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救急のスキルを武器に現場に駆けつける
フライトドクター

フライトドクターとは、ドクターヘリに搭乗し現場で治療を行う救急医のこと。その名の通り「空飛ぶ医師」です。救急医療は時間が勝負。1秒でも早く傷病者に対応することが、命を救うことにつながります。そのために日々、研鑽を積み、限られた医療道具しかないなかで全力を尽くします。
VOL.2
高いレベルの救急医療に
つなげられるドクターヘリ
聖隷三方原病院
フライトドクター
矢野賢一さん

2020.4.1
フライトドクターとは?
フライトドクター歴十数年の矢野賢一さんは、これまで多くの救命に携わってきました。普段は救命救急センターなどで勤務している救急医で、担当の日にはフライトスーツのつなぎを着て出動に備えます。消防本部指令室から要請があるとヘリに搭乗。飛行中は、消防や救急隊から伝えられる傷病者の情報をもとにケガや病気の程度を予測し、すぐに治療に当たれるよう準備します。そして着陸と同時に患者のもとに向かい、治療を施します。

重症患者の命を救い社会復帰させるためには、<一般の人からの通報→救急隊→救急医→外科医→リハビリ医>という流れを、いかに早められるかが重要だと矢野さん。

「この場合、救急医は3番走者でしかありませんが、ドクターヘリを用いることで2番走者にもなりうる。高いレベルの救急医療につなげられます」

記憶に残っているシーンは?
矢野さんはこれまでに1000回以上ヘリに搭乗していますが、やはり最初にかかわったケースは今も記憶に残っていると話します。川で溺れて心肺停止となった男性の救命に当たったそうです。

「駆けつけたら河原のゴツゴツした石の上に寝かされていて、そこで初期治療をしなければなりませんでした。病院のベッドの上でしか治療を行っていなかったので、状況が何もかも違う。持っている手技を変えなければ通用しないことを痛感しました」

同行する医療者は看護師1人だけ。使える医療道具類も限られています。今まで経験のなかった消防本部指令室との連絡も必要になるなど、初めての経験に学ぶところが多かったと矢野さん。

「ドクターヘリは院外活動、病院前診療といわれますが、病院内での医療とまったく違うものなんだなと。逆にこうした医療こそ求められていると思いました」

フライドドクターになるには?
「基本的な初期治療が一人できる」ことがフライトドクターの大前提。そのためには一次救命処置や蘇生、外傷診療など救急医として基本的な技術を習得した後、救急外来で1~2年の研修を受ける必要があります。一人前のフライトドクターになるには、さらにそこから研鑽を重ね、診療スキルを身につけなければなりません。

聖隷三方原病院高度救命救急センターには現在、8人の救急医がいますが、ほぼ全員がフライトドクターを目指し、7人がフライトドクターとして活動しています。矢野さんが同院に来たのは医師になって10年目のとき。やはりフライトドクターになるのが目的でした。

「出身の長崎は離島が多く、自衛隊のヘリが患者さんを搬送していた。そこでヘリが医療に役立つことを知りました。大学の派遣で浜松の医療機関に来たときに聖隷三方原病院がドクターヘリを運航していると知り、最初に患者さんを診る立場としてかかわりたいと思ったのがきっかけです」

フライトドクターに求められる資質は?
ドクターヘリというと、錯綜した現場にスーパードクターが降り立ち、奇跡を起こす——。そんな光景を思い浮かべる人もいると思いますが、矢野さんは「それはまったく違う(笑)。それほど治療を行わないことも多い」と言います。

「何をしているかというと、“判断”です。目の前の患者さんにはどんな治療が必要で、どこに搬送すればいいのか、それを決めるのがフライトドクターです」

そのために矢野さんが必要だと考えるのが、「対応力」「マネジメント力」「広い視野」の3つ。これらは時として高い手技スキルよりも重要になるのです。

「無線で伝わる情報は不確かで、現場に行かないとわからないことも多い。だからそこで広い視野が求められますし、現場の状況に合わせて患者さんにベストな治療を行うためには高いマネジメント力が必要になります」

やりがいと心がけていることは?
これまで数多くの現場を経験してきた矢野さん。助かる命ばかりではありませんが、それをもってしても「つらいと思ったことも、やめたいと思ったことも一度もない」と言います。

「自分の力が試されているわけです。困難な現場に遭遇したら、もっと技術が欲しいと思う。一度も自分の技術に満足したことはありません。スムーズにいった現場でも、『もしケガ人が複数だったら同じようにできたか』とか、『ケガをした部位が致命的なところだったらどうするか』とか、常に考えます」

ドクターヘリに限らす救急の現場は体力勝負です。常に質の高い医療を提供するために、矢野さんは健康に気をつかい、体力維持を心がけているといいます。

「本音を言うと、365日フライトドクターをしていたい。後輩が育っているから回数を減らさなきゃいけないんだけどね……」