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わが国ヘリコプター救急の将来像 <鼎 談>
2004.07.22

國松 孝次(HEM-Net理事長)
岡田 芳明(HEM-Net副理事長、防衛医科大学救急部長)

益子 邦洋(HEM-Net理事、日本医科大学付属千葉北総病院救命救急センター長)

この鼎談は今から1年余り前、2003年6月16日におこなわれ、
「プレホスピタルケア」誌第16巻第5号に掲載されたたものです。

HEM-Net理事長としての抱負
【岡田】本日のテーマは「わが国におけるヘリコプター救急の将来像」ということで、NPO法人・救急ヘリ病院ネッワーク(以下HEM-Net)の理事長、國松先生にいろいろとお話を伺いたいと思います。

【國松】よろしくお願いいたします。

【岡田】この度、魚谷理事長の後を受けてHEM-Netの理事長に就任されたわけですが、最初に、理事長としての抱負をお話しいただければと思います。

【國松】私がこのHEM一Netの理事長をお引き受けしたいきさつは、今から8年前になりますが、銃撃を受けて瀕死の重傷を負ったときに益子先生と辺見先生(現・国立病院東京災害医療センター院長)に命を助けていただきまして、その両先生がわが国にヘリコプターを活用した救急医療システムを構築しようという強いご意向を持って、HEM-Netを立ち上げる中心的なメンバーとしてご活躍されておりました。

私がスイスから帰って来るか来ないかというときに、私にもそれを少し手伝ってほしいというお話をいただきまして、これはもう命の恩人からそう言われたら、一も二もないということでお引き受けした次第であります。

こういうことを言うと怒られるかもしれませんが、抱負と言われるようなものは、まだ具体的な形でできていません。むしろ本日、岡田先生や益子先生から、これから一体、HEM-Netはどういう方向に持っていったらいいのかいろいろとご意見を承りたいというぐらいの気持ちでいます。

私がこのHEM-Netの理事長を引き受けて、救急医療に直接関係のある方とは限りませんが、有識者と言われている方々とお話をするときに、このヘリコプター救急の話を出しますと、「それは良いことだね」というように非常に前向きに受け取ってくださいます。「それは良いことだよ、お前ちゃんとやれよ」というような言葉をかけてくださるという意味では、このヘリコプター救急については日本にはまだしっかりとしたシステムがありませんが、全体的には非常に良いことだと受け取っていただいておりますので、大変ありがたいと思っています。

とにかくHEM-Netの理事の先生方とよく相談をしながら、今後、関係各省庁の方々、あるいは民間の関係者の方々にお集まりをいただいて、研究会のようなものをやりながら、「日本的な」と言いますか、日本の実情に見合った救急ヘリコプターシステムを考えていきたいと思っています。

【岡田】救急医療のシステムは、地域によっていろいろな違いかあると思います。ですから、システムをひとつに統一してしまうと、逆にうまくいかないんじやないかと思うのですが。

【國松】先生が今おっしやったように、形の上ではきれいにできたというようなシステムを作ったところで、地域によっては全然動かないとか、そんな高い金がかかるのならとても使えない、というような問題が出てくる可能性もありますので、常にそういった問題を念頭に置きながら、考えていく必要があります。

スイスの救急医療システム
【岡田】理事長はスイス大使をおつとめになられたわけですが、スイスのREGAについてお話をお聞かせください。

先日、理事長の著書『スイス探訪』(角川書店)を拝見しまして、大変興味深かったのは、スイスの人口が720万人。これは埼玉県の人口とほぼ同じなんですよ。

【國松】スイスのREGAというのは、市町村であるとか、県であるとか、国であるとか、そういった公共の団体が運営しているのではなくて、公益法人、つまり民間の組織です。

スイスは、岡田先生かおっしゃったように、720万ちょっとの埼玉県ぐらいの人口で、国土の広さはだいたい九州ぐらいですが、国内にはパートナー契約を結ぶ民間のヘリコプター会社の拠点も含めて13か所の拠点にヘリコプターが配備されています。しかもそこにはヘリコプターにいつでも乗って行ける医師と、看護師やバラメディックといった補助者が待機していて、要請があれば原則として15分で現場に着いて医療行為かでき、患者をしかるべき場所に搬送するというシステムを確立しています。

