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韓国とタイの医師・看護師が、日本でドクターヘリのOJT研修<アスカ21第79号掲載論文>
2011.08.02

韓国とタイの医師・看護師が、日本でドクターヘリのOJT研修

認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク 理事
日本医科大学千葉北総病院救命救急センター
益子邦洋

国際道路統計の2011年版報告書ならびに世界保健機構(WHO)の発表によれば、2009年におけるわが国の人口10万人当たりの交通事故死者数は、24時間死亡が3.85、30日死亡が4.5であり、アジアの中では群を抜いて低く、欧州先進国と肩を並べている(図1)。

 

本誌第77号で筆者は、近年、アジア諸国の中でも韓国とタイが、交通事故死者数を削減するため、ドクターヘリの導入に積極的に取り組んでいることを報告した。そこで今回は、韓国とタイの医師・看護師が、日本のドクターヘリ事業を学ぶために来日し、ドクターヘリ基地病院でOn the Job Training (OJT)研修を行っているので、その現状につき紹介する。

 韓国政府は昨年暮れに、2011年度からの救急医療専用ヘリコプター導入を発表した。今年に入ってから拠点病院やヘリコプター運航事業者の選定作業を進め、まずはGachon University Gill Hospitalと、Mokpo Hankook Hospitalの2ヵ所で今年9月から運航を開始し、徐々に基地病院を増やして行き、2020年までに15~20ヵ所に救急ヘリコプターを配備することとしている。事業開始に先立ち、2011年6月13日から19日まで、韓国からのドクターヘリ研修生として、Gill HospitalのPark Won Bin医師が公立豊岡病院但馬救命救急センターにおいて、小林誠人センター長の指導の下、OJT研修を実施した(図2)。

 
また、7月13日から15日に掛けて、韓国厚生省保健福祉部事務官、国立中央医療院救命救急医療支援チーム長、民主党議員、全羅南道道庁保健福祉局局長、WAN DO郡保健医療院院長、JIN DO郡保健所所長、SHIN ANN郡保健所所長、仁川市保健政策課職員、MOK PO韓国病院院長、GIL病院看護師、救急救助士、大韓航空整備本部部長ならびに運航本部部長等から成る16名の訪問団が、ドクターヘリ視察のために来日した。一行は、日本医科大学千葉北総病院、HEM-Net、国立病院機構災害医療センター、朝日航洋、前橋赤十字病院を訪問し、ドクターヘリのオペレーションを見学し、ドクターヘリ事業について詳細に情報収集すると共に、災害に備えた準備や備蓄、ドクターヘリを活用した災害時の医療活動について、関係者と突っ込んだ意見交換を行った。
 一方、タイではタイ国救急医療研究所(Emergency Medical Institute of Thailand; EMIT)が、ヘリコプターを活用した救急医療体制の構築に2年前から取り組んでいる。人的資源ならびにシステム開発事務局次長のAtchariya Pangma医師の話によれば、現在は軍のヘリコプターを使用した搬送が年に数件、バンコク航空傘下のバンコクヘリコプターが所有するEC145 (図3)を使用した搬送が週に1~2件程度である。軍のヘリコプターには医療用装備が殆ど搭載されておらず、専ら山岳救助や僻地からの患者搬送に活用されている。また、バンコクヘリコプターが実施しているミッションは、バンコク市内にあるバンコク病院(民間)への転院搬送が主体であり、対象患者は富裕層に限られている。即ち、わが国のドクターヘリ事業のように、貧富の差を問わず、迅速な現場への医師派遣を通じて重症患者の救命率を向上させることが可能な体制には至っていない。因みに、バンコク航空、バンコクヘリコプター、バンコク病院の最高経営責任者は同一人物とのことである。

 Pangma医師は、これから5年を目途に、5~6箇所の基地病院で縦長のタイ国全土をカバーする救急ヘリコプター体制を作ろうと計画している。そのためには、ヘリコプターに搭乗する医師・看護師の育成が喫緊の課題であることから、核となる医師、看護師のOJT研修を日本でお願いしたいと言っている。既に、2011年3月1日から15日まで、Yajai Apibunyopas医師と、Piyaporn Onsir看護師を日本医科大学千葉北総病院救命救急センターへ派遣し、松本 尚准教授の指導の下にドクターヘリOJT研修を受けさせている(図4)。タイの医師・看護師の英語会話能力は既に高いレベルにあり、今後の課題はスタッフの旅費・宿泊費ならびに研修費用の確保である。

 認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)では、企業・団体等からの浄財を募って2010年4月から「医師・看護師等研修助成事業」をスタートさせた。即ち、ドクターヘリ事業への参入を計画する全国の医療機関から医師・看護師を受け入れ、ドクターヘリ研修担当病院に派遣してOJT研修を受けさせるというものである。一定期間の研修を経て修了証を取得させた後、派遣元病院に帰してフライトドクター、フライトナースの業務を担当させることとしており、2011年6月末までに、医師12名、看護師21名の研修を終了した。この活動の強力なサポーターは、2010年8月25日に経団連の関連組織として設置された「ドクターヘリ普及促進懇談会」(会長:張 富士夫 トヨタ自動車(株)会長)である。多くの企業・団体がドクターヘリ搭乗医師・看護師の研修事業に賛同し、資金を拠出して頂いている事に対し、関係者の一人として心から感謝している。
筆者は、昨年から今年に掛け、学術交流の目的で、韓国とタイを訪れる機会を何度か得た。その際、多くの日本企業が現地の人々に受け入れられ、多くの現地スタッフを雇用して事業を円滑に行っているのを目にし、日本国民の一人として誇りに思い、とても心強く感じた。まさにアジアの隣人として、共に支え合い、共に栄えていると言えよう
しかしながらアジア諸国では、図1の如く、多発する交通事故で毎日のように尊い命が奪われている。このような現実を見るにつけ、アジアの友人として、日本に何か出来ることはないかと、筆者はいつも考えている。

現在活動中の『ドクターヘリ普及促進懇談会』の支援対象は、国内の医師・看護師に限られている。従って、このような素晴らしい仕組を、アジア各国も導入していく事が必要だろう。一方、日本に学んで救急ヘリコプターを導入し、自国民の命を救おうというアジア各国の取り組みを支援するため、恒常的なヘリコプター搭乗医師・看護師研修の門戸を海外にも開いてはどうだろう。ドクターヘリ支援基金とは別に、ODAなどの海外支援・協力の枠の中で、新しい仕組みを作ることも是非検討したい。

 

(アスカ21 第79号掲載論文:2011年7月25日発行)