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ドイツ・ヘリコプター救急の法制度  【調査報告書:西川 渉 山野 豊】
2005.03.13

HEM-Netは2004年5月ベルリンにおいて、ドイツのヘリコプター救急がかくも盛々隆々たる発展を遂げ、高い成果を挙げている理由は何か、その法的根拠はどこにあるのか、といった問題について調査をおこなった。ここに調査結果を掲載し、大方のご参考に供したい。

 

―― 目  次 ――
 

 

第1章 調査の目的と概要

1 調査の目的

2 調査の概要

第2章 ドイツの現状

1 急進展するヘリコプター救急

2 拠点ごとの実績

3 ドイツのヘリコプター数

第3章 インタビュー

1 ゲルハルト・クグラー氏

2 ルドルフ・ミュラー博士

3 ペーター・シュタール博士

4 ヴォルカー・レムケ氏

5 ハンス・リヒアルト・アーンツ博士

6 ティロ・シェフラー氏

7 クラウス・ペーター・バイヤー氏

第4章 ドイツ救急制度と法的根拠

1 ドイツ憲法

2 基本法の規定

3 連邦およびラント

4 ラントの権限

5 救急法におけるヘリコプター利用の規定

6 ヘリコプター運航費の補償

7 社会保障制度

第5章 まとめ

 

【参考資料―1】ブランデンブルク州救急法(要約)

【参考資料―2】健康保険法(抜粋)

【参考資料―3】ヘリコプター救急の経済性

 

 

 

ドイツ調査の目的

 

第1章 調査の目的と概要
1 調査の目的
 本調査は、ドイツのヘリコプター救急システムの充実ぶりにかんがみ、その体制が如何なる法律的根拠にもとづいておこなわれているか、ヘリコプター使用の法的根拠はどこにあるか、ヘリコプターの運航費を社会保険によって負担する法的根拠はどこにあるか、などの課題を想定して実施したものである。

 

 

2 調査の概要
 本調査は、2004年5月中旬ベルリンにおいて、西川渉(HEM-Net理事)および山野豊(HEM-Net諮問委員)の2名により、下記の日程で8人のヘリコプター救急関係者と面談し、実施した。

 

 

 

日付(曜日)
 

面   談   者
5月10日(月) フリードリッヒ・レーコフ社長およびティロ・シェフラー技術部長(ADAC航空救急会社)
ヴォルカー・レムケ氏(NPO法人ドイツ救助航空DRF取締役)
5月11日(火) ゲルハルト・クグラー氏(EHAC:欧州ヘリコプター救急委員会委員長)
ピーター・シュタール博士(ドイツ連邦内務省航空救急部医師)
5月12日(水) クラウス・ペーターバイヤー氏(ユーロコプター・ドイツ社上級部長)
5月13日(木) アーンツ博士(ベンジャミン・フランクリン大学附属病院/ベルリン救急ヘリコプター拠点)
5月14日(金) ミュラー博士(ドイツ16州救急制度統合委員会委員長/ブランデンブルク州医療制度研究部長)

これらの関係者との面談に当たっては、ADAC航空救急会社の前社長で現欧州委員会(EHAC)委員長のクグラー氏にご紹介いただいたところが大きい。また、われわれの帰国後、何人かの人からドイツの関係法規、論文、報告書などを送付して貰った。ここに記して感謝申し上げたい。

 

 

ヘリコプター救急の充実ぶり  

 

第2章 ドイツの現状
1 急膨張するヘリコプター救急体制
 ドイツのヘリコプター救急は全国各地に拠点を置いて、ヘリコプターと医師が待機し、救急本部の要請にもとづいて数分以内に離陸、出動する体制の下におこなわれている。各ヘリコプターの担当範囲は、拠点を中心としておよそ50kmの範囲である。その拠点数および出動実績は下表のとおりである。

 

 

 

2003年
 

2000年
 

出動回数
 

拠点数
 

出動回数
 

拠点数
ADAC  

30709
 

25
 

23567
 

19
ドイツエアレスキュー(DRF)  

24784
 

27
 

14343
 

12
内務省防災局  

19329
 

16
 

19281
 

16
国境警備隊(軍)  

3150
 

3
 

3841
 

3
その他民間ヘリコプター会社  

5251
 

7
 

1956
 

1
 

合  計
 

83223
 

78
 

62988
 

51

[資料]2003年実績は独「ROTOR BLATT」誌2004年3月号。
2000年実績はHEM-Net欧州報告書。

上の表から、次のようなことを読みとることができる。

  • 救急ヘリコプターの拠点数は78ヵ所。日本のドクターヘリの拠点8ヵ所に対して丁度10倍である。(ちなみにドイツの国土面積は357千平方キロで、日本の378千平方キロに対して94%)
  • 拠点数は2000年の51か所に対し、3年間で一挙1.5倍に増加した。
  • 出動件数は1機平均1,066回。2000年の平均1,235回に対してやや少なくなったが、それでも1日3回の飛行。救急の利用といえよう。
  • 運航者のうちADACは、ADAC自動車クラブの傘下にある航空救助会社。出動件数は3年間で30.3%増となった。上表に見られるADAC出動実績およそ3万件は前年比で約1,500件増。これに固定翼機の実績を加えると同社の史上最高31,900件で、前年比12%増になる。ほかにADACのヘリコプターは隣接する国外へも飛んでいるが、ここにはその数字は含まれない。
  • DRFはNPO法人。3年間で拠点数は2.2倍、出動件数は1.6倍となった。ここに示すヘリコプター出動件数24,784件に固定翼機の分を含めると25,759件、国外への飛行も含めると総数32,865件になる。
  • 内務省防災局は、日本の総務省消防庁に相当するといえよう。拠点数も出動件数も3年間ほとんど変わっていない。今後、今の16か所を12か所に減らしてゆく方針と聞いた。
  • 国防軍(国境警備隊)は3か所を担当するが、これも減少傾向にある。
  • 民間ヘリコプター会社は7か所。3年前の1か所から大きく伸びた。夜間飛行など新しい試みをしているためで、今後も増えるもよう。いずれ国の機関に代わるであろう。
  • このようにドイツのヘリコプター救急が急膨張している理由は、経済的な裏付けが確立していること、旧東ドイツ地域の空隙地域に新しい拠点が増えていること、そしてドイツばかりでなくヘリコプター救急そのものが世界中で膨張しつつあることの一環であろう。 
     

    2 拠点ごとの実績
     2003年の拠点ごとの出動実績の中から、最多拠点10か所を抽出すると、下表に示すとおりとなる。

     

     

     

    拠   点
     

    運航者
     

    出動件数
    ベルリン  

    ADAC
     

    2454
    ヴュルゼーレン  

    ADAC
     

    1855
    ハンブルク  

    国防軍
     

    1850
    バイロイト  

    ADAC
     

    1782
    ケンプテン  

    内務省
     

    1690
    ライプツィヒ  

    IFA
     

    1686
    ハノーバー  

    内務省
     

    1636
    ニュルンベルク  

    DRF
     

    1631
    ミュンヘン  

    ADAC
     

    1618
    オクセンフルト  

    DRF
     

    1467

     

