谷口 隆(厚生労働省医政局指導課長)
福田祐典(厚生労働省保険局企画官)
上関克也(総務省消防庁参事官)(肩書きは、いずれもシンポジウム開催の2006年1月24日当時)
國松孝次(HEM-Net理事長)ただいまからパネル討論に入ります。本日ご案内を差し上げた皆様のほとんどは、ヘリコプター救急に関与しておられる、あるいは関心を持っておられる方々ばかりです。それぞれ救急医の先生、消防関係者、ヘリコプター運航会社の方々で、いわば専門家の皆さんがこの会場を埋めておられます。このパネル討論については、フロアからの討論のご参加もお願いいたします。
最初に、外国からのお三方の基調講演を踏まえ、日本側の関係省庁の方々からご感想をいただきます。
私どもとしては、ドクターヘリが大規模災害を含め、さまざまなフィールドで活躍できるものと考え、広く普及させていきたいと考えていますが、うまく伸びていかない実情があります。原因はいろいろありますが、最大の問題は資金面です。とりあえず1年間の維持費を何とかしなければいけないということで補助しているわけですが、国と都道府県で折半といいながら、それぞれ1億円近く出している状況です。いま国も大変ですが、地方はもっと財政状況が大変なので、それで導入に二の足を踏んでいる自治体が多いと見ております。
先ほどのアメリカのお話を聞きますと、さまざまな方式のファイナンスをうまく組み合わせてドクターヘリを飛ばしている。いろいろ工夫すればできるものだと感じていたわけです。私どもは、ややもすると税金なら税金、医療保険なら医療保険と、ついつい単純に考えがちで多くのものを組み合わせて総合的にファイナンスできるという発想になかなか至らない。話を聴きながら反省しておりました。
どちらにしても今後、かなりの負担が自治体にかかっていく。そうなった場合、自治体で本当にやれるのだろうかということを考えざるをえない。国の立場だけをいうと、皆さま方もご存知のように三位一体の改革が進められています。国の補助金はほとんど翼をもがれるかたちになってきました。それがすべて地方へ行っているかというと、正直いってそうでもない。国の補助金をカットした分、それが地方へ流れていれば活用できるかもしれませんが、そのへんがまさにリフォームですから多少は削減するかたちになっています。
つまり、期待していたものが地方にこないとなれば、ますます税金をあてにした補助事業が地方でうまく伸びていくだろうか。われわれとして、不安を感じざるをえない状況になっています。
ヘリコプターは、実際の利用面を見れば、確かにへき地、離島の方々に対して運用されています。実際に命を助けられた人にとっては大変な福音になっています。ただ現実のところは、日本全国で10機のドクターヘリが動いているだけで、既存の消防防災ヘリや警察へり、自衛隊のヘリコプターと合わせて運用しているのが現状です。
私の個人的な考えではありますが、各都道府県がドクターヘリという専用のヘリコプターを必ず持たなければいけないかというと、必ずしもそうではない。防災ヘリといったものを複数お持ちになって、それをうまくオンディマンドで救急にも使うようにすれば、それでいいではないかという気がします。
ただ、組織の縦割りがあって、理念はそうだけれども、実行上そういう場に直面したときにうまく活用できるかという不安がなきにしもあらず。そういう意味からすると、できれば専用のドクターヘリを配備していただければという気持ちがあります。
そこで財政難の折から、一つの県で専用のヘリコプターを持つことが難しいならば、当然のことながら複数の隣り合った県で1機を共用することもあり得る。ただ、その部分が補助金の使い道の趣旨に合っているかどうかひっかかるところで、現実に可能かどうか真剣に考えてみないといけないと思っています。理念から言えば複数の都道府県で共同運航することがあってもいいのではないかというわけです。
ドクターヘリが持つ意義を何らかの形で進めていくことの重要性について、私どもは十分に理解しています。そういった中で、私どもが担当している診療報酬がどのような役割を果たせるのか考えてみたいと思います。
まず現時点での診療報酬の基本的な考え方は、医療機関から提供される医療サービス、診療サービスそのものを評価するということになっています。つまり、ヘリコプターによる移送そのものは診療報酬の対応の範疇外ということになるのです。したがって、診療報酬でカバーする範囲を広げるかどうかという議論がまずあって、十分に議論がなされた上で、広げるべしというコンセンサスが得られることが、診療報酬で対応する際の大前提になる。現時点ではそのような議論はコンセンサスを得ておりません。
