担はコストの87%程度。穴埋めは、ADACの場合、会員からの基金で。
○ ドイツの公的医療保険制度は、月収3,900ユーロ(約50万円)までの被雇用者に対し加入が義務付けられる。保険料は、総収入の14.2%(雇用者と被雇用者で折半)となっている。月収3,900ユーロを超える者は、任意保険を選択できる。
現在、国民の88%は公的保険(74%は義務的。14%は選択的)。9%は任意の選択保険。2%は警察官と軍人で、保険料なしの特別保険に加入している。無保険者は国民の0.2%である。
スタッフは270名。ヘリ拠点は13ヵ所。
ヘリコプター保有数は、REGA固有機が13機とパートナー機が3機の合計16機。この体制で、年間出動回数12,000件をこなす。
○ 運航は、24時間体制。ドクターは、都市部では、近隣の病院等から派遣され、近隣に適当な病院のない山間部等では、REGAの雇用するドクターが24時間、拠点に待機する。
○ REGAの2004年の総予算は、1億3,130万SF(約120億円)。公的補助は一切受けていない。ただし、ヘリ運航費用には、医療保険が適用され、搬送患者の医療保険から、運航費用の一部が補填される。
REGA総予算のうち約5,000万SFが保険収入。約7,000万SFが「パトロン」からの寄付と大口寄付。残りの1,000万SFは、他機関を支援した場合の料金収入等。
○ パトロンは現在約180万人。パトロン会費は、年額30SF(約2,700円)が基本。パトロンは、ヘリによる救護を受けても、搬送費用を負担することはない。
○ スイスにおいても、救急救助は各カントン政府の責任であり、各カントンには、救急救助を担当する大臣がいる。REGAは、各政府を支援している。
○ ヘリ運航費用の負担は、どこの国でも大きな問題であり、いろいろな工夫が凝らされている。フランスのように全額国費で負担するところもあれば、オーストラリア、ニュージーランドのように、機体を広告媒体にして広告収入に依存するところもある。
ドイツは、保険制度を活用する受益者負担の割合が大きい。スイスは、保険制度と寄付(メンバー・篤志家)の二本立て。
これからシステムを構築しようとする場合は、たとえば保険から収入を得る、スポンサーを探す、政府から補助を受ける、スイスのようなメンバー制を導入するなど、さまざまな方式を組み合わせるのがよいと思う。
○ 保険の仕組み
65歳以上と身障者を対象とするメディケア、低所得者(月収800ドル以下)を対象とするメディケイド、軍人を対象とするトライケアの公的制度の外に多様な民間任意保険制度が複合的に並立している。無保険者も多い。
○ ヘリ運航費用は、保険で賄うのが一般的だが、様々な仕組みがある。基金方式もあり、公的機関補助も稀ではあるが、多様に存在する。
○ ヘリ運航のモデルも様々である。主なものは以下のとおり。
- 病院をベースに活動するもの(当該病院だけに対するサービス提供にとどまる場合と特定病院をベースに地域救急業務を行う場合)――Baptist Hospital Life Flight (Pensacola, Florida)、 Miami Children’s Hospital、 Bayflite(St. Petersburg, Florida)
- コンソーシアム型――複数の病院がコンソーシアムを設立し、州からも一定の補助を受けて、メンバー病院に対しサービスを提供するもの――Life Flight of Maine
- 州警察が運営に当たっているもの――Maryland State Police(運営資金は自動車登録手数料から拠出)
- 民間営利会社が運営するもの――Air Evac Lifeteam(ミズーリ州に本拠。65基地を持ち12州に事業展開。従業員1,200名、年間80,000回の出動)
本シンポジウムに専門家を派遣してくれたドイツ、スイス、アメリカは、ヘリコプター救急の運用に関しては、世界最高レベルの実績を誇っているが、これら3ヵ国に共通する点は、いずれもヘリ運航費用を医療保険の給付対象としていることである。
運航費用を保険の対象にするということは、ヘリ運航を医療機関の患者に対する医療サービスとして捉え、その費用の負担を、社会相互扶助の精神に則り、国、地方公共団体の他、患者本人、患者の加入する保険者、保険会社など、ひろく受益者の間で分担していこうとすることを意味する。
その点、わが国の現行制度のように、ドクターヘリ(消防・防災ヘリのドクターヘリ的運用の場合も同じであるが)の運航を、官の行う公的サービスとして捉え、その費用を公費(税金)だけで負担していこうとする方式とは、基本的に発想を異にするものと言える。
ヘリ運航費用を保険制度のなかで賄うこととすると、その負担のあり方は、さまざまな方式を採用することにより、多様に構築することが可能になる。また、税金を使わない方式も取りうることから、民間のヘリ運航機関の参入も可能になる。
ドイツにおいても、ADACやDRFなど様々な民間の救急ヘリ運用機関が、医療保険収入を中心にしながら、補完的に、ADAC会員の会費から運航費用を補填したり、州政府からの補助を仰いで、充実した救急ヘリ運用を実現している。最近は、公的機関は、むしろ後ろに引いて、救急ヘリ活動をADAC,DRFという二大民間救急機関に委ねる傾向にあることが、シンポジウムに参加したドイツ代表から披露された。
アメリカにいたっては、医療機関はもちろん、営利を目的とする民間航空会社まで参入して、それこそ多彩な形態のヘリ救急のビジネスモデルを作り上げている。
そして、アメリカ代表の発言で印象に残ったのは、アメリカにおいては「ヘリコプターを使って患者を搬送するサービスをしている」ということは、その病院の提供する医療の質が高いことを示すバロメーターとして、ひとつのセールス・ポイントとなっているということであった。
また、スイスのREGAは、その総収入の約40%を保険収入で賄い、残りの約54%はパトロンと称する会員からの小額(年間約2,700円)寄付によって賄う方式を確立している。公費の補助は、一切受けない。REGAは、いわば、まったく自前で経営を維持しつつ、世界最高水準のヘリ救急実績をあげている。
この場合、パトロンたちの支払う年間約2,700円の寄付金は、それさえ払っておけば、ヘリ搬送のサービスを受けても、搬送料金を請求されることはないという意味で、一種の保険金であると言ってよい。
つまり、スイスでは、公的な医療保険と任意の保険とで、すべての経費を賄ってヘリ救急制度を維持しているのである。
わが国も、これらの国のやり方を参考にしながら、発想を転換して、保険の適用を取り入れた多様な費用負担の仕組みを作ることを考える時期にきていると思われる。
ヘリ運航費用の負担を、税金一本やりで考えるのではなく、保険適用を含め、多様な費用拠出のあり方を追求していけば、スイス的な会員制の互助組織による負担も可能になるし、大手企業などからの大口寄付によって一部運航費用を賄うことも可能になり、ヘリ運航費用をひろく薄く分散して負担する方式を多様に決定できるようになる。