    この表から分かるように、最も出動件数の多いのはベルリン市内にあるベンジャミン・フランクリン大学附属病院である。ここではADACのユーロコプターEC135が飛んでおり、年間2,454回、1日平均6.7回の出動を記録している。

     

     

3 ドイツのヘリコプター数

    •  参考までに、ドイツに存在するヘリコプター数は2003年秋の時点で下表のとおりである。

 

 

 

ドイツ
 

備考(日本)
民間機  

696
 

825
軍用機 空軍  

30
 

72
海軍  

81
 

163
陸軍  

688
 

583

 

 

 

 

救急関係者へのインタビュー
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 ベルリンではドイツのヘリコプター救急関係者7人の方々と会って、個別に話を聞くことができた。そのインタビューの結果は、およそ次の通りである。

 

 

1 ゲルハルト・クグラー氏
1-1 EHACの概要
 クグラー氏は先にも述べたようにEHAC(欧州ヘリコプター救急委員会)の委員長である。3年ほど前まではADAC航空救急会社の社長であった。というよりも、ドイツのヘリコプター救急を最初に始めた創始者のひとりである。

最初の拠点はミュンヘンのハラヒン病院で、2001年6月HEM-Net調査団が訪問したところである。その活動内容はHEM-Net調査報告書「欧州ヘリコプター救急の現況と日本のあり方」に詳しい。

EHAC(European HEMS & Air Rescue Committee)は欧州諸国の航空救助に関する連合体で、エアレスキューに関する情報と経験の国際的な相互交換を目的としている。近年欧州の統合が進むにつれて、新しい政策、方針、法規、基準などが出現するようになり、その効果と影響に関しても国際的な検討を加える必要が生じてきた。EHACはそのため、二つの常設ワーキング・グループを内部に設置している。ひとつは「航空医療」、もうひとつは「運航基準」に関する小委員会である。なお欧州ヘリコプター協会(EHA)との間でも連携を保っている。

EHACに加入しているのは、ドイツ、オーストリア、ノルウェー、ポーランド、ルクセンブルク、オランダ、スペイン、スイス、チェコ、スロバキア、イタリア、フランス、イギリスの13か国の救急機の運航および医療関係者。会費は救急拠点数に応じて決められ、投票権も拠点数に応じて異なる。さらにメーカーや病院が賛助会員となている。アメリカ航空医療協会(AAMS)も特別賛助会員である。

 


EHACのマーク
 

 

 

1-2 クグラー氏の見解
 ゲルハルト・クグラー氏の話の概要は次のとおりであった。

  • ドイツは16の州(Land)から成る連邦国家である。したがって行政機構は大きく国(連邦)レベルと州レベルに分けられる。
  • 国レベル(Federal Government level)で見ると、医療問題は政治問題(a political issue)である。国全体の医療体制は「健康維持制度」(HCS:Health Care System)によってカバーされている。
  • 健康保険への加入は全国民の義務である。この場合、各人はどこの健康保険に加入するか、選択することができる。健康保険の仕組みや保険料は政府の監督下にある。
  • 健康保険の加入者は、医療処置に関する費用のすべてを健康保険から給付される。
  • 救急医療も完全に、こうしたHCSの一環とみなされている。したがってヘリコプター救急を受けた患者は、自分が加入している健康保険によって費用を負担して貰う権利を有する。
  • 救急業務の実行は連邦政府の責任ではない。州またはその下にある地方自治体(市や郡)の任務である。
  • そこで州政府のレベルで考えると、救急業務は16州それぞれの制度である。すなわち各州議会の決議によって州ごとに救急法が制定され、救急体制の枠組が定められる。
  • その枠組にもとづいて、救急業務の実施を監督するのは市や郡である。その監督の下で実際の救急業務に当たるのは、ヘリコプター救急を含めて、市や郡との間で公的な契約を結んだ企業や団体である。公的契約なしに救急業務を実行しても、費用は弁済されない。
  • 市や郡は航空救助に関して、申請してきた企業または団体の中から実施者を選定する。ヘリコプターの運航者も市や郡の監督の下で業務を遂行する。救急ヘリコプターの拠点をどこに置くかは、市や郡が決める。原則として、拠点は病院に置かれる。
  • ヘリコプターの運航者はヘリコプターに搭乗する医療スタッフ(医師、救急救命士)の費用を負担する。そのうえで、この費用を含めた金額を運航費として保険会社との間で契約し、支払いを受ける。
  • 国や州は、救急費用に対する補助金を出すようなことはしない。全ての費用は、医療スタッフの費用も含めて、健康保険によって支払われる。支払い金額は年ごとに改定契約がおこなわれる。HCSの費用が増えてゆくのは一般的な現象である。
  • しかし保険会社としては、できるだけ保険金の支払い額を抑えようとする。一方で欧州連合(EU)は「OPR-3」のような新しいヘリコプター運航規則を制定するので、運航費の高騰を招く。場合によって運航者は、ヘリコプターの運航に要した費用の全てを払ってもらえないこともあり、赤字リスクを伴う。
  • 運航者と保険会社の契約単価は飛行1分当りの金額、または出動1回当りの金額で契約する。したがって出動件数が減ると、収入が減る結果となる。

 

 

1-3 根元的な根拠は憲法
 以上のような基本的レクチャーを受けた後、いろいろ話し合っているうちに、根元的な法的根拠は憲法にあるという話になった。といって憲法の中に医療制度や健康保険に関する具体的な細部が規定されているわけではない。

実際は精神的な規定であり、その憲法の精神を実現するために、各州政府が救急法を定める。その場合、実務的な内容が余り大きく異ならないために、各州の間の調整をはかる「16州救急統合委員会」が設置された。

この委員会は、連邦政府の意を帯して何かをおこなうといったものではなく、政府から独立した立場にある。したがって設置に関する法規があるわけではない。また決議事項は各州を縛るわけでもなく、勧告を出すだけである。ただし、委員会のメンバーは各州政府の高位のお役人から成るのでそれぞれに実行され、州間の調和も取れてゆくこととなるのであろう。

この16州委員会の委員長が次のミュラー先生であった。


クグラーさんとの面談 

 

 

 

救急の淵源は憲法
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

(承 前)
 

2 ルドルフ・ミュラー博士
2-1 労働社会健康婦人省
 ミュラー先生は医師である。同時にベルリンに近いブランデンブルク州の「労働社会健康婦人省」という長い名前の役所の研究部長でもある。この役所は日本の厚生労働省に相当するらしい。ただし国レベルではなくて、州の役所である。

ミュラー先生の研究部長としての課題は、その名刺に「平時および緊急時の住民保護のための人命救助体制、公衆衛生、医療制度」と刷りこんである。話の冒頭、自分は公衆衛生など理論的な医学研究者なので、「子どもが熱を出したら、お医者さんを呼びます」と言って、われわれを笑わせた。

もっとも、この先生の話はドイツ語だけだから直接聞き取ることはできない。ブランデンブルク州は1990年まで東ドイツに所属し、ソ連の支配下にあったため、医師や官僚として知的な職業につくためには、おそらく英語などは無用で、ドイツ語のほかはロシア語がものを言ったのではないだろうか。

