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救急ヘリ病院ネットワーク
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ドクターヘリQ&A
2012.07.06

Q 近頃よく「ドクターヘリ」という言葉を聞きますが、どういうものでしょうか

 救急医療専用のヘリコプターのことです。急病人や交通事故のけが人が出た場合、普通は救急車が駆けつけて患者さんを病院へ搬送しますが、車では間に合わないことがあります。それを補うために2001年4月から救急医療にヘリコプターを使うようになりました。医師と看護師の乗ったヘリコプターを救急の現場に派遣して、その場で治療し、患者さんの容態が落ち着いたところで病院へ搬送するという仕組みです。これを、日本では「ドクターヘリ」と呼んでいます。

Q ヘリコプター救急の発端はどういうことですか。

 ヘリコプターを救急医療に使うようになったのは、戦争がきっかけです。朝鮮戦争(1950~53年)やベトナム戦争(1960~75年)で負傷した兵員をいち早く後方の野戦病院に送りこむ場合、朝鮮半島の曲がりくねった山道やベトナムのジャングルの中では車などは使えません。そこでアメリカ軍はヘリコプターを使うようになり、負傷兵の死亡率を大幅に引き下げるという成果をあげました。

 その実績を見た欧米諸国は、国内の「交通戦争」にもヘリコプターを使うことを考え、アメリカのハイウェイやドイツのアウトバーンで交通事故が起こると、事故の現場へヘリコプターを飛ばし、その場で救急治療をほどこし、患者を搬送するというヘリコプター救急システムをつくり上げました。その始まりは1970年頃のことです。

Q そうするとヘリコプター救急は多くの国でおこなわれているのですか。

 現在、欧米諸国と東欧、オーストラリア、カナダなど、世界の主要国1,300ヵ所くらいの拠点から救急専用ヘリコプターが飛んでいます。2011年末からは韓国でも2ヵ所で飛び始めましたが、アジア諸国はこれからというところです。

Q 日本のドクターヘリはどのくらい飛んでいますか。

 2012年6月現在、全国35ヵ所で飛んでいます。47都道府県の全てに配備するとすれば、まず50ヵ所くらいの配備が必要ですから、それに対して現状はほぼ7割くらいの普及ということになります。しかし北海道のように広いところや山森、離島の多い県は複数の配備が必要ですから、いろいろ考え合わせると70ヵ所くらいが理想と思われます。その理想からすれば、まだ半分くらいの普及というべきでしょう。

Q ドクターヘリは誰でも利用できるのですか。

 ドクターヘリは所定の拠点病院(救命救急センター)に待機しています。その地域で急病人や怪我人が発生すると、119番に電話がかかってきます。その電話を受けた消防本部は、救急車に出場指示を出します。現場に着いた救急隊は患者の容態を診断し、応急手当をしますが、症状が重く、すぐに本格的な治療をしなければ命にかかわると判断されたときは、消防本部を通じて拠点病院にドクターヘリの出動を要請します。

 その前に消防本部が119番の救急電話を聞いただけで急を要すると判断したときは、現場で患者を診るまでもなくドクターヘリの出動を要請することもあります。

 出動要請を受けた病院では、医師と看護師がヘリコプターに乗りこんで数分以内に離陸し、現場に向かいます。現場といっても、各ドクターヘリごとに拠点の周辺40~50キロの担当地域に数百ヵ所の臨時着陸場が設定されていて、患者を乗せた救急車はその中の最も近いところに向かい、ヘリコプターも消防本部や救急車と無線連絡しながら、同じ地点に着陸します。

 そして直ちに、医師と看護師が患者の治療にあたるわけです。その治療によって容態が落ち着いた患者は、時間的な余裕があれば救急車で近所の病院に向かいますが、余裕がなければヘリコプターに乗せて搬送します。搬送先は患者の症状に最も適した病院を選びます。ヘリコプターの拠点病院に連れてくることもあります。

Q そうするとヘリコプターを使うことで早く治療が始められるわけですね。

 そうです。救急車に乗っている救急救命士は本格的な医療が認められていません。それに対してドクターヘリには医師が乗っていますから、いち早く治療が始められる。それだけ救命率が上がり、後遺症などが軽くてすみ、入院期間も短くなり、社会復帰をする人が増えます。したがって入院費や治療費も安くすむという結果になります。