そういった中では、診療報酬による対応は、ドクターヘリを含めた救急医療体制全体の中で、医療そのもののところを診療報酬により適切に対応することが基本になってくるのではないかと思っている次第です。
先ほど谷口課長からも話がありましたが、スイスの例もアメリカの例もそうですが、いろいろなものを財源として活用して組み合わせてうまく使っている。そういったことは日本の医療にも一つの参考になるでしょう。日本の場合は国民皆保険の中で必要な医療は確保されます。医療サービスそのものは診療報酬により、ドクターヘリの運航コストについては他の様々な財源を活用する。それぞれの財源をうまく仕分けしていけば、まさにそういったかたちでさまざまな財源を活用したものに発展しうるのではないかと、お話をお聞きしていた次第です。
現時点での医療保険財政は、日本の場合、OECDの先進国の中で見ると、ヨーロッパ、アメリカなどと比べた場合、GDP比で見てイギリスと最下位を争うぐらい低いわけです。それは一方では効率的な医療サービスということで、WHOにも評価されています。そういった状況にあってなお、医療費についてはいま削減せよというプレッシャーが大きい。
これは33兆円というパイを考えた場合には、具体的に1兆円減らしていかなければいけない。にもかかわらず必要な医療は確保する体制にしなければいけないということです。特に、そういった中で救急サービスや小児の医療サービス、さらには基本的な急性期の医療機関が持つベーシックな診療機能は医療サービスの根幹にかかわるものとして適切に評価する必要があります。厳しい改定の中でも救急医療サービスや急性期医療を評価することについては、苦しい中で何とかマイナス効果を出さない方向で最大限の努力をしたいと考えます。
というわけで、繰り返しになりますが、医療システム、とりわけ救急医療全体のシステムの中で、医療機関で行われる救急医療サービスそのものについては、診療報酬の中で従来以上にきちんと評価していきたい。そういう文脈の中で、ヘリコプターによる移送にかかるコストに係るファイナンシングに関しては、診療報酬以外のさまざまな財源を活用することを基本として評価していくことになるのではないか、そういうことにより前進することが可能ではないかと思います。
いずれにしても、この分野の議論は非常に重要だと思います。一つは、こういったことについて広くいろいろな方に理解してもらうことが大事ではないか。イメージだけではなくてこれを行うことでいったいどういう具体的な結果が出ているのか。それらをきちんと整理して情報として公開していく試みが、これから議論を深めていくうえでも非常に大事ではないかと思います。
日本の意思決定の仕組みは縦割りと言われて一気に進まないところがありますが、しかし関係者が重要性を認識して、一度こういう枠組みでいこうと決めるならば、これはこれで非常に進みやすいという別のメリットもあります。本日のような機会をはじめとし、様々な機会を通じて関係者の理解と議論が深まっていく中で、これからドクターヘリのシステムが一層発展していけばいいのではないかとお話を聞いて思った次第です。
まず、簡単に日本の救急搬送の現状について説明します。日本の救急搬送業務は基本的には消防機関の業務です。消防業務は市町村の事務ですから119番をダイヤルすると市町村の消防指令室にかかり、その指令室で救急車を出動させます。場合によってはヘリコプターを要請することになります。
消防による救急は医師が同乗しない。救急隊員のみで出動するのが原則です。以前は病院に運ぶことだけが消防機関の役目でしたが、1991年に救急救命士法が制定され、救急救命士が乗るシステムができて一定の医療行為ができるようになりました。現在、救急隊員は58,000人ですが、約25%がその資格を持っています。ただ、救急救命士の養成には時間がかかります。数は増えていますが、全員とはなっていません。
次の費用負担ですが、歴史的な経緯もあり、日本の場合、救急車両やヘリコプターを含めて受益者負担はありません。基本的には市町村の予算、すなわち税金で行っているのが現状です。その中でヘリコプター救急がどうなっているか。1990年以降、各県に1機を配備する方針で全国的に展開されています。歴史的には1966年に東京都が初めて導入しましたが、救急というよりも消火救助が中心に進められてきました。そして1995年の阪神大震災以降急速に整備が進み、現在ではほぼ全都道府県に配備が完了しています。