ドイツ人といえば、同じゲルマン語系に属することから大抵の人が英語をしゃべるのかと思っていたが、これは意外な発見であった。あとで聞いたところでは、東独時代は小学校からロシア語を習いはじめたらしい。やむを得ず、今回は西ドイツ出身の若いドイツ人に英語で通訳をして貰った。

 

 

2-2 レクチャーの概要
 ミュラー先生のレクチャーの概要は次の通りである。

  • エアレスキューは総合的なレスキュー・システムの一部である。ここでいうレスキューとは、危険な状態におちいった人の救護と健康の維持をいう。
  • これらの任務は州政府の義務である。そのため州ごとに「救急法」を定めている。各州の救急法は1970~80年代に成立した。ただしブランデンブルクなどの5州は東ドイツにあったため、1990年の東西ドイツ統一のあとで成立した。ブランデンブルク州に救急法ができたのは1992年である。
  • この法律を管轄しているのは、ブランデンブルク州の場合、自分の所属する労働社会健康婦人省である。これを簡略化して健康省(Ministry of Health)というならば、16州のうち9州が健康省の管轄である。残りのババリア州など7州は、内務省の管轄下にある。ただし内容は、省の如何にかかわらず、ほとんど変わらない。
  • 変わりがない理由は、全国16州の代表で構成する統合委員会(Joint Commission)が存在するからである。ただし、この統合委員会に法的強制力はなく、勧告するだけである。なお、同委員会はヘリコプター救急が始まったばかりの頃、1970年代初めに設置された。
  • ドイツでヘリコプター救急をおこなうには、州政府の認定を受けなくてはならない。認定された救急ヘリコプターは現在、81機である。この81機による救急業務は、主に健康保険によって費用負担がなされる。
  • ヘリコプター81機分の運航費は、総額およそ1億2,500万ユーロ(約175億円)である。1機平均で2億1,600万円になる。
  • こうした費用は、ヘリコプター運航者と保険会社との間で結ばれる契約にもとづいて支払われる。ただし契約は、州政府の承認を受けなくてはならない。
  • 軍用機や内務省のヘリコプターによる救急業務のための保険契約は州政府の承認が不要である。国のヘリコプター救急業務に対しては、保険金の費用負担も部分的になる。
  • 軍用ヘリコプターによる救急業務は、軍本来の任務があり、救急専用機ではないので問題が残る。ただしドイツの現状は、さほど多くのカタストロフィ(危機)が頻発するわけではないので、事実上はほとんど救急出動ばかりで、余り大きな問題ではない。
  • 健康保険によるヘリコプター費用負担の制度は1970年代に始まった。ヘリコプター救急の始まりとほぼ同時であろう。

 

 

2-3 淵源としての憲法
 レクチャーが一と通り終わったのち、ミュラー先生に質問を重ねてゆくと、ふたたび憲法の存在が浮かび上がった。この人も、国のレベルでは憲法が法的な根拠だというのである。

国民は健康に生きてゆく権利があり、国はその権利を保護する義務を持つ。この思想は100年以上も前から国の基本的な法律に生きてきた。すなわち人が病気になったとき、病院で治療を受けたり、入院したり、さらには病院まで搬送されたりすることは国民の権利であり、それを提供するのは公的な義務である。

このような国家の意思を受けて、州レベルで救急法が定められている。そこにはヘリコプターを含む搬送費の負担についても定めがあり、負担の方法も健康保険でまかなうことが規定されている。

具体的には、州政府が保険会社とヘリコプター会社を認定する。認定されたものどうしが契約を結んで、ヘリコプター運航費の保険負担額を決める。ほとんどの場合は、飛行1分当りの金額である。

 

 

内務省にも健康保険
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

(承 前)
 

3 ペーター・シュタール博士
 シュタール先生は、連邦内務省(Bundesministerium des Innern)の航空救急部(Luftrettung)の医師である。話の概要は次のとおりであった。

 

 

3-1 内務省によるヘリコプター救急

  • 内務省が民間救護活動(Zivilschutz)の一環としてヘリコプター救急を始めたのは1974年12月17日と比較的早く、最初の拠点は西ドイツ中央部のカッセルであった。
  • 待機の場所はカッセル赤十字病院屋上。待機時間は午前7時から日没まで。半径50~70kmの地域を担当する。
  • 使用機は5人乗りのMBB BO105小型双発ヘリコプター。搭乗者はパイロットのほか、医師とパラメディック。パイロットは連邦国家警察としての国境警備隊のパイロットが勤めている。
  • 内務省は現在16拠点で救急ヘリコプターを運用している。その出動回数は2003年実績で19,329件。1か所平均1,208件である。
  • 拠点数は1995年に最大となり、22ヵ所を数えた。現在の16か所は来年12か所に減らし、その後も順次減らしてゆく方針。
  • 費用の一部は健康保険でまかなわれている。1分当り28ユーロ程度(約3,920円)。1時間当りにすれば約235,200円ということになろう。

 

 

3-2 緊急時の僕の友だち
 カッセル赤十字病院には、幼稚園児から小学生や中学生など、沢山の子どもたちがヘリコプターの見学にやってくる。そしてヘリコプターの実物を見ると目を輝かせて仕事の内容を聞き、人の命を救うヘリコプター救急に大きな関心をもって帰って行く。

だが、せっかくの子どもの興味も、そのまま放っておけばすぐに薄れてしまう。子どもたちの興味をもっと強く、長くつなぎとめておくにはどうすればいいか。病院のスタッフとヘリコプター関係者の考えた結果、数か月前にすばらしいアイディアを思いついた。それが今年5月8日、小さな可愛らしい絵本の出版となって実現した。

それはカッセル赤十字病院のヘリコプター「クリストフ」を主人公とし、子どもの目から見た救急活動のもようを描いた物語である。本の表題は『クリストフ――いざというときのぼくの友だち』(Christoph――mein Freund im Notfall)。内容はいくつかのエピソードから成っていて、ドイツ全体のヘリコプター救急体制についても理解できるように書いてある。値段は15ユーロ(約2,100円)であった。

 

 

治療着手は15分以内
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

(承 前)
 

4 ヴォルカー・レムケ氏
4-1 DRF救急飛行隊
 ヴォルカー・レムケ氏はDRFの国際担当役員である。DRFとはDeutsche Rettungsflugwacht e.V.――すなわち社団法人ドイツ救急飛行隊の略で、ヘリコプターと飛行機を使った救急専門の非営利団体(NPO法人)である。1973年からヘリコプターによる救急飛行を開始、当初はドイツ国内だけの活動だったが、最近はオーストリアおよびイタリアと組んで国際的な活動をするようになり、提携団体も合わせて6団体に増え、「ティームDRF]と呼ぶようになった。

3か国を合わせた拠点数は42ヵ所、ヘリコプター保有数は53機、医師700人、看護師やパラメディック500人、パイロット180人、整備士80人を擁して、国際的な救急体制を形成している。2003年には32,865件の救急出動をした。うち24,784件がドイツ国内の出動である。