また、REGAでは公金と言いますか、補助金のたぐいは一切もらわないで、自前で運営していくというシステムをとっています。では、だれがお金を出すのかと言ったら、もちろん飛んだときの収益はあるわけですが、基本的にはパトロンと呼ばれるスイスの国民ないしはスイスに住んでいる者から原則的に1人年間に30フランの寄付を募って、その人たちの拠金が全体の50%ぐらいを占めています(表2、3)。

パトロンの数は、最近のスイスの資料によると、現在170万人になっているそうで、パトロンになれば、ヘリコプターに来てもらって処置を受ける場合には、本人の健康保険さえ使ってもらえれば、あとは追加的な費用は一切かからないのです。

このREGAのシステムは、我々がこれから日本におけるヘリコプター救急システムを考えるうえで大きな希望を与えてくれます。 スイスでできるのだから日本でもできるだろうと。720万人という埼玉県ぐらいの人口で、九州ぐらいの国土で、年間1人30フラン、1フラン90円で換算して2,700円という会費を払ってくれるパトロンか170万人いれば、運営していけるという実績かあるわけですから、これはひとつつの参考になると思います(表4)。

【岡田】ヘリコプター以外に、地上の救急車はスイスではどのように使い分けられているのでしょうか。

【國松】日本と同じように、スイスにも救急車はありまして、ゲマインデと呼ばれる、日本で言うところの市町村が所有しています。要請があれば出動して搬送するシステムは、日本と同じようにあるわけです。

しかし、スイスは山国ですから、地理的条件によっては、救急車では間尺に合わないというところが多くあります。

すみ分けというのは具体的にどうやっているのかと言いますと、とにかく救急車が行けるところは救急車で行って、行けないところはヘリコプターがどんどん飛んで行くわけです。2002年においては、9,912回という出動回数が記録されていまして、年間1万件近い実績がありますから、救急車で行くよりもヘリコプターで行った方が間尺に合う場所が、スイスには大変多いということだと思います(表5)。

【岡田】そういうことなのでしょうね。

【國松】ですから、REGAを参考にして日本でのシステムを考える場合には、地理的条件の違いを考慮しなければなりません。

日本の場合は、そもそもヘリコプターの着陸可能な場所が少ないという問題があります。例えば東京23区とか、最近は多摩の方にも相当端の方まで、ヘリコプターよりも救急車で行った方が間尺に合うという場合はいくらでもあります。そういうところは救急車を使えばいいわけで、救急車を排除してまでヘリコプターを使う必要はないのです。そこのすみ分けというのは、日本の実状に即して考えなければいけないと思います。

しかし、今の日本にもヘリコプターで行った方がよっぽど早いのに、そのシステムがないためにしようがないから救急車で行かざるを得ない。おかげで時間がかかってしまって、助かるべき命が肋かっていない事例が、まだ相当あるのだろうと思います。それについては、やはり手を打たなければなりません。

フランス的な日本
【岡田】スイスではうまくいって、日本のヘリコプター救急はなかなか進まない。

私は以前、ドイツ自動車連盟(ADAC)航空救急部の最高責任者、ゲルハルト・クグラー氏とお会いしたことかあるのですけれども、日本からこんなに沢山の人が来ているという名刺がズラッと並びまして、なのにちっとも変わらないというような話をされました。

そのときミュンヘンで驚いたのは、バイエルン州では、救急車やヘリコプターに指令を出しているのはドイツ赤十字社という民間の組織なんです。それから、宗教戦争の時代からの救急隊なんかもあって、この地域は民間、この地域は国有という使い分けをしていました。なぜ、こういった発想がヨーロッパではできて、日本ではできないのでしょうか。

【國松】要するにすべてを民間なら民間でやるというように一本化してしまうと、やはりうまくいかない場合もあると思います。スイスはヘリコプターを使う場合は、REGAのコントロール・センターがすべてを統括していますが、救急救命に関しては何を使おうとすべてREGAが統括しているのかと言ったらそうではなくて、ベルンやチューリッヒなどにはちゃんと消防本部があって、お互いに連絡を取りながら、実にうまく連携を取っているわけです。

一般的に言って、スイスでは、ゲマインデ(市町村)ができることはすべてゲマインデかやれぱよい。ゲマインデかできないことがあったら、カントン(州)が出てくる。そのカントンでもできないことがあったら連邦が出てくるという、こういった下からの積み上げというのが、行政の大原則として徹底しています。ただ、スイスにはこの行政原則の前に、ブライベートな団体や個人ができることは行政が出る前にそれらの団体や個人がやればよいという「自助」の考えが基本にあります。