ヘリコプター導入の目的は、日本の場合非常に地震が多い。そこで最も重要なポイントは地震災害や自然災害への迅速な対応です。それから山火事などの火災、山岳救助の対応なども行い、多目的に使われているのが現状です。そのような中で、救急業務にどのように活用していくか。これが大きな課題ではないかと考えています。
消防防災ヘリコプターで病院配備のドクターヘリの機能を代替するのは難しいところがありますが、救命率向上のためには活用していくことが重要ではないか。そこで、途中でドクターを乗せて出動する方式を含めて、各地それぞれ地域の実情に合わせた工夫がなされています。
さらに、ドクターヘリと救急車との連携です。救急車は、市町村の消防機関に119番通報が入ると同時に出動します。そして患者さんを、現場からヘリコプターの着陸地点まで救急車で搬送する。逆に病院にヘリポートがない場合、近隣のヘリポートに降ろしてそこから救急車で病院へ運ぶ。ドクターヘリまたは消防ヘリと救急車との連携は、このような形で行われています。
これらのヘリコプターによる災害活動状況はスライドのとおりです。救急活動については、2000年にガイドラインをつくって救急出動基準をつくっていただいた結果、近年活動件数が伸びてきている状況です。
消防防災航空隊の現状は、一定の医療行為のできる救急救命士が全国で29人配備されています。除細動器は28台保有しています。ただ、現場に救急車も出動するので、当然そこには救急救命士や除細動器があり、それで対応することが可能です。
消防防災ヘリとドクターヘリとの違いは通りです。ドクターヘリは病院に駐機していて、常に医療機器や搬送器具を備えています。消防防災ヘリの任務は多目的なので、出動のたびにその目的に合った機材を載せる必要があります。
次に大規模災害の活動事例を申し上げます。平成15年10月23日の新潟中越地震では死者51人、負傷者4,808人を出しましたが、このとき消防防災ヘリは全国から20機が現場に入り、実際に282人の方の救急搬送や救助活動を行いました。特筆すべきは、土砂崩れの下に埋もれた車から幼児を一人、生存したまま救出し、ヘリコプターで搬送しています。
平成16年4月25日のJR福知山線列車事故では、死者107人、負傷者549人となりましたが、消防ヘリコプター6機が出動し、医師もヘリコプターで現場に送りこみました。結果として、消防ヘリで10人の方を搬送しました。大規模災害に対しては複数のヘリコプターが現場に出動して、下にいる医師とともに救急活動に従事するシステムになっています。
しかし、たとえば中部空港などは、常滑という小さな自治体ですから、大規模災害が起こると、そこの消防本部では指揮が執れないわけです。本来的には災害が起きた周辺で、大都市の消防が指揮を執れるような体制を消防庁としても取っていくべきだと思います。指揮を執れる消防局、あるいは消防本部を事前に明確に打ち出しておくことは必要ではないでしょうか。
上関 大規模災害には緊急消防援助隊が出ます。法律の上では当該発生地の本部が指揮を執るのが原則ですが、大都市の本部が指揮支援隊ということで、当該消防本部の判断を支援します。
本地 それならば、法文の中で明確にしておく必要があるのではないですか。
上関 法律上は、そこの責任は当該消防本部となっていますので、ご理解いただければと思います。
本地 それでは、なかなかうまく指揮ができないと思います。
もう一つ、先ほどから防災ヘリの話が出ています。ドイツの場合は内務省防災局のヘリコプターが16ヵ所の拠点で活動していると聞いています。防災局のヘリコプターとなると、おそらく単に救急だけではなくて、やはり山林火災や突発的な救助事案などにもあたるのではないかと思います。そうした多目的な仕事を持っているであろう防災局のヘリコプターは、それにもかかわらず日常的な救急に優先的にあたるようになっているのかどうか。そうなっている場合は、常時ヘリコプターの仕様は救急の仕様になっていると考えていいのかどうか。この点について、教えてほしいと思います。
マツケアール すべてのヘリコプターはどの組織に所属するか関係なく、全体の災害の管理に携わっています。ハノーバーの事故はもう起こらないことを願いますが、すべてのヘリがそこへ直行する義務を負っています。日常のミッションにも対応できるようになっていますし、このような大規模災害にも対応できるようトレーニングを受けています。
ハノーバーのケースは、まず最初の任務は外科医やハノーバーの緊急機関の人が現場に向かわなければいけません。トリアージだけではなく現場で医療行為もできるような医師が直行する必要もありましたので、ヘリコプターが医師をのせて飛びました。