その事業拡大ぶりは、先のドイツ救急実績でも見たように、2000年以来の3年間で拠点数は12か所から27か所へ2倍余りに増えてADACを追い抜き、出動件数は14,343件から24,784件へ1.7倍の増加となった。

 

 

 

 

4-2 保有機材
 DRFのドイツ国内での使用機材は、ほぼ次表のとおりである。

 

 

 

機     種
 

機   数
ヘリコプター BK117  

20機
BO105  

12機
EC135  

3機
ジェット機 リアジェット55  

1機
リアジェット35  

3機
 

合     計
 

39機

 

 

 

4-3 会員制度
 DRFはNPO法人として、ドイツ版のREGAをめざしている。会員は今のところ約25万人で、REGAの158万人(2000年現在)には及ぶべくもないが、気宇は壮大。話をしてくれたレムケ氏の語調にも満々たる意欲がうかがえた。

収入は4分の3が健康保険、残りは会員からの会費や寄付である。この比率は会員数が少ないだけに、REGAとはほぼ逆の関係になっている。

会費は1人30ユーロ(約4,200円)。夫婦と子ども2人程度の家族では60ユーロ(約8,400円)。

一方、健康保険からの受け取り金額は機種によって異なるが、1分当り40ユーロ程度(約5,600円)というから、1時間当り35万円弱になる。

DRFのドイツ国内の拠点数は27か所。ADACを抜いたといっても、REGAのように全国土をカバーしているわけではない。それでも会員は、DRFの拠点がない地域にも存在する。その人びとが何を期待して会員になったのかを訊くと、レムケ氏は「直接の期待はない。ドイツ救急医療の質の向上である」と言い、そんなはずはないと何度聞いても「ハイクォリティの救急医療」を繰り返すばかりであった。

強いていえば、国外からの救急帰還搬送にはどこへでも飛んでゆくから、国外旅行中に問題が起これば直接の利害に結びつくこととなる。

また国内の担当地域では、当然のことながら、会員であろうとなかろうと、また国籍の如何を問わず救急出動をしている。

 

 

4-4 救急医療の質の向上をめざす
 レムケ氏と話をしていて、この人の口からは何度も「ハイクォリティ」という言葉が聞かれた。自分たちは高品質の救急医療をめざしているのだというのである。しかも、それは関係者だけの目標ではない。ドイツ国民全体の願望でもある。多くの人びとが直接の利害関係なしでDRFの会員になり、会費を払い、寄付をしてくれるのは、そうした気持ちのあらわれである、と。

確かにDRFの文書には次のような文言が書かれている。

「われわれは危難に襲われた人びとを救うために、それが誰であろうと、また宗教や人種が何であろうと、直ちに出動する。われわれは過去30年間、航空機を世界150か国以上に派遣して3万件の帰還搬送をしてきた。

われわれは人命救助のために最高度の医療スタッフを擁し、われわれの『アラート・センター』は1年365日、1日24時間、一刻の休みもなく監視体制を取っている。そこに働くミッション・マネジャーは豊富な経験の下に所要の手配すべてを完遂してゆく。たとえば先方の政府当局や病院と交渉し、ビザ、着陸許可、上空通過許可を取得する。いくつかの国ではこれらの永久許可を認められている。

国外への飛行は、目的地が欧州圏内ならば2時間以内に離陸、その他の地域でも6時間以内に出発する。機内には長年の経験を積み、特別な訓練を受けた医師、パラメディック、パイロットが乗り組む」

 

 

 

 

4-5 DRFの発展
 ここに至るまで、DRFはどのような経緯で発展してきたのか。その文書は「DRFの歴史はエア・レスキューの歴史」と題して、次のように書いている。

「1969年5月3日のこと、8歳になるひとりの少年がプールからの帰り道で車にはねられた。現場近くにいた人びとが直ちに救急本部や警察に電話をかけた。しかし何度電話をしても、救急車は現れない。やっと到着したのは1時間以上たってからであった。

大けがをした少年にとって、この待ち時間は余りに長すぎた。彼は病院へ行く途中、救急車の中で死亡したが、あと数日で9歳の誕生日を迎えるという日のことだった。

この事件を知った人びとは、少年が決して死ぬ必要のなかったことに気がついた。そして1969年の当時、ドイツ救急医療体制の欠陥として、次のような問題が指摘された。

  • 24時間体制の救急本部がない
  • 殆どの救急車に無線機がない
  • 救急搬送中の治療ができない
  • 全国的な救急電話番号がない

少年の死から何日もたたずして、両親は自ら基金を出して、少年の名前をつけた財団をつくった。その目的は救急体制の迅速化、緊急連絡体制の整備、救急医療の質の向上である。

財団はすぐに地上の救急体制を補うものとして、航空機による救急体制が必要であることに気がついた。そこで寄付を募ってヘリコプターを購入、『クリストフ2』と名づけて内務省に提供した。内務省は、それを使って救急業務を実行に移した。

やがて1972年9月6日、非営利団体DRF(ドイツ・エアレスキュー)が設立された。半年後の1973年3月19日には独自の救急拠点をシュツットガルトに開設、救急ヘリコプターを配備した。

DRFは1984年、ビジネスジェットに救急装備をしたアンビュランス・ジェットを購入し、国外からの帰還搬送に乗り出した。1988年ルクセンブルクに拠点を置き、『ルクセンブルク・エアレスキュー』の業務を開始した。2002年にはオーストリアやイタリアとも提携関係を結び、『ティームDRF』と呼ぶ国際的な協力体制を整えた」

 

 

 

 

4-6 現場到着までの許容時間
 DRFのレムケ氏との話の中で、医師が救急現場に到着するまでの時間制限が法規上定められているかどうかを訊いた。むろん定められているというのが氏の答えである。帰国後インターネット上で、この問題に関する論文の所在を教えられた。

内容は医師が救急現場に到着するまでの法的時間制限(Legal Time Limit)に関するもので、この規定は16州のすべてに存在する。ただし基本的な「救急法」の規定ではなく、実施細則とでもいうべきものである。また規定の内容が少しずつ異なっていて、論文はそれぞれの規定を比較したうえで、もっと内容をそろえるべきだという論旨になっている。

そろえるべきかどうかは別として、各州の規定の仕方を見て行くと、たとえば次のようになる。「できれば10分以内、最大15分以内――達成目標95%」「原則として15分を超えてはならない」「原則12分、最大15分」「原則10分――目標95%」「原則14分、へき地17分――目標95%」といった文言である。

そこで表現の仕方を無視して、制限時間の数字だけを抽出して表にまとめると次のようになる。

 

 

ドイツの救急許容時間  

許 容 時 間
 

州 の 数
 

10分以内
 

5
 

10~15分
 

1
 

12分
 

3
 

12~15分
 

1
 

14~17分
 

1
 

15分
 

3

 

これで14州になる。残り2州のうちベルリンは数字の規定がなく、「現救急体制の中で最速の手段」を使うというような意味が書いてある。もうひとつのウェストファーレンは「到着時間に関しては、監督官庁の指示による」となっている。

いずれにせよ、これらの規定は救急医療が時間的な制約の下でおこなわれなければならないことを明確に示したものである。「救急は時間との闘い」などというお題目は誰でも知っているが、現場だけの奮闘や努力にまかせるのではなく、制度として確立させたところが重要であろう。