また、運航形態も、アメリカに見られるように、いくつかの病院の合同運航形式をとることもできるようになるであろう。
もちろん、公費負担方式は、それ自体が不都合な制度であるということは全くない。それで行けるのであれば、むしろ、最も公平に、かつ長期安定的に、ヘリ運航費用を負担できる点において、他の仕組みより優れていると言える。
今回は、シンポジウムに招請しなかったが、フランスは、救急救命は国家の重大責務という観点に立って、すべての救急業務費用を国費で賄っている。ただ、費用の半分は地方に持たせるなどというやり方は取っていない点、日本とは決定的に異なる。
日本の公費負担制度の最大の問題は、この方式を取っていると、ドクターヘリの導入が、遅遅として進まないという現実に直面するということである。
特に、現行のように、都道府県に費用の半分を持たせるという公費負担方式は、いかにも中途半端で、都道府県間の格差を是認することにつながりかねない。税金で賄うのであれば全額国費で行く、それが出来ないのであれば、民間の活力を活用しつつ保険適用を中心にした多様な負担方式に切り替える、そのどちらかの方式を明確に選択すべきであろう。
○ ここで、すこし、問題になるのは、ドイツも、スイスも、アメリカも、患者の搬送費用は、ヘリ使用の場合だけでなく、救急車使用の場合でも、保険給付の対象になっているということである。この考え方で行けば、わが国にヘリ運航費用への保険適用を考慮するのであれば、救急車の運行費用も、同じく保険給付の対象にしないと平仄が合わなくなる。しかし、年間500万回近く運行されている救急車の運行費用を、いかなる形であれ、一括して保険給付の対象としようとすると、話が大きくなりすぎて、収拾がつかなくなるおそれがある。
救急車の出動回数が年々増加し、市町村財政を圧迫している事情がある一方で、救急車をタクシー代わりに使う者のいることが話題になる実態を見ると、救急車の運行費用をいつまで全額公費負担としておくことができるかは、かなり疑問で、この問題は、将来議論を避けて通れない問題になるのかもしれない。しかし今の時点では、それとは切り分けて、ドクターヘリ(ドクターヘリ的に運用される消防・防災ヘリを含む)に限って運航費の負担問題を検討するのが現実的と思われる。
その場合、ドクターヘリを救急車と異なるものとして扱う根拠をどこに求めるか。ドクターヘリの場合、医師が同乗して現場に急行して治療に当たり、患者を病院に搬送する間も医師による医療行為が行われ得るという点で、一定の応急の手当てをするとはいえ救急隊員による患者の搬送をもっぱら任務とする救急車とは異なることに着目すべきであろう。
ドクターヘリは、単に救急車に比べて患者をより早く搬送できるという点よりも、むしろ医師の現場急行により迅速に医療行為を開始し、救命効果を高めることができる点にこそ最大の特徴がある。その意味でドクターヘリは、迅速的確な医療行為を可能にする、医療行為と密接不可分の機能を果たすものと言えよう。
また、ドクターヘリの場合、患者の希望、ないし、要求により出動するということは、基本的にはありえないことであり、すべて、医師の判断で出動の是非が検討されることになるから、その意味で、ドクターヘリの出動による運航費用が無制限に増大するということは考えられない。
なお、ドクターヘリをそのように位置付けると、一部の市で行われている、いわゆる「ドクターカー」も、同じ扱いになる。また、後で述べるように、将来メディカル・コントロールの仕組みが整い、かつ救急救命士の知識・技能の向上が進んで処理範囲の拡大がはかられ、アメリカのパラメディックのように医師と同等の医療行為ができる資格を持つ救急救命士が登場することになれば、そうした救急救命士の同乗するヘリコプターや救急車も、ドクターヘリ扱いをされることになろう。
○ ヘリ運航費用〔医師・患者の搬送(移送)に要する費用〕の全部ないし一部を医療保険でまかなっている例は、ドイツ、スイス、アメリカの外、多くの国に見られるところである。もちろん保険制度は国によって根幹が異なるので、外国の例をそのまま鵜呑みにして論ずるのは当を得ないが、ヘリ運航費用を医療保険に組み込む考え方自体は、別に新奇なものではなく、多くの国で既にやっていることである。
○ 日本においても、ヘリ運航費用への保険適用が理論的にできないとか、制度的に無理ということはない。
現行の医療保険制度においても、保険給付の種類のなかに「移送費」が法定されているところであり、患者の「移送」が保険給付の対象になりうることは、概念的に認められている。
即ち「移送費」は、「負傷、疾病等により移動が困難な患者が、医師の指示により一時的、緊急的な必要性があって移送された場合に、その経済的な出費について補填を行い、必要な医療が受けられることを可能にするとの考え方から、……現金により支給」(平成6年9月9日保険発第119号・庁保発第9号通知)されるものとして、厚生労働省規則において、認められているものである。
したがって、この「移送費」をヘリ運航費用の全部または相当部分に適用することが認められれば、個々のケースにおけるヘリ搬送費用は、医療保険の給付の中で処理することができる。
○ しかし、現在までのところ、厚生労働省は「医療保険は、もともと治療行為に対して保険金を支払うシステムである。ヘリコプターを含む救急搬送は、医療提供体制整備の一環と位置付けている」(平成15年10月30日当法人HEM-Net主催シンポジウムにおける厚生労働省担当官発言)という考えに立って、ヘリ運航費用を保険給付の対象とする意向は持っていない。
また、「移送費」の適用方針についても、「当該移送の目的である療養が保険診療として適切であって、患者が移動困難であり、かつ緊急やむを得ないと保険者が認めた場合について、最も経済的な通常の経路および方法によって移送された場合の費用により算定された額を、現に要した費用を限度として支給される」(平成6年9月9日付け上記厚生省通知)のが移送費とされているから、この点からも、高額なヘリ運航費用を「移送費」に含めるのは、無理という考えのようである。
ただ、はっきりしていることは、ドクターヘリの運航費用を「移送費」のなかに組み込むかどうかは、法律上、出来るとか、出来ないとかの問題ではないということである。
厚生労働省規則のレベルで、それを組み込むことを政策決定すれば、制度をいじることなく、すぐにでも出来ることである。
○ ヘリ運航費用を「診療報酬」の範疇で考えることは、すこしく、制度変更を要する事柄かもしれない。厚生労働省によれば、診療報酬とは、患者に対し実際に行われた診療行為について、一種の出来高払い方式で支払われるものであるから、診療行為そのものではない医師または患者の搬送費用を診療報酬のなかに組み込むことは出来ないということになっている。