ですからREGAだって同じ考え方で、要するにいろいろな公的な機関に守ってもらおうなんて言う前に、自分たちでできることをやろうじゃないかという精神で活動しているのです。

逆に、フランスのサミュー(SAMU)は、完全国費です。救急救命となったら、公的な機関がやるもので、そのために税金を取っているんだという、ある意味で中央集権的な考え方を持っているのがフランスの場合です。

日本の場合は、どちらかと言うとフランス的なのでしょうかね。救急車は無料なのに、なんでヘリコプターはお金が必要なんだということをいい出す者が必ずいますから。そういう意味では、何かがあるとすぐにお上に頼ってしまう。ただ、それは良い・悪いという問題ではありませんので、そういった日本の国民性を頭の中に入れて、それに合ったシステムを作っていかなければなりません。

【岡田】デンマークでは、ヘリコプターは軍のものしかありませんので、逆に管轄外という概念がなくて、海上保安庁の仕事から患者搬送まで全部の仕事をやってしまうという話を聞いたことがあります。

【國松】諸外国のシステムについては、だいたいあるところまで知見があるわけですから、それぞれを参考にしながら、日本の実情、地域の実情を見て、いろいろな形で作っていけば多様なアプローチの仕方があるのだろうと思います。

国民性の違い
【岡田】私どもの病院に心肺停止で患者さんが運ばれてきて、蘇生してたまたまうまくいった場合、あるいはそうでなかった場合も、家族の方に心肺蘇生法を学んでもらうのですが、実際にはあまり関心を示していただけません。

先ほど理事長もおっしゃいましたが、国民性の違いと言いますか、日本とスイスでは、「危機意識」という考え方にかなり違いがあるというようなことはございませんか。

【國松】それはありますね。先ず「自分を守る」という意識。これはもうスイスと日本ではだいぶ違うところがあると思います。

スイス人は徹底して自分のことは全部自分で守っていく。逆に日本人はどうも人に任せると言いますか、守っていただくという意識が非常に強い。つまり、一種のブロフェッショナリズム崇拝だと思いますが、警察官もプロなら、兵隊もプロ、お医者さんもプロ、そういうプロフェッショナルがたくさんいるので、そういう人がいる以上はそれに守ってもらえばいいと考えるわけです。

そして、今まさに有事法制などで問題になっているように、守ってもらうけれども、守る場合にはなるべく自分たちの権利を侵害しないでやってくれという話になります。こちらの権利を守ってくれる限りにおいては、あとはすべてプロフェッショナルにお任せします、守ってください、という発想です。

ところが、スイスというのは完全にアマチュアリズムです。政治家もみんなアマチュアで、皆さん本職を持って、会議開会の期間中だけ政治家として活動する連中ばかりです。

警察ですら、村の警察官なんか、パン屋のおじさんがパートタイムでやっているところがあります。軍人に至ってはみんな民兵で、職業軍人なんて全部で2,000人ぐらいしかいません。

ですから、飛行機のパイロットのような一部の専門職以外は、すべてアマチュアの民兵ですから、だれに守ってもらうかって、自分で守るしかないのです。

【岡田】危機意識をあおっていって、こういうシステムや知識が必要だということを繰り返し話していけば身に付いていくのかもしれませんが、日本ではやはり、わが身にならないと本気になって考えないという気がします。

【國松】そうかもしれませんね。

我が国におけるヘリコプター救急の現状
【岡田】益子先生は実際に病院でヘリコプターを運用されていますが、日本におけるヘリコプター救急の現状をどう捉えていますか。

【益子】日本では従来、ヘリコプターは救急車の控えとして捉えられてきたわけでして、消防・防災ヘリコプターは全国に68機あるわけですが、その搬送例数は、全国で徐々に増えてきているとはいえ、まだ年間1,600例で、その多くは離島と僻地が中心になっています。 日常的に、陸路で行けるところを医師が行って治療をするというシステムはなかったわけですが、その一番の原因は、日本の場合はありとあらゆるところに病院があるので、救急車で5分や10分走ったら、どこでも病院に到着してしまうという事実が根本にあったと思います。この発想の根本が本当に正しかったのか、私たちはもう一度考え直す必要かあると思うのです。