 

 

 

 

4-7 各州の「救急法」
DRFレムケ氏からは、帰国後もうひとつドイツ各州のすべての「救急法」が掲載されたインターネット・サイトを知らされた。これにより、われわれはいつでも自由に、ドイツのどの州でも直接「救急法」を読むことができる。

 

 

医師は治療に専念
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

(承 前)
 

5 ハンス・リヒアルト・アーンツ博士
5-1 ドイツ最多の出動回数
 アーンツ先生は、ベルリン市内のヘリコプター救急拠点、ベンジャミン・フランクリン大学附属病院の救急医である。救急医療と心臓などの循環器系統が専門で、精悍で老練な感じのするベテラン医師であった。

この病院はADACのEC135ヘリコプターを使って、2003年は2,454件、1日平均6.7件の飛行をした。ドイツ全土78か所中、最も出動回数の多い拠点である。

ヘリポートで話を聞きはじめると、早くも先生の腰につけた呼び出しベルが鳴り出し、そのまま飛び立つことになった。待機室からパイロットが出てきてエンジンを始動、その横にパラメディックがすわり、アーンツ先生が後席に乗りこむ。離陸までの時間は2分とかからなかった。

30分ほど待っていると、ヘリコプターが戻ってきた。患者が乗っていないので話を聞くと、17歳の女の子が心臓病か何かで体調が急変したため救急出動ということになったらしい。しかし、行ってみると歩けるようになっていたので、応急手当の後は救急車で搬送することにしたという。

 

 

5-2 治療に専念
 アーンツ先生と話をする中で、日本には残念ながらドクターヘリの拠点が8か所しかないという話をしたところ、先生いわく「さあ、ドイツにはどのくらい拠点があるのかなあ。よく知らないけど、たぶん日本よりは多いんじゃないか」という答えが返ってきた。

なるほど、毎日6回も7回も飛ぶようでは、患者さんの治療に当たるだけで大忙し。全てをそのことに集中して、制度の問題などは眼中にない。治療に専念する行き方が、医師としては当然のことながら、まことに羨ましかった。

そうでなくとも不足がちのベテラン医師が、患者を診る前に政府の委員会で医療制度について議論を交わし、検討や提言や文書づくりを繰り返しながら、いつまでたってもラチがあかないという状態はどこかおかしいのではあるまいか。

 


こちらはコートを着ている寒風の中で、半袖のまま飛び回るアーンツ博士
 

 

 

5-3 判断基準は時間
 ドイツでは救急車にも医師が乗っている。したがって、アーンツ先生の話によると、ヘリコプターが出動するかどうかは患者の病状や怪我の程度に応じて判断するよりも、ヘリコプターと救急車とどちらが早く現場に到着できるかを考える方が多い。ヘリコプターが早いとなれば躊躇することなく出動をかける。つまりはヘリコプターも救急車も全く同列に扱われており、判断基準としても時間差の問題だけなので、きわめて単純で容易に判断できる。

 

 

5-4 子供の情景
 そんな話をしているところへ、若いお母さんが小さな子ども2人を連れてヘリポートにやってきた。初めは遠くからながめていたが、パイロットがどうぞと言うと、3人はヘリコプターの直ぐ傍まで行って機内を覗きこんだりしていた。お母さんが子どもたちに「これで病気の人を運ぶのよ」とでも説明しているのであろう。

ADACの救急ヘリコプターは独自の黄金色に塗られている。人はこれを「金色の天使」と呼ぶが、子どもたちが小さいうちからこうして天使の存在を知り、人命救助の大切さを理解するようになれば、ドイツの救急体制はますます充実してゆくにちがいない。先に見たようなドイツ・ヘリコプター救急の発展ぶりは、こうした社会的な基盤に支えられたものといってよいであろう。

下の写真は、このときの「子供の情景」である。

 

 

 

 

クリストフ、早く来て!
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

(承 前)
 

6 ティロ・シェフラー氏
 ADACではティロ・シェフラー技術部長から『ADAC-Stationsatlas』を受領した。A4版の大きな地図帳である。その内容はADACだけでなく、ドイツ全土のヘリコプター救急拠点について、1拠点2頁ずつの見開きで、半径70km範囲の円形地図、拠点ヘリポートの写真、そして拠点に関するこまかいデータが掲載してある。

拠点データの記載事項は、たとえば上に見たベルリンの場合は次のようになる。

 

 

航空救助業務の運営主体 ベルリン市内務部
運航者 ADAC航空救助有限会社(本社ミュンヘン)
使用ヘリコプター ユーロコプターEC135P2
所在地 (略:住所、電話、FAX、ウェブ・サイトなど)
連絡方法 (略:電話、FAX、電子メールなど)
緯度経度(標高) 北緯52°26’38”、東経13°19’29”(130ft)
医師 ベンジャミン・フランクリン大学附属病院麻酔科、循環器科専門医師
救急補助者 ドイツ赤十字
パイロット ADAC所属
救急指令センター ベルリン救急指令センター(住所、電話、FAXなど略)
無線チャネル (略)
出動要請者 ベルリン救急指令センター(電話など略)
無線コールサイン 「クリストフ31」(ヘリコプター)、「救急指令センター」、「フローリアン・ベルリン」(病院)
予備機 ADAC航空救助有限会社(本社ミュンヘン)
運航開始 1987年9月1日
待機時間 午前7時~日没(最大20時間)
年間出動実績 2,093件(2002年)

 

なお、この地図帳は昔から断続的に出版されていて、救急拠点の増加につれて次々と改訂がなされており、受領したのは2003年5月版である。本書には下の表紙に示すとおり、「クリストフ、早く来て!」という副題がついている。

 

 

 

 

余談ながら、この本の副題にある「クリストフ」の由来は、昔「オフォラス」という巨人が幼児期のキリストを背負って夜の川を渡ろうとした。そのとき小さなキリストから異様に思い体重がかかって水面が下がり、それによって無事に渡りきることができたという伝説がある。そこから巨人はキリストを背負った人という意味で聖クリストフォラスと呼ばれ、旅人の守護神とみなされるようになった。

この神話にちなんで、ADACは1970年、ヘリコプター救急を始めるに当たって、救急機に愛称をつけることになり、自動車のドライバーを守るのに最もふさわしい呼称として「クリストフ」を採用した。それにより、ミュンヘン・ハラヒン病院に待機することになった救急ヘリコプター第1号には「クリストフ1」という名前がつけられ、フランクフルトの救急2号機はクリストフ2、ケルン機はクリストフ3というように、ドイツの救急ヘリコプターは全て「クリストフ何番」という愛称を持つようになった。

そのミュンヘンの「クリストフ1」を初めて飛ばしたADACヘリコプター救急事業の創始者、本報告書でも先に登場していただいたゲルハルト・クグラー氏は数年前に生まれたお孫さんにクリストフという名前をつけた由。

つまりクグラー氏にとって、ドイツの救急ヘリコプターは孫にも匹敵する可愛い存在ということかもしれない。

 

 

ヘリコプター救急の経済効果
 

 

 

 
 