Q 費用の話になりましたが、ドクターヘリはいくらぐらいかかるのでしょうか。

 ドクターヘリは患者さんからみれば無料です。これは救急車と同じ考え方です。では、誰が負担しているのか。当初は国と自治体(都道府県)が半分ずつという取り決めでした。しかし、そのような仕組みでは、財政難の自治体ではドクターヘリの導入が難しく、なかなか普及しないという問題が出て、現在では国が最大9割まで負担するようになりました。

 費用の総額は1ヵ所あたり年間およそ2億1,000万円です。とすれば自治体の負担は2,000万円余りで、これならば如何に財政難の県でも人命にかかわる重大問題という観点からすれば、さほど大きな負担ではないだろうと思います。

Q それにしても、相当な税金が注ぎこまれているわけですね。

 そうでしょうか。今われわれ1人ひとりの命の値段は、どのように考えればいいでしょうか。仮に1億円とすれば、1拠点あたり年間2人が死なずにすんだということになれば、それで元が取れたことになります。ドクターヘリの費用効果は非常にすぐれていると云っていいでしょう。

Q ドクターヘリにはどのような人が乗っているのですか。

 ドクターヘリの乗員は原則としてパイロット、整備士、ドクター(医師)、フライトナース(看護師)の4人が乗り組んで出動します。しかし異常分娩などの救急には産科の医師が追加同乗しますし、実地研修のための医師やナースが同乗することもあります。

なお、整備士はヘリポートで機体の整備点検をするのが本来の任務ですが、出動に際しては機長の横にすわって無線通信をしたり、障害物の見張りなどを担当し、旅客機でいう副操縦士の役割を果たして、機長の負担を軽減します。

Q ドクターヘリはどのような医療装備をしているのでしょうか。

 ドクターヘリは、いわば「空飛ぶICU(集中治療室)」です。そのため患者を横たえるストレッチャーを初め、心電図モニター、除細動器、人口呼吸器、酸素ボンベ、吸引器、輸液ポンプなど、救急処置に要するさまざまな機器、器具、医薬品を搭載しています。これらの器具を使って、医師は飛行中も治療を続けることができます。

 また患者の症状によっては大量の出血や体液で機内が汚れることもありますから、キャビンの床面はすぐに洗浄したり除染できるようになっています。また、航空用の無線機ばかりでなく、病院、消防、救急車などとも連絡できるような無線通信手段をそなえています。

Q そのようなドクターヘリは、年間どのくらいの人を救護しているのでしょうか。

 2011年度は全国32ヵ所のドクターヘリで12,000人あまりの患者さんを救護しました。1ヵ所平均400人程度ですが、多いところは1,000人以上の救護にあたった病院もあります。

Q 具体的に、どのような救護例がありますか。

 年間1万件以上の出動をしているので、具体例は無数にあり、いずれも劇的な効果をあげているわけですが、たとえば5歳の男の子が田舎道で車にはねられ、頭の陥没骨折、右肺挫傷、骨盤骨折など全身に大けがをしながらドクターヘリで救命救急センターに搬送され、緊急手術を受けて1ヵ月で退院しました。またゴルフ場でプレイしている最中に心臓発作で倒れたお年寄りがドクターヘリの出動で助かった例。さらに耕耘機に乗って畑の土をおこす作業中に耕耘機が転倒し、その下敷きになって鋭い刃が大腿部に食いこんだ75歳の男性は、妻の渾身の力で引っ張り出され、大量出血しながらドクターヘリで病院に送られ、九死に一生を得た例などがあります。

 これらは、いずれも治療開始までに時間がかかっていては、どのような恐ろしい結果になったか分からないような例ばかりです。ドクターヘリは山や谷や湖水に阻まれることなく、渋滞する道路を眼下に見て、どこへでも短時間で飛んでゆき、しかも医師と看護師が乗っていますから、現場で治療を始め、飛行中も続けることができます。もし、これがなければ、おそらく救護した人びとの1割は亡くなっていただろうという統計的な調査もあります。

 今後いっそうの普及と有効活用が期待されるゆえんです。

(回答者・西川 渉、HEM-Net理事)