しかし、これもまた、政策判断の問題である。単に患者の迅速な搬送だけでなく、医師の早期現場臨場を可能にするドクターヘリは、時間との勝負で医療の質が決まる救急医療においては、決定的に重要な役割を果たすものであるから、診療行為に密接不可分の関係に立つものとして、診療報酬の対象としても、すこしも不合理ではない。
慶応義塾大学経営大学院の田中滋教授も、「救急医療、小児医療、在宅医療の3つ」については、「患者さんが来て初めて診療報酬が得られる現在の形」に疑問を投げかけ、「これら3つについて事後的な診療報酬だけでなく、システムの維持費用の形で保険側が前もって渡す。個別のエピソードごとの支払いではない報酬の制度設計をしておかないともたない部分がある」ことを指摘しておられる(2005.3.25 HEM-Netシンポジウムにおける基調講演)。
要は、どのような形で組み込むかは、今後の議論であろうが、ドクターヘリ運航を医療機関が行う「医療サービス」のひとつとして把え、医療保険が、ヘリ運航費用の全部ないし一部を公費から肩代わりして負担していく方策を考えるべき時期が来ていると主張したいのである。
○ 救急搬送される患者に適用され得る保険としては、医療保険の他、患者が交通事故の被害者であった場合の自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)、患者が業務上または通勤時の災害によって負傷したり病気になったりした場合の労働者災害補償保険(労災保険)があり、それぞれ、二重給付のないように配意されながら、独立して運用されている。
自賠責保険の支払基準によれば、「事故発生場所から医療機関まで被害者を搬送するための費用等については、必要かつ妥当な実費」を支払うとされており、労災保険についても、同趣旨の規定が用意されている。
したがって、自賠責保険や労災保険で、ドクターヘリの運航費用を見ることは、現行規則の文理解釈上、十分に可能であると思われる。
○ これは、単なる数字合わせかもしれないが、次のような計算も成り立つ。
自賠責保険の年間保険金支払額は、平成15年度で約9,230億円。同じく労災保険では、平成14年度で約7,940億円である。
自賠責保険の年間保険金支払額約9,230億円の0.5%は約46億円。労災保険の年間保険支払額7940億円の0.5%は40億。両者あわせれば86億円。これだけの資金があれば、ドクターヘリは43機、年間を通して運用できることになり、ドクターヘリをあらかた全国配備することができる。
つまり、ドクターヘリの導入により自賠責保険金および労災保険金の支払いが0.5%以上軽減できるという計算が成立すれば、ドクターヘリは全国配備しても、十分に「ペイする」ということになる。 この計算の成立は、今後さらに検証されなければならないが、この検証は、既に行われた厚生労働省の「ドクターヘリの実態と評価に関する研究」によって、ヘリ搬送が34%の死亡率減少効果を生むというデータが示されているところから考えて、それほど困難なことではない。
○ 以上述べてきたような各種の保険制度の適用により、ドクターヘリの費用分担が多様に成立した場合には、費用負担をする各制度の間をどのように調整するかが問題になる。ドクターヘリをはじめ消防・防災ヘリのドクターヘリ的運用の進展により、ヘリコプター救急の運用方式も多様になる可能性があるだけに、誰が費用を負担し、誰がそれを肩代わりし、誰が支払うか、相互の関係は、極めて複雑になるであろう。
そこで、医療保険の場合の「社会保険診療報酬支払基金」と同様の組織として、『ドクターヘリ運航費用管理機構』(仮称)を設立し、そこに基金を集めて管理し、ヘリ運航費用をヘリ運用者に一括して支払うこととするのが、合理的である。
機構設立者および基金出資者は、国、地方公共団体、各保険機関である。特定の公益団体や大企業からの寄付を受け入れることとしてもよい。
ドクターヘリ運用者は、年間の運航費用を一括して、この機構に請求する。
また、この機関の運用する基金には、民間の病院もアクセスできるようにしておくべきである。各病院は、救急ヘリを運航しようとする場合、一定の条件を整え、都道府県ごとに設置される「救急ヘリ配備検討委員会」(仮称)の承認を得た上で運航を行い、その費用の支払いをこの機関に請求すればよいことになる。
この方式が実現すれば、民間病院のなかにはドクターヘリの導入を積極的に進めるところが出てきて、ドクターヘリの普及は一気に加速するものと思われる。
○ 以上、述べてきたとおり、ドクターヘリ運航費用の負担問題は、国、地方公共団体の他、医療保険、自賠責保険、労災保険、各種公益団体、大企業等がそれぞれ負担を分担し、『ドクターヘリ運航費用管理機構』(仮称)に一括して運航費用の管理を委託する仕組みを作ることにより解決されるべきであると考える。
ただいまからNPO法人救急ヘリ病院ネットワーク主催により「ドイツ・スイス・アメリカにおける救急ヘリ運用の実態に関する国際シンポジウム」を開催いたします。
開会にあたりまして、一言ご挨拶を申し上げます。まずもって、本シンポジウムにご出席のため、遠路はるばるお越しいただいたドイツADAC総支配人のズザンネ・マツケアールさん、スイスREGA広報部長のヴァルター・シュトゥンツィさん、アメリカAAMS理事のケビン・ハットン博士のお三方を心から歓迎し、そのご協力に感謝を申し上げます。
なお本日、会議の終わりに締めくくりの特別発言をしていただく予定でしたヨーロッパ航空医療協議会名誉会長のゲルハルト・クグラーさんは、まことに残念ながら、急のご病気で出席を取りやめられました。
ほかにパネル討論に加わっていただく予定で、日本の関係官庁から担当の方をお呼びしましたところ、国会開会中の大変お忙しいところを曲げてご出席いただきました。厚く御礼申し上げます。
さて、今回のシンポジウムの主題は、プログラム記載のとおり、次の3点です。
- ヘリコプター運航費用はどのような仕組みでまかなわれているか
- 救急ヘリと救急車の連携はどのように行われているか
- 大災害時などの救急ヘリ広域集中運用はどのように行われているか
私どもHEM-Netは日ごろからヘリコプター救急の全国的普及に向けたNPO活動に取り組んでいますが、その過程で痛感するのは日本における典型的な救急専用ヘリコプターであるドクターヘリの普及を妨げている最大の原因はヘリコプターの運航費の捻出に困難があることです。
昨年は関係各位の大変なご努力により、北海道と長野県にドクターヘリが導入されました。しかし、それを加えても、全国的に見れば現在、ドクターヘリが配備されているのは9の道と県に10機だけです。しかも、地形の状況あるいは医療過疎の状況などから考えて、ドクターヘリのサービスを最も必要とするはずの東北、北陸、山陰、四国などの各県には、いまだ1機も配備されていません。
