本年7月3日の夜10時からフジテレビ系列放送局で、ドクターヘリをモチーフとした連続ドラマ「コード・ブルー」の放映が開始された。これまで数々の医療ドラマが放映されてきたが、ドクターヘリを題材としたのは初めてである。9月末までに合計12話が予定されており、そのうち既に2話が終了したことから、ご覧になった方も多いのではないかと思う。ドラマの反響は相当のようで、初回視聴率は21%を超えたという。視聴率1%は100万人に相当することから、2100万人の国民が見たドラマということになる。インターネットのホームページ(http://wwwz.fujitv.co.jp/codeblue/index.html)に視聴者から多くの感動的なコメントが寄せられていることからも、反響の大きさを窺い知ることが出来る。
ドラマの設定は、ドクターヘリ基地病院の救命救急センターに、フライトドクター候補生として4人の若きフェロー医師が赴任し、さまざまな経験を経て、ドクターヘリ搭乗医として成長して行くというものである。それぞれの医師が高いモチベーションと自信を持ち、ドクターヘリへの搭乗を待ち望んでいるものの、実際にヘリに同乗して現場に赴くと、そこは待ったなしの命を守る緊迫の現場であり、自分の無力をいやというほど思い知らされることになる。先輩フライトドクターの厳しくも暖かい指導の下で、これから彼らがどのような成長を遂げるのか大変興味深いところである。
単なるドラマとしても十分見応えのあるドラマではあるが、医療関係者が見落としてならないのは、このドラマに現在の救急医療体制が抱える問題点と、それを解決するための処方箋が見事なまでに描かれている点であり、そのキーワードは、命の地域格差、現場救急医療、フライトドクターの育成である。
これまでも、現在も、また将来も、救急の基本が救急隊員と救急車であることは、日本のみならず世界の常識である。しかしながら、救急車では短時間内に適切な治療を受けられない患者に対し、多くの先進諸国では代替手段としてヘリコプターを活用している。それはわが国古来の戦の基本である「二の矢を継ぐ」考えに類似している。
しかしながらわが国では、「救急医療は時間との戦い」とのキャッチフレーズが学術雑誌やメディア等でしばしば登場するにも関わらず、ヘリコプター救急は2000年まで殆ど省みられなかったといって良い。つまり、戦いに勝つための戦略がなかったのである。救急車では短時間内に然るべき治療を受けることが出来ず、結果的に死亡する事例があったとしても、「しょうがない」として諦めることが常態化し、医療従事者も国民も、共に明確な解決策を講じようとしなかった。
このような体制により最も悲惨な結果を招いたのが平成7年(1995年)の阪神淡路大震災である。倒壊した家屋や家具の下敷きになり、筋肉が圧挫されることにより生じる挫滅症候群(クラッシュ症候群)では、迅速かつ適切な搬送により、人工呼吸器や人工透析を用いた集中治療を行えば、命を失うことがなかったにもかかわらず、ガス、水道、電気といったライフラインが途絶した被災地内の医療機関において多くの命が失われた(図1)。まさに防ぎえた死亡(Preventable death)である。
その最大の原因は発災から3日間でわずか17人しかヘリコプター搬送されなかったことにある。即ち、ヘリコプターを救急車の代替手段として日常的に活用する仕組みがなければ、万が一の事態にはとても対処できない。世界のヘリ救急の最先進国としてドイツのヘリ配備体制はつとに有名であるが、小国スイスの救急ヘリ配備体制(図2)をみても、世界が如何に「二の矢を継ぐ」体制を確保しているかが分かる。
13機のヘリ配備はわが国の国土面積に換算すると120機の救急ヘリ配備に匹敵する。わが国の現状を図3に示したが、如何に不十分なものであるか理解できるであろう。ドクターヘリ未配備地域においては、今日も尚、数多くの防ぎえた死亡が存在することが推定され、「命の地域格差」の解消は喫緊の課題である。
20世紀のわが国の救急医療は「待ちの救急医療」であったと言って良い。即ち、プレホスピタルケアは消防の役割、病院へ到着したら医師の出番ということで、役割分担を明確にしていた。これが有効に機能するのは、搬送時間が短いことが条件である。
事実、総務省消防庁のデータ(図4)を見ても、平成元年(1989年)当時は、119番通報から病院到着までの搬送時間が20分以内の事案は全体の55%以上を占めていた。しかしながら、今や2人に1人は搬送時間が30分以上に延長してきている。カーラーの曲線では、大出血の患者は30分放置すると半数が死亡するとされ、搬送時間の延長は重症患者にとって致命的である。
病院までのアクセスに時間がかかるのであれば、重症患者に対しては医師が迅速に現場に赴き、現場から医療を開始する仕組みに変えなければ、救える命も救えない。「コード・ブルー」では、医師が迅速に現場に赴き医療を提供することが如何に重要であるかを、余すところなく表現している。
さて、平成19年6月に国会で「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」、いわゆるドクターヘリ特別法が可決成立したのを受け、わが地域にもドクターヘリを配備しようという機運が全国の自治体で高まっている。
ここで問題になるのは、ドクターヘリが次々と配備されたとして、ヘリコプターに乗る医師は本当に確保できるのか、という点である。「コード・ブルー」を見れば明らかなように、医師であれば誰がヘリコプターに乗って現場へ飛んでいっても良いというものでは、決してない。
救急隊、救助隊、消防隊等の見ている中、医師がたった一人で患者の診察を行い、重傷度や緊急度を瞬時に判断し、適切な現場処置を短時間内に行い、ヘリコプターの中で治療をしながら最適な医療機関へ安全に搬送するには、それ相当の教育、研修が必要であることは言うまでもない。
現在、フライトドクターの育成はドクターヘリ配備病院が独自に行っており、経験年数や取得資格の定めはなく、提供される医療の質が一定でないことが指摘されている。一方、日本航空医療学会はドクターヘリ講習会を過去16回実施しており、ドクターヘリ事業に関わる適切な標準化教育として評価されている。しかしながら、僅か2日間の座学中心の講習であることから、本当に現場で役に立つフライトドクター等を育成するためには、新たな育成手法が求められている。
筆者は、「コード・ブルー」のフェローシップ制度、即ち、核となるドクターヘリ基地病院に研修所を併設し、フライトドクターを育成する仕組みを構築する必要があると考えている。ドクターヘリ事業を計画する全国の医療機関からフェローを受け入れ、一定程度のドクターヘリ実務研修により資格を取得させた後、派遣元病院に帰してフライトドクター業務を担当させることは、質の維持に不可欠である。関係する省庁、団体、機関には、このような仕組みの創設に向けて、是非とも強力な支援を賜りたいと考えているところである。(「アスカ21」No.No.67、2008年7月25日発行所載)
益子 邦洋
(日本医科大学千葉北総病院救命救急センター長)