この視点は脳卒中、急性心筋梗塞のような心臓疾患、それから私が今、専門にしている外傷の3つの切り□から考える必要かあります。

外傷だけについて言いますと、やはり事故が起こってから30分以内に現場で治療を始めることができるわけですから、ヘリコプターの効果は絶大であると私どもは実感しています。

ヘリコプターで運ばれてきた出血性ショックの外傷患者17例について、救急車で搬送されたと仮定した場合、119番通報から病院到着までにどれくらいの時間が必要かを検討したところ、平均57分を要しました。一方、ヘリコプターを利用した場合は、119番通報から29分後には現場で医師による治療が開始できました。つまり30分近く医師の治療開始時間か短縮できたわけです。

カーラーの救命曲線からも明らかなように、大量出血例の多くが心停止に陥ってしまうほど時間が経過してから治療がスタートするのではなく、まだ半分以上の症例で心臓が止まっていない段階から治療がスタートすることは、非常に効果的であると思います。実際にこれら17例の解剖学的な重症度と現場と病院の生理学的な重症度から、予測生存率を算出してみますと、現場で68%だったものが、病院到着時には77%になり、9%も上昇していたのです。

出血性ショックを来している重傷の外傷患者にかかわらず、なぜそれほど予測生存率が向上したかというと、それは取りも直さず現場から医師による治療が開始されたからなのです。

従来であれば、救急車で病院へ運ぱれている最中に心臓が停止してしまっただろうと思われる方が、ヘリコプターを利用することによって亡くならずに、しかも全身状態を改善させて病院へ到着できるようになりました。しかも搬送中には医師が搭乗して診療していますので、患者に必要な検査や治療は何かを、受け入れ医療チームに対して予め指示しておくことができます。したがって病院では、準備万端整った状態で患者受け入れができますから、その後の診断・治療が円滑に進むわけです。

昨年、杏林大学の島崎教授の厚生科学研究班会議で、重症外傷患者は救命救急センターにどれぐらい運ばれ、どれぐらい亡くなっているのかを調査しました。その結果を、国立病院東京災害医療センターの大友康裕先生が日本外傷学会で発表されましたが、救命救急センターに搬送された重症外傷の4割弱、約39%は「プリベンタブル・トラウマ・デス」、すなわち「防ぎ得た外傷死亡」の可能性があるという結果でした。これはあくまでも救命救急センターのデータだけですから、本当に驚くべき数字だと言うことができると思います。

話は変わりますが、千葉県警察本部が昨年から交通事故調査委員会を立ち上げ、県内で発生した交通事故死亡例を中心に、車、道路、人、救急医療の各方面からさまざまな検討をしています。私も委員の一人として、交通事故と人身傷害の関係、交通事故死亡例の搬送時間や、搬送先の医療機関、死亡原因を検討していますが、その中で明らかになったことは、死亡例の約半数は救命救急センターに、残りの約半数はそれ以外の医療機関に搬送されていたということです。

救命救急センターという、いわば外傷診療の中心的役割を担っている施設に運ばれた患者であっても4割弱の「防ぎ得た外傷死亡」の可能性があったわけですから、それ以外の施設についても同様の調査をしてみる必要があるのではないかと考えています。「適切に選別された患者を、適切な時間内に、適切な外傷診療施設に搬送する」という外傷システムの基本について言えば、日本ではそのシステムがまだ整備途上であると思います。

近くに病院があるからとりあえず近くの病院へ運べばいいということでは「防ぎ得た外傷死亡例」を減少させることはできないのです。適切な時間内に適切な外傷診療施設に搬送するためには、ヘリコプターの利用は必須であると考えています。

2年前に私どもHEM-Netが主催して国際シンポジウムを開いたときに、東京消防庁の航空隊の方が「離島を別にして東京消防庁管内であっても、搬送に30分以上かかった重症患者が年間2,000人いるので、こういう患者に対してはヘリコプターを使っていくべきではないか」という発表をされました。私はこれを聞いて大変驚きました。東京のように大規模病院が沢山あるところでも、搬送に時間を要する患者がかなりいるのであれば、もっとヘリコプターを有効活用するべきではないかと考えています。

【國松】ただ今の益子先生のご発言に関連して申しますと、消防防災ヘリと言うと、何か離島とか山間部とかで活用範囲が広くて人口の密集する都市部では使いにくいという印象が強いのですが、患者を選別して最適の病院に搬送するという局面でヘリコプターが威力を発揮することは都市部でも多いわけです。その場合、救急車で一定の場所まで患者を運んでヘリコプターにリレーすることも考えなければならないでしょう。救急車と連携したヘリコプター利用は、都心部でこそ有効という面もあると思います。