第3章 インタビューの結果
 

7 クラウス・ペーター・バイヤー氏
 バイヤー氏は、ユーロコプター・ドイツ社の民間ヘリコプター事業部にあって、救急問題を担当する上級部長。

この人から帰国後、『ヘリコプター救急の経済的効果の測定』と題する論文が送られてきた。ケルン大学交通科学研究所の教授、ヘルベルト・バウム博士が今から15年前、1989年に書いたものである。

もとよりドイツ語の論文(A4版12頁)だが、この論文は10年ほど前、クグラー氏から英訳版を貰ったことがある。その要約を本報告書

 

 

基本的根拠は憲法  

 

第4章 ドイツ救急制度と法的根拠
1 ドイツ憲法
 前章において、多数のヘリコプター救急関係者とインタビューした結果、救急に関する基本的な法的根拠は憲法にあるという結論に達した。

ドイツの憲法は、「ドイツ連邦共和国基本法」(Grundgesetz fur die Bundesrepublik Deutschland)と呼び、1949年5月23日に制定された。当時は西ドイツだけのもので、「憲法」と呼ばずに「基本法」とした。その理由は、いずれ東西ドイツ統一のあかつきには改めて正式な「憲法」を制定しなければならないと考えたためで、基本法はあくまで暫定的なものとみなしたのである。

実際は、しかし1990年いよいよ東西の統合が実現することになったとき、早期統一をめざす両国にとって全く新しい憲法の制定は時間がかかること、また東ドイツの経済が社会主義体制崩壊と同時に急速かつ深刻な破綻状態に陥ったことなどから、東ドイツが西ドイツへ加入または編入される形を取ることになった。これにより西ドイツのいわゆる「ボン基本法」が多少の修正を加えただけで、今の「ドイツ連邦共和国基本法」として残った。

これは実質的には西ドイツによる東ドイツの「吸収合併」で、「東ドイツ憲法」は姿を消した。余談ながら、「ドイツ連邦共和国基本法」は1949年の制定以来、最近までに約50回の改正がなされている。

 

 

2 基本法の規定
 以上のようなドイツ基本法の中に救急の淵源があるとすれば、それは第何条だろうか。全146条を読んで、それと思われるところは第1条第1項しかない。すなわち、基本法第1条は次のような規定になっている。

 

 

第1条(人間の尊厳、基本権による国家権力の拘束)

(1)人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。

(2)ドイツ国民は、それゆえに、侵すことのできない、かつ譲り渡すことのできない人権を、世界のあらゆる人間社会、平和および正義の基礎として認める。

(3)以下の基本権は、直接に妥当する法として、立法、執行権および司法を拘束する。

 

この第1条第1項について、『西ドイツ憲法の基礎理念』(C.シュターク)は「人間の尊厳を尊重し、かつ保護することを国家に義務づけている。人間の尊厳によって、まず第一に――基礎として――ありのままの人間の生命が考えられている」と説明している。

また「すでに述べたように、憲法の前提には原理や制度だけではなく、人間の生命のような法益も含まれる。この点について、連邦憲法裁判所は、堕胎判決において詳細に論じているので、これは実例として検討されるべきであろう。すなわち連邦憲法裁判所は、妊娠中の生命も憲法の保護を受けるということを根拠づけている」と書いている。

 

 

【参考文献】
◇ 西ドイツ憲法の基礎理念(Vom Grund des Grundgesetzes, クリスティアン・シュターク著、廣田健次監訳、有信堂、1987年9月20日刊)

 

ヘリコプター運航費は保険負担
 

 

 

 
 

第4章 ドイツ救急制度と法的根拠
 

5 救急法におけるヘリコプター利用の規定
 以上により、ドイツの救急法はラントごとに別個に制定されている。したがって16の救急法が存在することになるが、それぞれが余りにかけ離れたものにならぬよう、ミュラー先生のレクチャーにもあったように16州の各代表から成る統合調整委員会が設けられ、相互の調和をはかりながら救急業務のあり方を規定している。

そうした救急法のひとつ「救急、患者搬送および救助業務に関するバイエルン州法」はHEM-Net報告書『欧州ヘリコプター救急の現況と日本のあり方』の巻末に参考資料として付けてある。

このバイエルン州救急法は1974年1月11日、ミュンヘンなどのヘリコプター救急が軌道に乗った頃制定されたものである。その他の州の救急法についても、DRF取締役のレムケ氏から示されたインターネット・サイトで見ることができる。

 

 

6 ヘリコプター運航費の補償
 救急業務に要する費用を社会保険でまかなう問題については、先に引用した『西ドイツ憲法の基礎理念』にいう「社会国家」という概念によって説明できるかもしれない。

同書は「社会国家とは何か」について要旨次のように述べている。社会国家とは、ドイツ基本法の中では法治国家や連邦国家のように詳しく規定されているわけではないが、第20条第1項と28条第1項1段で「社会的」法治国家という形容詞をもって次のように表現されている。

 

 

第20条(国家秩序の基礎、抵抗権)
(1)ドイツ連邦共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である。 (以下略)第28条(ラントの憲法および市町村の自治の保障)
(1)ラントの憲法的秩序は、この基本法の意味における共和制的、民主的および社会的法治国家に適合しなければならない。ラント、郡および市町村においては、国民は、普通、直接、自由、平等、秘密の選挙に基づく代表機関を有しなければならない。(以下略)

 

もう少し具体的にいうと「恐らく次のような内容であろう。すなわち困窮や病気に対して国家的に組織された社会的安全保障制度、国家による社会的機会の調整、不平等の調整、平等な生活状態の創設である」

このような「社会的調整を引き受けることによって、国家は自らの任務と権力を拡大してきた」のである。それが憲法国家ないしは法治国家と呼ばれるもので、その活動はもはや自然のままではなく、憲法によって制御されながら19世紀以来発展してきた。いわば「社会的調整国家」の誕生である。

余談ながら、何故このような国家による社会的調整が必要になるのか。それは国家が基本権としての自由を保障しているからである。自由の保障は必然的に社会的不平等を生み出す。その調整もまた国家の役割ということになる。

こうした役割の一つが病気に対する「社会保障」である。その実現のための資金としては、2種類の制度が考えられる。一つは「一般国家予算による支出」、もうひとつは「連帯共同体の創設」である。後者の場合、国家の義務は組織上の任務だけである。

連帯共同体の創設は、すなわち社会保険制度の創設である。各ラントは、おそらくこうした考え方から、それぞれの救急法の中にヘリコプターの運航費は社会保険によって補填さるべきであることを規定している。

 

ドイツの医療保険制度
 

 

 

 
 

第4章 ドイツ救急制度と法的根拠
 

7 社会保障制度
 ドイツの社会保障は年金、医療、失業、労災、介護保険および児童手当が含まれる。この中の医療保険制度は、日本のような皆保険制度ではないが、一定所得以下の者は強制加入となっているので、アメリカのように低所得者が医療をうけられないというようなことはない。疾病保険は地域企業や同業者などによってつくられた疾病金庫によって運営されている。