ドクターヘリの導入が進まない理由は各県それぞれの事情があるでしょうが、私どもに聞こえてくる共通の理由は、ドクターヘリを導入した場合、その県が負担しなければならない、年間約1億円というお金の捻出が難しいということです。ご存知のとおり、日本ではドクターヘリ運航費は国費および都道府県費の折半による全額公費負担制度が取られています。この制度によれば、都道府県費の負担のめどがつかない限りドクターヘリの導入は不可能です。
しかし、現在全国の地方公共団体は非常に厳しい財政環境の下にあります。1億円の捻出はかなり難しく、特にいま言ったようにドクターヘリのサービスを最も必要とする県の中にはとりわけ財政状況の厳しいところが多く、県費によるヘリ運航費の負担はきわめて難しい実情にあります。
私どもHEM-Netはこうした費用負担の隘路を克服するために、ドクターヘリの運航費用を医療保険給付の対象に加えて費用負担の分散を図ることを提言しています。この提言がそのまま実現するかどうかはこれからの問題としても、従来のようにドクターヘリの運航費用をすべて公費、すなわち税金で賄う、しかも、その半額は県費で賄うという仕組みを取る限り、ドクターヘリの普及は遅々として進まないのではないか。導入できても、それは比較的財政にゆとりのある県からの順番になってしまいます。真にヘリコプターの需要のある地域はあとに回ってしまうのではないか、という危機感を募らせています。
ここは頭を切り替えて保険的な発想に基づき、ヘリ運航費用を広く受益者間で分散して負担する仕組みを全国的に整え、各都道府県間の財政格差がドクターヘリ導入を左右することのないようにする必要があるのではないかと痛感している次第です。
本日ゲストとしてお出かけいただいたお三方の国では、いずれも保険制度の中でヘリコプターの運航費をまかなっています。単に保険によるだけでなく、スイスのように寄付金制度を組み合わせて運用しているところもあります。後ほどそれぞれからお話がありますが、これらの国々でもヘリコプターの運航費用負担の問題が完全に克服されているわけではありません。むしろ、日々新たな問題に直面しておられます。
しかし、これらの国々ではさまざまな知恵と努力で困難を克服しながら充実したヘリコプター救急のシステムを維持し、拡大しておられます。本日はこうした各国の実情についてゲスト・スピーカーのお話を伺い、今後の日本における救急ヘリに関するシステム設計の参考にしたいというのがこのシンポジウムの眼目です。
なお日本の救急専用ヘリには、県によって独特の工夫を凝らしながらドクターヘリ的に運用されている消防、防災ヘリもあります。それらについては、後刻パネル討論の場で議論をいただきたいと考えています。
また、本シンポジウムの別の主題である救急ヘリと救急車の連携、あるいは大災害時などの救急ヘリの広域集中運用などの問題についても、順次ご議論を願うこととします。
それでは、これからシンポジウムを始めます。
◆ 基調講演 ◆
スイスのヘリコプター救急と経費負担
Small Contributions keep a Big Idea
HEM-Net国際シンポジウムにお招きいただき有難うございます。皆さまの前で講演させていただくチャンスを得て大変喜んでおります。
航空機による救助や救急活動は各国でますます盛んにおこなわれるようになり、それゆえに財務上の問題が重要になってきました。私どもも単に運航上の問題ばかりでなく、財務上の問題も取り上げるようになりました。
REGAはスイス全土にわたって13ヵ所にヘリコプター基地を持っており、13機のヘリコプターを運用しています。13ヵ所の基地で13機のヘリコプターでは予備機はないのかということになりますが、実はパートナーとして民間ヘリコプター会社3社にも協力してもらっています。また、国境を越えて国外から患者を収容するために3機のアンビュランス・ジェットも運用しています。
スタッフの人数は全体で270人ほどです。2004年の救急出動件数は12,000件余りで、収入は1億3,130万スイス・フランでした。だいたい120億円にあたると思います。そのうち7,000万フランは会員制にもとづく会費もしくは寄付でした。
政府からは全く補助を受けておりません。航空医療は、スイスでは公益事業で、国の責任でもありますが、非営利的な無償の活動でもあります。
下の地図は、REGAの13ヵ所の所在地を示します。スイスは小国で東西400kmしかありません。日本の国土から考えると、1割強にすぎませんが、全国に13のヘリコプター基地が分布しています。アルプスの山岳地帯には、平地に比べて密な配備になっています。この図の中で、ジュネーブ、ツバイジンメン、モリスの3ヵ所のヘリコプターは、民間ヘリコプター会社の拠点で、REGAと提携関係にあり、経費は私どもが負担します。
救急ヘリコプターは1日24時間の待機をしていて、出動要請がかかると昼間は5分以内、夜は20分以内に離陸することになっています。機内は医療用の完全装備がしてあり、乗員は操縦士、医師、救急隊員から成ります。
アグスタA109K2
このヘリコプターは長さ50mのホイスト(巻上げウィンチ)を持っており、吊上げ救助ができます。以前はほかに6機あったのですが、売却しました。うち5機はスロバキアに売れましたが、スロバキアでは私どもから引き取った機体で救急救助をしています。
REGAのもうひとつの機種は、ユーロコプターEC145です。これを2002年に5機購入しました。A109よりもひと回り大きな双発機で、主に平地のヘリコプター基地に配備し、交通事故や急病人の救急に出動します。これも90mのホイストを装備しています。
REGA-EC-145
REGAは、救急用ジェット3機を持っています。カナデア・チャレンジャーCL604です。機内は集中治療患者2人の搭載が可能です。ストレッチャーだけの患者さんならば4人まで収容できます。航続距離は6,500km。患者さんを日本で収容し、スイスに送還したこともあります。乗員は原則として操縦士2人、医師1人、看護師1人です。しかし患者さんの必要に応じて医師や看護師を増やしたり、飛行距離によって増やすこともできます。
私どものこのような体制、すなわち国内のヘリコプター救急ばかりでなく、国外向けのアンビュランス・ジェットもあるということは、会員を増やしてゆくうえで非常な強みです。スイス国民も全世界に旅行しますが、海外で病気になったら困る。そのためにはREGAの会員になって、寄付金を払っておこうという気になるわけです。
アンビュランス・ジェット
それでは本日の主題、財務問題に入ります。スイスのような方式、運航コストの負担のあり方は、スイス独自のものにすぎないのか。それとも他の国にとっても見習うべき解決策となるのでしょうか。
航空機による救急救助活動には、少なからぬ費用がかかります。特にREGAの場合は全国くまなく、人口稠密な地域に限らず、アルプスの山奥にも15分以内に医師が飛んでゆけるような体制を組んでおります。その費用をどのようにしてまかなうかは大きな課題であり、日本でも重要な問題と聞いております。金がすべてというわけではありませんし、救急や救助は金銭的な側面よりも人道的な問題ではありますが、経済的に成り立たなければ、その体制を長く維持することはできません。