具体的な問題と解決策
(1)現有資源の活用
【岡田】では、わが国にヘリコプター救急システムを定着させるには、現在どのような問題があって、今後どう変えていけばいいのか具体的に考えていきましょう。

【益子】今、ドクターヘリ事業を推進している7県のスタッフが、「ドクターヘリを活用すれば、こんな重症の患者であっても救命され、後遺症もなく社会復帰が可能になる」ということをより積極的に社会にアピールする必要があると考えています。そうすることによって、日本のドクターヘリは7県だけでいいのかという国民的な議論を巻き起こす必要があると思います。

68機ある消防防災ヘリをそのままにして、ドクターヘリを次々と整備していくのが日本にとって得策なのか。それとも消防防災ヘリ68機のうち、何機かを救急専用機という形で救急に活用していった方かいいのかということを、みんなで議論していく必要があるのではないでしょうか。

【國松】確かにそうだと思います。ヘリコプターが運用されていないがための弊害、あるいはヘリコプターか飛んだおかげで非常にうまくいったというケースを具体的に国民に広報しながら、ヘリコプターの活用というものがいかに大切なことかということをPRするのが大切ですし、それがHEM一Netのひとつの大きな使命だと思います。

そのうえで、益子先生がおっしゃったように、日本ではどういうシステムでやるかということになったとき、既存の消防防災ヘリコプターをどう活用するかということが問題になってきます。実は警察の方でも、すべて合わせると100機近いヘリコプターを所有しています。仮に1割を救急救命用のヘリコプターとして、いつでも何かあったら飛んでいけるシステムにしておけば、10機は飛んでいけるようになるのです。現有資源を使えば受益者負担が少なくてすむわけですから、そういうことで少し実績を上げていくのもひとつの考え方かと思います。

しかしまあ、ヘリコプターを購入したときの使用目的が決まっていますから、本来の任務と違うことにヘリコプターを使っていいのかという議論が当然出てきますが、やる気になれば、この問題の解決は決して難しくないと私自身は感じています。というのは、国民がその重要性を具体的に認識をして、「これはやった方がいい」というモチベーションが出てくれば、後はどうやってヘリコプターを配備していくかの道筋をつければいいわけですから。ただ、時間はかかりそうだという気はしますけど。

【益子】そういう意味で言いますと、今、消防庁の方もずいぶん変わってきました。例えば東京消防庁では、6機所有しているヘリコプターのうち2機は救急専用機ということで、多摩と東京ヘリポートに常駐させて、いつでも瞬時に飛べるような体制を取っています。その他、横浜、川崎、千葉市の消防局も同様の体制をとっています。

【國松】それはすぐ医師も乗れる体制なのでしょうか。

【益子】いえ。医師は現時点では乗っておりません。多くの場合、消防職員のみで搬送するか、それともー旦病院へ立ち寄り、そこで医師を乗せていく、いわゆるピックアップ方式をとっています。

(2)搭乗医師の確保
【岡田】ヘリコプターすべてをドクターヘリにするという話になると、搭乗する医師の確保というのも問題になってきますが。

【益子】今、いろいろな医師と話をしていますが、ヘリコプターに乗って現場に行き、救命救急の最前線で活動しようという意気込みのある医師が全国的にかなり増えてきています。その医師たちはドクターヘリのようなことを自分の地域でもできないかということで、県の衛生担当局と相談したりしているようですが、これは都道府県が動かないとなかなか進みません。

そこで次の手段として、消防防災ヘリの担当者と話をして、その消防防災ヘリの基地に自分たちが交代で詰めて、そこから出動するような仕組みや、自分の病院へ寄ってもらってピックアップして現場へ行く仕組みなど、いろいろと模索しているようです。そういう意味では、医師が現場に行こうという機運は非常に高くなっていると思います。

一方、平成3年に関係者が協力して、日本の救急医療体制の中に救急救命士制度をつくったわけですから、メディカル・コントロール体制を構築したうえで、救急救命士に医師の代わりをある程度までしてもらう仕組みも、同時進行で検討する必要があるんじゃないかと考えています。

【國松】この問題については、私の聞く限りでは、医師のみなさんもヘリコプター救急の必要性を強く感じておられて、やるべきだというご意向の方がたくさんいらっしゃると聞いています。ですからこちらの方は、あまり心配はしておりません。

