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救急救命型ドライブレコーダー:自動的に事故通報、素早い到着可能に<毎日新聞>
2010.07.01

救急救命型ドライブレコーダー:自動的に事故通報、素早い到着可能に

 

自動車事故の発生とともに救急隊へ自動的に通報し、負傷者のけがの程度も推定して伝える。こうした機能を持つ「救急救命型ドライブレコーダー」を、日本大工学部(福島県郡山市)の西本哲也准教授(自動車工学)らが開発、実証実験を進めている。効率的で適切な救急医療につなげられる技術だが、普及には課題もある。【高木昭午】

 

◆衝突30秒後に

レコーダーは長さ約18センチ、幅約5センチの箱形で、運転席横のアームレストに収納できる大きさ。コンピューターと各種センサーが組み込まれ、車の速度や加速度(速度の変化)、ブレーキ操作などを記録する。実証実験用機器の製作費は約20万円だったが、量産で安くできる見通し。

衝突で生じる大きな加速度を感知すると、約30秒後に「事故発生」を携帯電話回線で送信する。カーナビの応用で事故車の位置情報も送るため、受け手は素早く現場へ到着できる。送信先は、現時点では西本さんの研究室だが、これを消防署や病院にすれば、事故後、速やかに救急隊が出動できるシステムとして機能する。

財団法人「交通事故総合分析センター」の調査によると、事故発生から119番通報までの時間は平均約8分。死亡事故に限ると、3割が「10分以上」、長いものでは56分の例もあった。けがが重いほど一刻も早い手当てが必要で、通報時間短縮は救命率向上に有効だ。

 

◆重症度も推定

レコーダーはさらに、けが人の重症度の推定結果と、事故の瞬間に車内を写した画像も送る。

重症度は4段階で、事故の衝撃(加速度)が弱ければ、ほぼ無傷を示す「グレード0」。最も重症なのは、頭や胸を強く打ち生命も危険な「グレード3」。グレードはランプの色で区別する。

同じ加速度でも、正面衝突や側面衝突は、追突よりけがが大きくなりやすい。また55歳以上は交通事故での死亡率が高いという統計がある。このどちらかに当てはまる場合、グレードは自動的に1段階上がる。

「グレード表示と写真は救急医療の質を高める」と西本さん。救急医療は、けがの程度に応じた治療態勢のある病院に運べるかがカギだ。グレード表示があれば、救急隊が出動前に容体を推定して必要な機器を持参したり、病院側の受け入れ準備もしやすい。画像で「胸を強く打った」などが分かれば、外見からは分かりにくいけがを見つけるのにも役立つ。

西本さんらの実証実験は、千葉県柏市が舞台。タクシー11台にレコーダーを搭載し、06年から始めた。計延べ400万キロ弱の走行で、軽傷の人身事故や物損事故が約40件起きた。このデータを基に、重症度判定基準などを改良する。今後、歩行者や自転車との接触事故を感知するセンサーも組み込む計画だ。

 

◆ドクターヘリ出動に直結も

日本医大千葉北総病院(千葉県印西市)の益子邦洋・救命救急センター長は、レコーダーを、医師が乗る「ドクターヘリ」と連動させたいと考えている。

現在、ドクターヘリは事故現場に着いた救急隊の要請を受け、重症患者の緊急治療に出動する。益子さんによると、ヘリに乗った医師が到着するのは事故発生から平均36分後だが、レコーダー情報で緊急度が高いと判断し、すぐに出動すれば平均20分に短縮できる。「20分」は、大量出血の患者の8割が生存している時間。36分だと7割が死亡してしまうという。

 

◇欧州、全新車搭載目指す

事故の通報システムでは欧州が先行している。欧州連合(EU)は、新車すべてに事故自動通報装置を搭載させる計画で、14年の実現を目指す。装置「eCall(イーコール)」は事故発生と現場の位置をEU域内共通の救急番号「112」などに通報する。導入すれば、年間約3万9000人に上るEU全体の交通事故死者を約2500人減らせるという。

英仏などがコスト高を理由に消極的だったが、欧州委員会は昨年8月、「(各国の)導入が加速しないなら法的に義務づける用意がある」と宣言した。自動車のIT化に関するコンサルタント「SBD」日本法人(名古屋市)は「不確定要素はあるが、EUは義務化へ進んでいる。16年には新車の約半数に搭載されるだろう」と話す。

日本でも2000年、通報システムが導入された。搭載車は23万台と全国の自動車(7900万台)の約0・3%。主に高級カーナビの付属サービスで、運用する「日本緊急通報サービス」(ヘルプネット)によると、23万台中17万台はエアバッグの作動で自動的に、6万台は運転手が機器を操作して連絡する。どちらも24時間待機の同社オペレーターが必要に応じて消防や警察に通報する。一方、西本さんらのシステムはけがの程度までカバーし、救急現場に直接連絡することを目指す。

EUが装置を義務づければ、日本の自動車メーカーも輸出車向けの対応を迫られるが、国内での普及には課題が多い。国土交通省や消防行政を所管する総務省、自動車や医療業界まで含めた連携を模索する機運は今のところなく、西本さんは「国やメーカーの協力を得て実現したい」と話す。

 

 

毎日新聞 2010年6月29日 東京朝刊