では医療にかかる経費の総額に対して、救急救助費はどのくらいの割合でしょうか。スイスの場合は、下図に示すように、わずか3%です。しかも、この中には試験所での検査費や放射線治療費も入っていて、搬送費は右下の棒グラフのように3%のさらに半分です。そのうえ、この中に含まれる航空関連費用はさらに少なく、医療費総額の0.4~0.5%程度しかありません。これを念頭に置く必要があります。このことを政治家や政府機関の人びとに理解して貰わなくてはなりません。
医療費に占める救急費の割合
(上図右下の棒グラフを拡大すると下図)
では、このようなエアレスキューの費用を誰がどのように負担すべきか。それにはいろいろなやり方があると思いますが、下表のように4種類ほどのモデルが考えられます。一つは全額を政府の公的費用でまかなっていく方法です。第2のモデルは商業的にどこか大企業がスポンサーになって負担し、支援してもらう方式です。第3は、実費負担にする。つまり1回ごとの飛行の実費を患者さんが負担する方式。4番目はメンバーシップ・システム、すなわち会費制です。
これら4つの方式を個々に見てゆきますと、まず政府が全てを負担し、みずから救急業務をおこなうもので、フランスがその例に当ります。この制度の長所と短所は下のスライドに示す通りです。長所は財務的に安定しています。政府は法規をつくり、運用団体に収入を確保してくれるので、ある程度恒久的に期待することができます。
また、政府の公的な出費ということになれば、全国民が利用できます。患者が金持ちだろうが貧乏人だろうが、関係なく利用できるわけです。
政府による経費負担(補助金)の利害得失
しかし、この制度には問題があります。必ずしも欠点というわけではありませんが、次のようなリスクを伴います。まず、政府の意思決定プロセスに時間がかかります。多くの政党を説得しなければならず、多数の人びとの理解、納得、支援を取りつけなければなりません。
さらに政府の財政状態に問題が生じると、国家予算を削減することもあります。また突然の政権交替があったり、緊縮財政になることもあるので、ヘリコプター救急システムが影響を受けることにもなります。
次に大企業がスポンサーとなって支援する方式ですが、これはヘリコプターを広告媒体として使うものです。オーストラリアやニュージーランドではこのようなやり方が見られます。救急ヘリコプターは非常に目立つし、人気もありますから、スポンサーがつきます。たとえば保険会社、銀行、化学工業会社などがスポンサーになります。
ニュージーランドの場合は、救急ヘリコプターの塗装にウェストパックという銀行の赤と黄色のカラーを使い、胴体側面に大きく銀行のロゴ、大文字のWが描いてあります。このようにヘリコプターは専用の広告媒体になるわけです。
この方式の長短は下表の通りです。スポンサーになるような大企業は、別途、大きなマーケティング・チャネルを有しており、それも航空医療活動に活用できます。それぞれの組織にとってプラスになりますから、双方に好都合です。スポンサーにとってもヘリコプター救急システムにとっても、プラスの関係を構築できるのです。
大企業による支援の得失
そのうえ企業の場合は、プロジェクトの意思決定にかかわる人の数が少ないというメリットがあります。何か事を起こしたいときや変更したいときは会社の幹部や担当者5~10人くらいで話をすればすむわけです。前の例のように、政府がやろうとすると、たとえば100万人を説得する必要があります。
とはいえ、一方でマイナス面もあります。意思決定者の数が少ないために、彼らの考え方や態度が変わると全体の方針も一気に変わってしまう可能性があります。ですから彼らに継続的に影響を及ぼさねばならず、プロジェクトの質を維持してゆかなければなりません。たとえば銀行がスポンサーになっている場合、もしかしたら、その銀行の競合相手が皆さんの敵に回ってしまうかもしれません。
3点目に考えなければいけないのは、スポンサーにイメージ・ダウンがあったとき、航空医療にもマイナス・イメージを持たれてしまうかもしれない。たとえばスポンサーの銀行で、ある日、突如として大きなスキャンダルが発覚し、ヘリコプター救急に関してもマイナスの影響を及ぼすかもしれません。
またヘリコプターの運航を支援するとなれば、多額の出費を伴うので、スポンサーになれる企業も限られてしまいます。どこかのブローカーがいきなりスポンサーになれるようなものではなく、そういう資金力を持っている人はなかなかいないという現実があります。
REGAのEC-145。
胴体側面に「REGA1414」と書いてあるのはREGA専用の
緊急電話番号。REGAのコントロール・ルームに直接つながるので、
「パトロン」(会員)はここに電話をして迅速な救助を求めることができる。
それが下図に示す長所ですが、実際にこういうモデルはありません。たとえば消防車の運営を民間に委託するようなもので、だれかの家で火事があったときに支払いを求められるかどうか。世界のどの国を見回しても、個人的に負担することは不可能です。
民間事業としての航空医療
次に、このモデルのデメリットもあります。非社会的な制度になってしまって、患者の経済的背景や患者の保険状態がどうなっているかといった個々の状況に依存することになります。コストを負担する保険会社は通常、事後に査定を行いますが、ヘリコプターの出動が絶対に必要だったかどうかをあとから見て、保険会社が支払いを渋ることも起こるかもしれない。また、コストが高いので出動要請をためらうといったことも起こり得ます。ヘリコプターを呼びたいけれども、請求書の支払いができないかもしれないということで呼ばない状況も生まれてしまいます。ですから、これは現実的に存在するモデルではありません。
また、パトロンの背後に何らかの政治的な影響が及ぶことも少なく、寄付でまかなわれているので、自立性、独立性を保つことができます。これは他に代え難い価値です。経済的にも政治的にも独立を維持できることは、非常に貴重な要素です。さまざまな政治的な手続きや経済的プレッシャーなどを恐れる必要はありません。
メンバーシップ方式(スイスの実例)
次にデメリットですが、財務的な基盤が組織のイメージに直結していますから、運営母体のイメージを高く保ってゆかねばなりません。PR活動を積極的に行い、イメージを維持していかなければならないのです。また、長期にわたってパトロンである人たち、たとえば10年、20年、30年間も寄付を続けている会員は、特別待遇を得られるのではないかという期待を抱くようになります。自分が組織にとって重要な顧客であると考えてしまう可能性もあります。