医療給付率は、被保険者も家族も10割だが、入院、薬剤については一部個人負担がある。疾病金庫の支出は近年膨大な額になり自己負担が拡大する傾向にある。

日本の医療制度は個人の所得水準に関係なく、低所得者でも高度の医療が受けられる。その平等性が世界的に高い評価を受けているが、この考え方による医療制度はドイツから採り入れたものである。

ドイツの医療政策は公的医療保険という社会保障制度に基づく。具体的にはI割弱の所得の高い人を除いた総ての国民が、公的医療保険に強制的に加入している。高額所得者は公的保険には入れないので、民間保険に加入する。

公的医療保険の加入者は国民の92%に当たる。これにより豊かな人も貧しい人も平等に医療を受けられる仕組みになっている。先進工業国の中には、裕福な人が優先的に良い医療が受けられるけれども、貧しい人はそれができないような国があるが、ドイツにはそれがない。たとえば、日本では高額医療ゆえに保険適応を見送られている心臓移植も、ドイツでは以前から保険でカバーされている。

ドイツは開業医についても定員を設け、地域の偏りをなくすよう規制している。定員は全国558の行政地域ごとに定められ、人口密度、地域性(都市型か農村型か)、住民の年齢、性別、職業などの構成要素や地勢などを配慮して各専門医の対人□割合を出し、定員としている。

開業医は全員が救急業務を義務づけられている。これにより休診日、土曜、日曜、夜間(午後7時~午前7時)には救急勤務が当番制で回ってくる。また一般病院はすべて救急病院になっており、当直医として必ず内科、外科、産婦人科の専門医がいる。病状によって脳外科、精神科、心臓外科などの専門治療が必要なときは、緊急処置をした上で転送する。

家庭医の患者を同僚の医師、救急当番医、専門医、病院の医師が診療した場合、これらの医師は、頼まれた診療や専門的な診療が終ったら報告書をつけて速やかに患者を家庭医に戻すことが義務づけられている。それを怠ると、医師会で罰せられたり、医師の職業裁判所で裁かれたりする。

 

 

ドイツの医療保険は非営利組合である500ほどの「疾病金庫」が運営主体になっている。連邦政府は制度の枠組み決定には参加するが、補助金などの資金は一切出していない。すなわちドイツの医療保険制度は国民の保険料だけでまかなわれ、疾病金庫と医師会によって自主管理されてる。また疾病金庫は被保険者代表と企業代表によって社会的自治が成立しており、弱者救済という社会的連帯が掲げられている。

 

 

公的医療保険は健康保険業者の持つ疾病金庫(地区疾病金庫、企業疾病金庫、職員補充金庫、手工業補充全庫など8金庫)がまかなう。国民は1997年からどこの保健に入るか自由に選択できるようになった。そのため業者の間に自由競争原埋が生まれ、保険料率にも8.5~14%の格差が生じるようになり、国民が安い加入先を求めて頻繁に変更するケースが増加した。

特に日本の国保に当たるAOK(地区疾病金庫)は財政難から保険料率の値上げをしているところが多く、加入者は減少傾向にある。こうした健保業者間の不均衡は社会問題に発展しているが、未だ充分な解決策は見出されていない。

しかし、この赤字を日本のように税金で補填するようなことはしない。安易に税金で穴埋めすれば、当事者が赤字削減に努カしなくなるという理由だそうである。

 

 

独逸ヘリコプター救急の淵源  

 

第5章 まとめ
1 憲  法
 ドイツ・ヘリコプター救急の法制上の淵源は、憲法に発するというのが本調査の結論である。第3章で述べたように、われわれのインタビューした7人のうち2人から「基本法」すなわち「憲法」という言葉が語られた。

それも憲法の冒頭、第1条第1項の条文である。もとよりこれは、ことさらに救急だけを指すわけではない。広く、国民の生命の保護を国家に義務づけた定めだが、その中に救急業務が含まれることはいうまでもない。

実は、わが日本国憲法にも同じような条項が存在する。第13条(個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重)がそれで、そこには「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とうたわれている。

憲法の中に同じ条文を持ちながら、実際におこなわれている現実の姿を見ると、余りに大きな彼我の違いに愕然たらざるを得ない。

 

 

2 救急法
 ドイツには「救急法」が存在する。当然のように思われるかもしれないが、日本にはそれがない。そのことも改めて指摘しておきたい。

ドイツの救急法は各州ごとに制定され、州政府が主体となって救急業務にあたっている。そのための条項は、それぞれ30条前後に及び、主務官庁、実施者の資格、許可条件、救急手段(救急車、航空機など)、救急設備の内容、出動範囲、患者搬送、守秘義務、救急医、対価と報酬、健康保険の適用などが定められている。さらに実施細則があって、業務遂行上のこまかい規定がある。

ちなみに日本の救急関連法規は、消防法の中の「第7章の2救急業務」として「第35条の6」から「第35条の9」まで4項目の規定があるにすぎない。

消防法が9章46条にわたっているのに対し、救急関連の規定は章も条もない。「第7章の2」として付け足され、第35条の一部に書き加えらただけである。もとより内容が問題であって、条項の数量や形式だけで論ずることはできないであろう。しかし、このような疎外された恰好では、長年放置されてきたことを考えても、どこか「救急軽視」の感が残るのはやむを得ないであろう。

 

 

3 15分ルール
 ドイツ各州の救急法には実施細則があって、第3章で述べたように、15分前後で救急治療に着手すべきことが定められている。治療のためには医師と患者が出逢う必要がある。それには患者が病院へ送りこまれてくることもあろうし、医師が患者のもとへ駆けつけることもあろう。

そうした移動手段は問わない。たとえば医師が駆けつける場合、徒歩でもバイクでもドクターカーでも救急車でも、何であろうと構わない。たとえばベルリンの細則には「最も速い手段」を使うよう定められている。しかし距離が遠かったり、途中に山地や湖水などの障害物があったり、道路が混雑していたりすれば、次はヘリコプターということになる。

つまり患者の緊急度と同時に、医師の到着時間が大きな問題なのである。このことは救急関係者ならば誰もが承知しているが、日本の体制は依然として「救急すなわち救急車」という時代遅れの思想が基本になっているかに思われる。これでは、いつまでたっても救命率は向上せず、避けられた死(Preventable Death)もなくならないであろう。

 

 

4 保険の適用
 ドイツでは救急ヘリコプターの運航費が健康保険などの社会保険でまかなわれる。なぜ保険が適用されるのか。

実は、ヘリコプター救急そのものが保険会社の発想だったからである。ドイツで最初に救急ヘリコプターを始めたADAC(ドイツ自動車連盟)も、事業のひとつに旅行傷害保険を扱っていたが、アウトバーンの事故による保険金の支払いがかさんで、これを抑えたいというのが事の始まりだった。もとより経済的な目的ばかりでなく、人命救護という人道的な考えもあったことは間違いない。

いずれにせよ保険会社は、今も深くヘリコプター救急に関与している。交通事故の多発地域にヘリコプターの救急拠点を設置するといった提言もおこなうらしい。最終的な決定権は州政府のものだが、逆に州政府が保険事業組合に諮問するなどして、拠点整備を決めている。

そのうえで救急法の定めにより、ヘリコプターの費用も保険金から支払われる。いわば「ヘリコプターは保険組合の保険」なのである。

 