(3)ヘリポート構想
【岡田】瞬時に飛んでいけるシステムをつくるというのは、相当大変だろうと思います。

私のところでは今、県の消防防災ヘリを使っていますが、これはずいぶん手続きが簡略化されて消防本部から電話1本でできるようになっているのですけれども、それでも連絡して飛び立つまでに15分ぐらいはかかります。先ほど益子先生がおっしゃったような30分の短縮という形でやろうとしたら、ドイツやスイスのように病院の横にヘリポートがあって飛んでいくというシステムができないと、実際的な効果というのはあまり期待できないだろうと思いますが。

【國松】将来的には、消防防災ヘリの拠点に医師に来てもらったり、病院へ医師を迎えに行ったりするのではなくて、地域の医師に当番制を取っていただいて、当番になった医師はいつでもヘリポートに待機していてもらうとか、消防防災ヘリにも救急専用の当番機を決めて、当番機に指定されたら特定の病院のヘリポートにいつでも待機しているということにしなければいけないのかもしれません。

【益子】ぜひ、そうしていただきたいですね。

【岡田】救急医療に関しては、消防と病院は別ではなくて、一緒に協力していくべきだという考え方が広がっていますので、札幌や船橋のようなワークステーション方式で、ドクターカーの代わりにドクターヘリがいる。そういうシステムが理想だと思います。

また、現在、救急救命士の資格を取ってから2年間に128時間の病院実習が義務づけられているわけですが、ドクターヘリに救急救急士を乗せることができれば、その時間に充てることができるようになります。そういった意味では先ほどお話のあったヘリポートの構想は、これからはかえって抵抗がないのかもしれません。

(4)関係省庁の連携
【益子】新たな予算をかけないで、現有資源を有効に使うという意味では、私は自衛隊のヘリコプターを岡田先生の病院に置いて、日常の救急医療に活用していただくことが、国家的な危機管理の面からも非常に重要ではないかと思っています。

【國松】厚生労働省がせっかくドクターヘリ事業をスタートさせているわけですから、防衛庁、消防庁、それから各都道府県警でも、現有のヘリコプターを救急活動にどんどん使っていこうという発想を持っていただきたいのです。その場合、それを変にどこか1本に統一するというようなことは、あまり考えない方がいいと思います。それはもう消防は消防でやってくれればいいわけで、防衛庁も警察もやってくれればいい。

とにかく、「今日は警察のヘリが当番機で北総病院に待機してくれ」「明日は消防防災ヘリ」というような仕組みができて、いざとなったら飛んでいく。そういう形で少しずつ実績を稼いでいって、その過程であとはドクターヘリや公的機関のヘリコプターでは間に合わないという事態か出てくれば、民間機と言いますか、どこか別の組織が運営するヘリコプターが飛んで、カバーしていくという形ができてくればいいと思います。

今のドクターヘリの運営主体は民間と言いますか、病院ですか。

【益子】国と都道府県が半分づつ資金を出していますが、運航自体は民間の運航会社に委託しています。

【國松】ですからドクターヘリというのも、要するに運航主体は民間になるわけですね。

【益子】そうです。

【國松】この考え方をもう少し発展させていければいいんじゃないでしょうか。厚生労働省のドクターヘリ、公的機関のヘリコプター、それに民間のドクターヘリ、こういうのがいろいろあって、地域的なバランスを取りながらヘリコプター救急を発展させていく。

その場合に、いきなり2機同時に飛び出すようなことがないように、あるいは救急車でよいのか、ヘリコプターが飛ぶ必要があるのかを判断できるように、情報を調整するコントロール・センターのようなものが必要になってくると思います。

(5)運用資金の問題
【岡田】先ほどから出ておりますお金の問題も、システム構築のためには重要な要素だと思いますが、その辺はどうお考えですか。

【國松】そこは日本のように、まだ国民の問にそんなに関心がない分野では、とりあえず現状のように公的な資金を使いながら運営していく他はないわけですが、今後ヘリコプター救急システムを全国的に展開していくためには、国民1人1人にかかるコスト、具体的には健康保険がきくのかきかないのか、ヘリコプターを呼んだ場合にいくらかかるのかという、極めて現実的な問題をそれこそ国民的に議論する必要があると思います。