さらに、たとえばヘリ救急のイメージ・ダウンによって会員が減り寄付金が少なくなった場合、だからといって拠点をいくつか閉鎖するわけにはいきません。寄付金の多少にかかわらず、拠点維持費は固定費となって常にかかります。
もうひとつ、パトロンになっていて、なおかつ医療保険をかけているような場合は、自ずと保険会社と競合するようになってしまいます。これがマイナス面かもしれません。
保険にも入っていないし、REGAのパトロンにもなっていない場合は、自分で負担しなければなりません。ヘリコプターの救急救助料金が払えるならば負担してもらいますし、経済的に支払いができなければ、福祉の観点から免除します。REGAは福祉団体でもあります。以上により、REGAの会員になることは、保険に入るのと同じような性格を併せ持つものなのです。
救急救助費の請求手順
REGAの収入は、次のグラフのの通り、2004年の実積が総額1億3,130万スイス・フラン(約120億円)です。そのうち会員の寄付は7,000万フランで収入の半分以上を占め、私どもの財務上の基盤となっています。
REGAの2004年収入
仮にメンバーシップに基づく救急システムをつくり、メンバーに対して保険のようなメリットを与えた場合は、少ないメンバーでたくさんの出動を求められるのではないか、それに対応できるのか、それを十分に負担できるのかといった疑問がわくかもしれません。
ところが1970年代以降、REGAのメンバーシップの制度が導入された時期から2005年までを見ますと、出動件数は13,000件まで増えています。同時に、驚いたことに、会員数も伸びています。システム全体が常に会員によって経済的に支えられている構造ができているのです。こうしたことが、どこの国でも実現できるとは限りませんが、費用負担の方法はさまざまにあるということです。これからシステムを構築しようとするならば、さまざまな方式を組み合わせるのもいいのではないかと思います。
たとえば飛行料金から収入を上げる、保険から収入を上げる、スポンサーを探す、政府の支援を仰ぐのも一例ですし、こういったメンバーシップのシステムも一つの選択肢ではないかと思います。
しかしヘリコプターは5~6州の地域をまたがって飛行することもあるので、なるべく行政支配から遠ざけて民間運営にすることが望ましいわけです。政府に支援されない民間団体である方が、スイスにおいてはプラスといえます。
寄付金に頼ることで、公共の財政支出を緩和できるという言い方もありますが、実際には下に示すように、私たちが政府を支援しているのであって、政府が私たちを支援しているわけではありません。このシステムはスイスではうまく機能していますが、スイスには先ほど申し上げたような独自の状況があります。したがって、先に述べたようなさまざまな財務的モデルと共に、選択肢の一つとして考えていただきたいと思います。
REGAに対するパトロンの寄付は、一つひとつは小さなものです。けれども、それらがたくさん集まれば大きな理想が実現します。これが私どもの理念です。
ご清聴ありがとうございました
アメリカの航空医療搬送費(1)
A Medical Transport Financing in the United States
米国の救急システムは、次図のように、いろいろな運営者がいて、さまざまな救急搬送手段を提供しています。その中で、航空医療に関しては固定翼機とヘリコプターが飛んでいます。
具体的なことは後ほどお話するとして、まず自己紹介をしたいと思います。私は30年前に救急医療を始めました。70年代にテレビの影響を受け、救急車を運転したこともありますし、現場で働いたこともあります。そのあと医学部に入って、研修医としてペンシルバニア州で航空医療に携わりました。その後サンディエゴ大学で働き、15年間救急医療を運営しました。
救急ヘリコプターの役割は二つ考えられます。ひとつは患者を運び、もう一つはお金を運ぶ――つまり、この二つを離して考えることはできません。たとえばサンディエゴでは15年間救命センターを経営しましたが、採算が合わずに閉鎖しました。二つの役割の一方が沈んでしまったのです。そこで私はゴールデンアワー・データ・システムズ社を立ち上げました。国中に航空医療搬送に関する情報を提供して救急活動を支援する会社です。ペンタゴンの9.11同時多発テロにも対応して活動しました。
ゴールデンアワー・データ・システムズのサービスは、患者搬送のスケジュール調整や料金請求を行います。保険会社が支払いを拒否した場合の手続きも取ります。意思決定のサポート・システムを使って政府とも連携を取っています。
下の地図は、わが社の顧客ですが、全米に広がっています。これらの顧客に対しては、いろいろなビジネス・モデル、料金モデルを提供しています。昨年は約2.8億ドル(約330億円)の請求を行ないました。
最初に航空医療搬送の歴史です。1970年代前半、アメリカでは外傷による死亡が問題となり、その分野に資金が投じられるようになりました。この資金投入によって新しい環境、いわゆるニッチ市場が生まれ、病院や公共の救急プログラムが提供されるようになりました。
航空医療の初期のころは病院が中心でしたが、やがてもう一つの出来事が起こりました。それによってマーケットが変わり、メディケアが変わりました。メディケアは65歳以上の人のための医療保険ですが、これがだんだん安定してきたことから、環境が変わりました。病院ベースのシステムに加えて、地域ベースの営利目的のプログラムが発生しました。またパートナーシップを組んだオペレーターや病院とのプログラムもあります。国全体をカバーして営利目的でいくつかの企業が提供している会社、株式公開企業が運営しているプログラムもあります。
こうした歴史を踏まえて、財務問題についてお話ししたいと思います。まず初期の段階では、ベトナム戦争から戻ってきた多数の技術者――パイロットや整備士が航空医療の普及を支えました。その背景にあるのは、連邦政府の予算または資金ですが、これによって航空医療システムが発達しました。これが最初の成長の時代です。
すなわち、当時の病院はお互いに競合し、独自の救命救急センターをつくり、そこからヘリコプターが使われるようになりました。各病院が「当院はすぐれた能力を持っている。外傷治療は当院で」という空飛ぶ広告塔としてヘリコプターを使ったわけです。これで病院は多くの収入を上げました。
重症患者の治療によって、病院は大きな収入を上げることができます。したがってヘリコプターは病院にお金をもってくる患者さんを運ぶということで、ヘリコプター自体が赤字でもかまわなかったわけです。
その頃「ゴールデン・アワー」の考え方が生まれました。これは1時間以内の短時間で患者を搬送すれば救命チャンスは高くなるというものです。この考え方にヘリコプターは最適の搬送手段でした。