国境警備隊は防災ヘリを16機持っていますが、ヘリコプターの唯一の目的は救急です。そのための機材は現在BO105小型双発機ですが、老朽化してきたために入れ替える必要が出てきました。入れ替えの際には多目的のヘリコプターを調達するといった動きが見られます。
もっとも、多目的ヘリといっても、内装が違うだけでミッションとはかかわりがありません。つまり救急のためということならば救急にだけ使われて、その他の任務は負いません。救急拠点にある限り、それは救急専用です。そうでなければ、ミッションの優先順位のつけ方に混乱が起きかねません。
ハットン 私も補足させていただきます。ヘリコプターを防災に使うといっても、規模によって違うと思います。ただ、問題も起きています。というのは、たとえばニューヨークの9.11多発テロのときは周辺の空域がすべて閉鎖されてしまいました。したがって救急ヘリコプターも閉め出されてしまったのです。今後は、そういうことのないよう、新しいシステムができました。救急ヘリコプターは区別して飛行禁止空域にも入れるようにしたわけです。
ハリケーン・カトリーナの災害では、ハリケーンが来る前にヘリコプターが緊急チームの動員に使われていました。風雨がおさまったあとでは、ヘリコプターは住民の避難に使われました。初期のころは患者さんも運ばれました。これはトリアージ・センターへ送るためでした。またヘリコプターは緊急用の水、食糧、医薬品の補給輸送にも使われました。
このような大規模災害にヘリコプターを活用するには、やはり計画が必要だと思います。つまり、防災対応計画をつくっておいて、どれぐらいの規模の災害であればヘリコプターをこういう目的に使いましょうという計画を事前につくっておくことが肝要と考えます。
上関 そのような整備は進んでいるとは思いますが、まだ進み方が遅いのではないかという感じがしています。
阿竹 茨城県では、救急車を受けるだけで精一杯という病院が多いはずです。そこへさらにヘリコプターが5分、10分で飛んでくるというと、それに対応する職員は結構大変です。それを何とかやりくりしていくことが、今後救急ヘリを受け入れる面では大切なのではないかと思います。
上関 受け入れ側の問題もあるでしょうし、消防の体制もいろいろあるので、地域で話し合って進めていただければと思います。
國松 私の感じでは、むしろ日常のドクターヘリ拠点を増やしていくとそこで訓練ができて、いざ大災害のときにも役立つのではないかと思います。
それでは、このへんでパネル討論を閉じさせていただきます。本日は大変中身の濃い、有意義なシンポジウムを行うことができました。特に外国からお見えいただいた3人のゲスト・スピーカーの方々には、あらかじめ充分な準備をしていただき、中身の濃い詳細なプレゼンテーションをしていただきました。お三方に対して、改めてそのご協力とご献身にお礼を申し上げます。
今回このシンポジウムの一つのコンセンサスは、ドクターヘリであれ、その他の救急ヘリであれ、その普及を図るための基本になるのは国民の関心度を高めること、救急ヘリの重要度、必要度に対する国民の関心がもっともっと高まることが根幹にあるのではないかということだったと思います。
そのためにも、私どもは小さなNPO法人ではありますが、救急ヘリ普及のために国民の皆さんの関心を少しでも高めていくような活動をしてゆきたいと考えていますので、引き続きご支援をお願いしたいと思います。これで国際シンポジウムを閉じたいと思います。どうも有難うございまました。
ドクターヘリ普及へ向け提言
総 括
ドイツ・スイス・アメリカにおける救急ヘリ運用の実態
開会挨拶
費用負担問題を克服してヘリコプター救急の普及を図るために(國松 孝次)
基調講演
ドイツ航空医療システムの財務問題(ズザンネ・マツケアール)
基調講演
スイスのヘリコプター救急と経費負担(ヴァルター・シュトゥンツィ)
基調講演
アメリカの航空医療搬送費(ケビン・ハットン)
パネル討論
独・瑞・米の実態を踏まえて(谷口 隆、福田祐典、上関克也ほか)
フォローアップ討議
保険制度とヘリコプター経費
添付資料
HEM-Net International Symposium Program
Personal Profile
Current Status of the Ambulance Helicopter Service in Japan
Proposal from HEM-Net
HEM-Net Q & A