今は実際の個人にかかる単価はいくらぐらいですか。

【益子】機種や飛行距離、あるいは飛行時間によっても異なりますが、30分ほどのミッションですと50万円ぐらいでしょうか。

【國松】50万円ぐらいですか。50万円もかかるのなら、無料の救急車を待ちますよという人がずいぶんいるのではないでしょうか。日本の国民が払う負担がどのぐらいになったら、ヘリコプターを呼ぼうという気になるのかはまだ分かりませんが、そもそも保険というものに対する考え方は、日本とスイスではずいぶん違います。

REGAの場合、スイスの人口720万人のうち170万人がパトロンになっているわけですから、日本で考えると人口1億2500万人のうち、だいたい3000万近い人間が入るという計算になります。現実的に3000万人が入る保険というのはあり得ない話ですし、まして、一気に3000万人の人間がヘリコプター救急システムに賛同してくれるとはとても思えません。

本当の意味でのREGAのようなものを日本で作ろうという話になると、それこそ何十年もかかる。私は今のところ個人的には、日本では公的機関のヘリコプターを主に、私的ヘリコプターを補完的に運航していく仕組みしか機能しないのではないかと思っているのですが、その場合でも財政措置をどうするかという問題を解決しなければなりませんから、そうなると、少なくとも健康保険にヘリコプター代も含めてしまうということも検討しなければならなくなると思います。

【益子】その問題につきましては、厚生労働省が今年、厚生科学研究でドクターヘリの財源を将来どうするのかを検討する厚生科学研究班会議を立ち上げました。

【國松】そうですか。少なくとも医師がヘリコプターに乗って行って、現場で医療行為が始まるのですから、当然、医療健康保険の話から出発しなければなりません。このヘリコプター救急の発展を考えるとき、保険の話は避けて通れないと思います。

今は、消防の救急隊が現場で応急処置をする場合がほとんどだと思いますが、来年から気管挿管が心肺停止傷病者に対して行われるようになると、保険はどうなるのですか。

【益子】救急救命士が行う処置に関しては保険の対象外でして、消防の予算の中で賄われます。

【國松】そこはスイスの場合なんかは、もう完全に保険の処理になるわけです。全部いわゆる消防の救急隊が処置する状況にあるけれども、行ったことについては医療行為ですから、それは当然、保険で面倒を見ますというシステムがないと、やっていけないような気がします。

【益子】日本ではこれまで、国土交通省、警察庁、自動車工業会、自動車連盟(JAF)、損保会社などが、相当な予算で交通事故の予防安全・被害軽減に国を挙げて取り組んできています。それは主に車、人、道路の面からの対策であったのですが、その中に救急医療の面からの対策というのも入れて4つの大きな柱にしていただくことが重要だと感じています。外傷システムを構築する目的のためにも予算を配分していただくような仕組みができれば、ヘリコプター搬送システムも自ずと解決するのではと思っています。

小泉首相が年頭に、今後10年間で交通事故死を半分に減らすと宣言しておられますが、それを実現するためには、やはり外傷システムの整備を本気で考えないと駄目なのではないでしょうか。

【國松】しかし、それは国のいろいろな対策で使う公金であったり、JAFなんかが入っていた場合にはそれはJAFのお金であったりするわけですよね。そういうものを医療にも使うということは、まだ日本ではあまり議論されていません。

【岡田】何かその議論の土台になるデータが公表されていないということなのでしょう。

【國松】結局、ヘリコプターを飛ばすということは、相当お金のかかる行為ですから、どういう財政基盤で飛ばすかというところがはっきりしないと、どうしてもこれは机上の空論になってしまいます。受益者負担を極限まで小さくして、経済的・財政的にうまくいくようなシステムは何があるかということに尽きると思います。

(6)安全保障の問題
【岡田】私の地域では、医師も救急車に乗って現場に赴くわけですが、救急車に乗るときには身分が変わりまして、その瞬間だけ地方公務員になります。そういった身分の問題と言いますか、保障の問題も考えられます。万が一事故が起こった場合に、誰が責任を負うのかという辺も詰めておかないといけません。

【益子】例えば東京消防庁のヘリコプターに同乗する場合は、おそらく東京消防庁の臨時嘱託医のような形の手続きになるのではないでしょうか。それで万が一の事故のときには東京消防庁が全部、責任を持つという形になるのだろうと思います。

我々が今実施しているドクターヘリの場合は、運航会社サイドで機体そのものに8億円の保険が掛けられていますが、それとは別に搭乗する医師、看護師については、病院が個別の損害保険を掛けています。