そのあとまた変化がありました。外傷治療の法律と資金がつくられたのですが、連邦予算はカットされました。病院は自分自身のシェアを守るために患者を集めようとし、ほかの病院へ患者を搬送するようなこともしました。ヘリコプターを持っていることで病院の評判も上がり、広告にもなります。病院名をヘリコプターに書きこむわけです。また別の地域では病院同士でコンソーシアムを組んでヘリコプターを共用するようになりました。
アメリカの救急コストに関する基本概念は、お金のある人が貧しい人のために払うというものです。アメリカのルールでは、患者の支払い能力如何にかかわらず、すべての患者を搬送し、貧しい人たちは安い料金で運ぶということです。
90年代に入ると、市場もプロバイダーも成熟し、ボランティアとして救急のパラメディックになりたい人も増えて、サービスも増えるようになりました。アメリカでは資本家の営利モデルが有効です。つまり、病院自身がヘリコプターを持つのではなく、民間に委託してヘリコプター搬送をしてもらうようになりました。
救急医療に関する法律も変わってきて、3次医療センターはより緊急度の高い脳卒中や心疾患の患者をヘリコプターで搬送するようになりました。救急ヘリコプターの役割は、6割が病院から病院への搬送で、残りの4割が交通事故――一次救急と呼ばれる搬送です。アメリカでは医療過誤の問題もありますが、その結果、医者がいないような小さな病院でヘリコプターが使われるようになりました。
病院の方も、独自のヘリコプター・サービスに失敗するところが出てきました。入院収入が落ち込んで赤字になるという問題も出てきました。90年代にはコスト・カットという言葉が最も大切になり、実際に赤字運営している入院費用などが圧迫要因となって閉鎖したところも出ました。
病院からヘリコプターを飛ばして、心臓センターのように、よく訓練された医師が集まり、カテーテルが使えるようなところに搬送するといったことが増えました。つまり、経験豊富な経営とスケールメリットを使い、大量の出動があれば営利目的でも可能ではないかという考え方です。
アメリカには400ぐらいのプログラムがあり、年間50万回くらい出動しています。地域ごとに見てゆくと、時どき外傷死亡率の高いところがありますが、それはほとんど航空医療でカバーされていない地域です。航空医療のカバレッジが低いところは資金がうまく活用されていません。アリゾナ州にはかなりヘリコプターが集中していますが、同時にペンシルバニア州も同じ理由で高くなっています。資金がうまく回っているからです。
米国のさまざまな保険制度
下図はアメリカの保険制度を理解するための構造を示したものです。アメリカの保険制度はきわめて複雑なため、この1枚のスライドを1日かけて説明することも可能です。
ヘリコプターのコスト構造は大きく二つに分かれます。一つは基本となる固定費で、機材費、乗員人件費、償却費などを含みます。もう一つは燃料費や整備費などの変動費です。機内での患者のケアに使う機器のコストも変動費です。ただし問題は、実際に患者の治療をしない場合、つまり空振りのときは出動料金がもらえないことです。
保険にはいくつかの種類があります。まずメディケアは、65歳以上の老人と障害者が加入します。メディケイドは収入800ドル以下の低所得者層のための保険です。この費用は連邦政府と州政府が折半して負担します。州によって料率が異なり、アラバマ州はゼロで、アリゾナ州は4,500ドルです。
トライケアは米軍人と退役軍人が対象です。商用保険は自賠責や労災保険、損害保険などを含みます。支払い者としては、この保険がベストだと思います。医療保険は企業の雇用主が払います。自営業者が払う場合もあります。
実際に損害保険に入っている人も多く、いわゆるヘルス・セイビング・アカウントで払います。お金を取っておいて、控除を受けるかたちにして、高いサービスの支払いをします。また、特別のファンドがあります。たとえば犯罪被害者ですが、一番大きいのは自己負担で患者自らが払います。
また、示談による支払いもあります。弁護士が入って調整しますが、州によっては示談にすると支払いまでに時間がかかるところがあります。
保険による費用負担
下図は保険の請求と支払いに関して、複雑なプロセスを説明したものです。いろいろなステップがあり、政府の規制も多く、合法的に行うにはさまざまな手続きが必要です。
もう一つ重要なことは、患者はさまざまな保険でカバーされていて、どの保険で医療費を支払うかが問題になります。下図に示すように、自己負担は50%ですが実際の支払いは3%、またコマーシャル保険は実際にドルにすると少なくなります。メディケイドもかなりありますが、21~30%のメディケイドの患者は12%ぐらいしか実際に支払っていません。
請求はふるいと同じです。下手をするとふるいの穴から落ちてしまいます。私どものようなサービスを提供する会社は、なるべくふるいの穴をつぶすことによってきちんとお金が入るようにします。下まで落ちる分が大きくなると赤字になって、なかなか回収できません。私どもの目標は、情報を適切に扱って支払い拒否が起こらないようしてあげることです。
もう一つ、私どもの会社が提供しているサービスは「ローデッド・マイル」です。そのためにGPSを使います。これは安全のためでもありますが、もっと大切なのは実際にヘリコプターがどう飛んだかを記録することです。2地点間を飛ぶ場合、普通ならば直線距離しか請求できないけれども、航空管制のために迂回しなければならないとか、天候が悪くて遠回りをしたような場合、GPSの記録があれば実際の飛行距離を測って請求することができます。
また1枚の請求書に対して、複数の保険会社が支払うことがあります。ある会社が半分の請求額を、残りを2番目、3番目の会社で分担するという場合です。たとえば次図のように、ピザの配達人が何らかの交通事故に遭い、労災保険、自動車保険、そして残りの部分には犯罪被害者基金からお金を払ってもらうといった例です。
私どもゴールデンアワー・データ・システムズ社でも、いろいろな事例が発生します。不良債権の回収はむずかしいものですが、私どもでは5割の回収率です。これでも、そんなに悪い実績ではありません。やはり金持ちのほうが貧乏な人たちより支払いに応じてくれますが、どうしても回収できないときは不良債権として計上するか、損金計上するか、どこかの慈善団体からの寄付金でカバーします。
実際、保険でカバーされないところをどう補填するか、多くの州で問題になっています。保険で負担できない部分を、会員制で扶助するといったことも行います。しかし、救急搬送に税金を使って公的サービスとしておこなうことは稀です。その稀な例のひとつはメリーランド州で、州警察のヘリコプターで救急搬送をおこなっています。毎年の自動車登録税の中から8ドルが救急システムに回され、航空医療の資金になります。また慈善団体からも寄付が出てきます。
このように、医療保険以外の費用負担については、下図のようなものがあります。
Chief Executive Officer and ChairmanGolden Hour Data Systems, Inc.