【國松】少し話は違いますが、日本の場合は、ヘリコプターに対する信頼性はどのようなものなのでしょうか。益子先生はいつも乗っていらっしゃるので全然問題ないとおっしゃるかもしれませんが、「ヘリコプターは安全な乗物である」と、果たして医師や国民の皆さんが思っているのでしょうか。「そんな怖いものに乗りたくない」「早いことは早いだろうけど、落っこちたらどうするの」という医師もおられるかもしれません。

やはりどういう仕組みにせよ、現実の場合は、乗った場合の安全保障はどうするのかという、まさに安心して飛んでいただけると言いますか、万一の場合にはちゃんとした補償があるという仕組みをつくったうえで始めなければ、だれも乗ってはいただけないでしょうね。

(7)国民に対するパブリシティー
【岡田】先ほど益子先生もおっしゃいましたが、私もやるといいよという話と、今こういう問題があるんだよという話を、もっと世間に出さなければいけないと思っています。

ただ、注意しなければいけないのは、例えば、最近になって先ほどの「ブリベンタブル・トラウマ・デス」という言葉が使われるようになりましたが、これも使い方でかなり誤解を招くと言いますか、混乱している問題があります。

【益子】「ブリベンタブル」、つまり「防ぎ得た」と言うと、医療過誤と錯覚されてしまうということですね。

【國松】そういう問題もありますので、気をつけながら、PRしていかなければなりません。緊急を要する場合にはヘリコプターを使った方が早く行けるし、現場で医師の治療が始まれば助かる可能性が高くなるという当たり前のことを、他の国はみんなやっているのに、日本だけやっていないわけですから、ちょっと日本も考えようというのは、これは当たり前のことだと思います。そういう意味では遅すぎるぐらいですから、今までなかった方がおかしいんじゃないのというところまではいいのですが、国民の皆さんにしみじみと「これは本当に必要なんだ」ということを分かってもらうためには、具体的な説得材料を出していかなければならないわけですが、そこのところがまだ足りないのだと思います。

結局のところ、やはり国民に対するパブリシティーの時期が相当期間必要になってくるのではないかと思います。

わが国におけるヘリコプター救急の将来像
【岡田】いろいろと意見が出ましたが、最後に、日本のヘリコプター救急の将来はどうでしょうか。決して暗くないといえるでしょうか。

【國松】そうですね。日本にヘリコプター救急システムを定着させようとする場合、先ほど申しましたように、ものすごく高い山があって、それを越えないとどうにもならないとか、前人未踏のことをしなければならないとか、そういう難しさは何もないと思っています。

しかし、やはり実務的にやろうとすると、繰り返しになりますが、お金の問題、医師の確保と万が一の場合の補償の問題。それから、きれいに専門のヘリコプターをつくることは難しいから既存のものを活用しましょうということになれば、ヘリコプターを所有している関係省庁がどこまで納得してくれるかという問題。こういった一つひとつ越えなければならないハードルはいくつかあります。

手間暇かかる話もありますし、関係各省庁にはそれぞれ独自の目的があるわけですから、それと少し違うことをやってもらうということになるのであれば、それは納得していただかなければなりませんので、我々としてもうまく話をもっていきながら進めていく必要があります。

あとは各論の出し方を注意して、あまり理想論にならずに、あるいは形だけにとらわれて、きっちりした形で全国統一に、それこそ全国一律に何月何日一斉発足のように非常にきれいな形でやるということをあまり考えずに、地域性を考慮しながらできるところからやっていくということだと思います。リアリティーのある統一でやっていけば、少しずつよくなると思いますから。

そこは我々HEM-NetがNPO法人という、ある意味で自由な立場にありますので、関係省庁や国民に対して、自分たちができることを積極的に行っていかなければなりません。

ヘリコプター救急のシステムは、他の先進国はどこでも持っているものです。なぜ日本にだけできないのか考えてみると、ちょっと不思議な気もします。ヘリコプター救急は、救急医療の充実には言わば必要不可欠なシステムですから、日本でも始めようというのは当たり前の話であって、私は将来が暗いなんていうことは全く考えておりません。

【岡田】ぜひ良いシステムを完成させて、国民に反映できることを期待しています。

【國松】民間でできることには限界がありますが、とにかく皆様のお知恵を拝借してやっていこうと思っていますので、よろしくお願いいたします。