下図は、アメリカのヘリコプター救急に関するさまざまなモデルを示しています。伝統的なモデルは病院を拠点とするものです。2番目の特別病院というのは小児病院のことです。次は複数の病院がコンソーシアムを組み、病院ベースでヘリコプターを共用するモデルです。これは、だんだん進化していって複数のヘリコプターを所有し、広範囲の地域をカバーするような形にもなります。また民間企業によるモデル、公益団体の提供するモデル、地方の会員制モデル、そして公的機関の提供するモデルなどがあります。
たとえばフロリダ州ペンサコーラのヘリコプター救急は歴史も古く、消防署が運営しています。1976年から始まったもので、現在はBK117、EC135などを使っています。私どもがお手伝いをすることになって、請求業務は全て私どもでおこなうようになりました。メディケアに対して、病院を通じて請求するか、個人として請求するわけです。
次にマイアミ小児病院ですが、ここは特別な病院で、S-76という大きなヘリコプターを持っており、地上の救急車も持っています。また固定翼機もあって、先進的な医療を遂行し、新生児の第3次救急もやっています。カリブ諸国やブラジルからも患者を搬送してきます。
マイアミ・バプティスト医療搬送は、ベル430ヘリコプターを使用する典型的な救急事業を展開しています。病院がスポンサーになっていて、航空機の運航費用は、私どもが代行して保険請求をします。そうすることによってかなりの経費節約になりました。昨年ハリケーン「ウィルマ」に襲われたときも非常にうまく機能しました。
次はメイン州の「ライフ・フライト」です。これは独自の特徴があります。複数の仕組みで資金調達をしており、5つの病院がコンソーシアムを組んでいます。メイン州のライフ・フライトは税控除のある非営利団体で、州政府から公的資金を貰っています。複数の患者の搬送を行い、この地域の5つの病院すべてをカバーする高度先進医療も提供しています。
実際に、このライフ・フライトはメイン州全域の統合的な救急システムになっていて、このシステムを使った財団も生まれました。新しい機材を買ったり高いヘリコプターを買うときは、その財団が資金手当をします。
利益追求型のモデル
下図の「ベイフライト」には私もかかわりました。フロリダの病院拠点の救急システムで、5機のBK117を使い、フロリダ州では最大手です。ヘリコプターは病院航空部が運航しており、非営利事業ではありますが、利益が上がり、数年前に赤字を解消して黒字化しました。年間3,500人の患者を搬送しますが、その9割以上が現場救急です。
このシステムも2004~05年の4件のハリケーンに活躍しました。5機のヘリコプターが協力し合って救急と救助にあたったわけですが、ヘリコプター1機だけでは、ハリケーンのような大規模災害時には活動もむずかしかったでしょう。
メリーランド州では州警察が救急業務に当たっています。歴史が古く、1970年頃から始まりました。ヘリコプターの運航費は自動車登録税によってまかなわれ、サービスの実費を医療保険や患者さんに請求するようなことはありません。機種はユーロコプター・ドーファンの1種類だけで、これを12機保有し、州内8ヵ所の拠点に配備して州内全域をカバーしています。首都ワシントンに近いため、9.11多発テロ以来大きな課題となった本土安全保障体制にも貢献しています。
アメリカの航空医療にはもう一つ、2年ほど前から利益追求型のベンチャーキャピタルが入ってきました。たとえば「エア・エバック・ライフチーム」は主にへき地の救急に狙いを定め、米国内12州にわたって65ヵ所の拠点を持ち、ベル206小型単発機という低廉な専用機を使っています。ただ1機種なので経済的ではありますが、もし機種に不具合が起こって全部の機体が飛行停止というようなことになれば運航できなくなります。そうした問題はあるものの、現状は1,200人の従業員を擁し、425,000人以上の会員を集めています。
PHI(ペトロリアム・ヘリコプター社)は元来がメキシコ湾の石油開発にヘリコプターを飛ばしていた上場企業です。近年は石油開発に加えて航空医療にも進出し、PHIエアメディカルの名前で全米10州で利益追求型の救急事業を展開しています。運航管理はアリゾナ、バージニア、ケンタッキーの3ヵ所のコミュニケーション・センターで集約し、通信や飛行経路の追跡には衛星を使っています。
この会社は、私どもの顧客でもあって、保険請求を私どもに外注しています。また研修、訓練、整備は1ヵ所に集中し、シミュレーターも持っていて、規模の経済を享受しています。なお2005年のハリケーン「リタ」では6機のヘリコプターを飛ばし、ヒューストン市民を数多く避難させました。これはすばらしい実績になりました。無論この会社のヘリコプターだけが飛んだわけではありませんが、4~5日間で300回出動しております。
公的システムは、たとえばメリーランド州警察が典型ですが、州境を越えて活動できないという問題があります。またヘリコプター1機だけではシステムとして成立しません。規模の経済も享受できません。
いっぽう民間の非営利団体による事業プログラムです。その問題点は資金の安定が確保できないおそれがあります。
次に上表右端の欄ですが、利益を求める私企業によるものです。この場合は利益こそがドライビング・フォースになります。ただし収入が安定的に得られるかどうか、またさまざまな種類の保険が収入源になるので問題があります。しかし、州境を越えてどこへでも飛んでゆき、救急業務に当たることができます。もっとも利益の上がりそうな地域ばかりを飛ぶことになりかねません。一方で、規模の経済を享受することができます。
では、もう一度、航空医療搬送の歴史を見てみましょう。スライド32のように、アメリカのヘリコプター救急は2000年前後から爆発的に拡大しました。それも量的な拡大ばかりでなく、質的にさまざまなシステムが出てきました。
なぜこのような急成長が始まったのか。下図のように、脳卒中、心臓発作、外傷、未熟児、敗血症といった時間依存型の救命の患者さんが増えたというか、従来は救急車に頼っていた症状がヘリコプターに頼るようになったからです。こういった人たちは時間が勝負です。こういう疾患や病態に関しては、適切なかたちでヘリコプターを使うことが求められています。
地上での輸送能力は限られています。特に田舎では、救急車で採算が取れるだけのサービスが制度化されていません。フロリダ州に見られるように、広範な地域から脳卒中は専門の救命センターへ搬送し、心臓病の患者さんはハート・センターへ搬送する。それにはヘリコプターが必要になります。
救急システムが義務づけられ、第3次救急システムは統合され、特定の病院に1機のヘリコプターで運用することはできないと思います。標準化も進むでしょう。私どもゴールデンアワー・データ・システムズ社は研究調査業務もおこなっていますが、現在168,000人の患者のデータベースがあるので、それを解析して研究成果として提供することもできます。衛星通信、データ共有化が必須になると思いますが、これらの事業体が大切です。また、メディケアの支払い拒否を受けることで、これらのプロセスは変わってくるかもしれません。
全米4ヵ所のセンターを持つような全国展開に関しては、企業の成長に対してメディケアの動向が気になります。また、都市の市場はある程度の規模までは伸びてもそこで飽和してしまうと思います。利益を追求するときには、どこに航空機の基地を設けるかも問題になります。
最後のスライドは下図のとおり、ヘリコプターの災害時の役割です。フロリダ州では1990年、ハリケーン「アンドリュー」に襲われたとき、州内全域にわたる航空医療をおこないました。2004年に5つのハリケーンが襲ったときはフロリダ州厚生省が非常にうまく調整し、ヘリコプター運航費の支払いもきちんとなされました。FEMA(連邦危機管理庁)が迅速に支払ってくれたのです。私どもの会社では2週間以内に精算されました。
ところが昨年夏ニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」の場合は、誰も調整するものがなく、非常に不安定な状況で、屋根の上に取り残された人々がヘリコプターにピストルを撃つといった事件も起こりました。その結果、ニューオリンズ上空は飛行禁止になり、病院に搬送すべき患者さんも搬送されず、そのまま死亡しました。死亡者の中には高齢者や新生児が多く見られました。
ところが、その数週間後「リタ」が襲来したときは、テキサス州の調整がよくて、避難や患者搬送もうまくゆきました。こうした実例をもとにして、目下FEMAと国土安全保障省(DHS)とが被災地における航空医療をどのように行うか、また支払い方法をどのようにすればいいか、再検討しています。
ご清聴有難うございました。(了)