 

5 恒久的な基盤整備を
 日本の医療制度は明治の昔から、ドイツの模倣とは言わぬにしても、その制度を横目でにらみながら少しずつ取り込んできた。ドクターヘリの運用方式もそのひとつである。

しかし、法制度を見ただけでも、憲法の条文がお題目のようにうたわれているだけで、あとは何もできていない。救急法もなければ、医学的な理論にもとづく時間制限の定めもない。

そのためか、ヘリコプター救急体制も、ドクターヘリと消防・防災ヘリコプターとの関係があいまいなままで、はっきりしない。ドクターヘリの経済的な裏付けも恒久的な基盤がなく、国および自治体の年ごとの予算によるだけである。

人命救護は国家の義務である。その根本的な実施体制が年ごとの補助金でまかなわれるという現状は、そのこと自体が間違いではないのか。ここは考え方の基本を改め、健康保険、労災保険、旅行傷害保険、自動車賠償責任保険などの適用を具体化し、ヘリコプター救急の基盤を確立すべきであろう。その場合、ドクターヘリばかりでなく、消防・防災ヘリコプターの運航費の一部、たとえば変動費を保険でまかなうといったことも考えられる。

ドイツの現状を見ながら日本のあり方について考えてきた。わが国ヘリコプター救急体制がいっそう普及し、充実することを願ってやまない。

 

 

 

独ブランデンブルク州救急法
 

 

 

 
 

【参考資料――1】

ブランデンブルク州救急法
 

――1992年5月8日施行――
 

 

(抄訳)
 

第1条 適用範囲

第2条 救急サービスの使命

第3条 救急サービスの運用責任者

第4条 救急サービスの組織

第5条 救急組織、公的消防隊、私的第三者の協力

第6条 救急制度に関する諮問委員会

第7条 救急制度に関する助言

第8条 救急本部

第9条 救急隊の拠点

第10条 救急サービスの財政

第11条 法律の制定と行政命令

第12条 暫定規定

第13条 発効と失効

 

 

第1条 適用範囲
(1)この法律は、ブランデンブルク州における救急サービスについて定める。

(2)ここでいう救急サービスとは緊急救助、患者搬送、応急処置を含むものとする。

(3)この法律は、以下には適用されない。

  1. 連邦軍や警察や国境守備隊のための保健衛生サービス
  2. 病院管理の搬送車による患者搬送
  3. 専門的介護や救急搬送を必要としない病人、あるいは何か問題を抱えている人の輸送 
     

第2条 救急サービスの使命
(1)「救急サービス」とは、健康に対する備えと危険防止のための公的使命を果たす業務をいう。

(2)「緊急処置」とは、急を要する患者に対し、先ず生命を維持し容態を悪化させないために迅速な処置を講じ、搬送態勢を整え、専門的な介護の下に救急搬送手段によって、次の段階の医療処置をおこなうための適切な医療機関に搬送することをいう。「急を要する患者」とは、迅速な医療処置を受けなければ生命の危機にさらされ、健康の悪化が懸念される負傷者あるいは病人をいう。

(3)「患者搬送」とは、病人や負傷者あるいは救助を求めている者に対して所要の応急処置をほどこし、医師の判断に従って救急搬送手段をもって搬送することをいう。

(4)多数の負傷者や病人が発生する緊急事態が発生したときは、救急サービスを通じて、救助のための人員および薬剤を迅速に提供しなければならない。

(5)救急サービスに使用するヘリコプター、航空機ならびに水上船舶等は、現時点における有効な仕様と規格を満たしていなければならない。

 

 

第3条 救急サービスの運用責任者
(1)救急サービスの運用責任者は、郡および郡に属さない市である。郡と市は救急サービスの使命を、それぞれの活動領域の使命として実現するものとする。ヘリコプターと航空機による空の救急サービスの運用責任者は郡である。

(2)郡および郡に属さない市は、自治体としての枠内であれば共同の救急サービス機関を設け、共同本部を1カ所に設立し、維持していくことができる。健康問題を管轄する大臣は内務大臣の了解の下に、止むを得ない公益上の必要があれば、郡や市に対してこれを義務付けることが出来る。

(3)救急サービスの運用責任者は、ひとつの救急本部と、必要な数の救急拠点を配置し維持しなければならない。

 

 

第4条 救急サービスの組織
(1)救急サービスの実施は、それぞれの救急サービス地域において、ひとつの統合救急本部によって管理し運営される。

(2)健康問題を管轄する大臣は、内務大臣の了解の下に、管轄地域内の救急事案に対し、遠近を問わず、平均的かつ迅速に対応できるような体制を組むため、州の救急サービス計画を命令として布告する権限を与えられる。郡および郡に属さない市は救急体制を組むにあたって、州法に則った健康保険組合の諸団体、共済疾病金庫、医師会、健康保険医協会の諸団体の同意を得なければならない。救急サービスに参加している限りにおいては、救急関連の諸団体にも同様のことが適用される。

(3)州の救急サービス計画の中には、さらに以下のことが決められていなければならない。

  1. 救急ヘリコプターの拠点
  2. 救急サービスに携わる人員の適性と資格についての必要条件
  3. 緊急救援現場で救急サービスが開始されるまでの制限時間(救急治療開始時間)

(4)救急サービスの運用責任者は、救急サービス管轄区域における計画を策定しなければならない。この計画の中には特に以下のことを定めなければならない。

  1. 救急拠点の場所と担当範囲
  2. 各救急拠点に配備する救急用あるいは搬送用手段の数と仕様
  3. 救急拠点における人的配置および物的な準備

(5)救急サービスの運用責任者あるいは提携病院の運用責任者は、健康保険医協会および医師会と協力して 救急サービスにおける救急患者、救急医の立会いと提携する医療団体での救急患者に対する処置が常に確保されるよう介護に当たらなければならない。

(6)救急サービスの運用責任者はそれぞれの救急サービス領域において、その領域における主導的な役割を担う一人の医師を、救急サービスに従事しているサークルの中から指名する。その医者は、特に以下について責任を持つ。

  1. 緊急の医療的な処置についての専門的な指導と管理
  2. 緊急医療の補習教育

 

 

第5条 第三者への協力
(1)救急サービスの運用責任者は止むを得ない事情が発生した場合、救急サービスの実行を救援組織、消防機関、あるは私的な第三者に委託することが出来る。

(2)前項の委託を受けて救急サービスに参加するものは、救急サービスの運用責任者の命令に従って行動するものとする。委託を受けたものは救急サービス業務に関する限り、人的あるいは物的に法に則って、また実行能力の観点から資格審査を受けなければならない。

(3)企業やNPO法人などの私的第三者が救急業務に参加する場合、救急サービスの権限ある運用責任者の同意を必要とする。この同意は以下の場合にのみ与えられる。

  1. 私的第三者の信頼性、責任能力が保証されていること
  2. 私的第三者、およびその組織の指揮をとる個人について、不信性を証拠立てる事実が存在しないこと
  3. その組織の指揮をとるために指定された人物(複数)が専門的な知識を有すること

この同意には期限がつけられるものとする。この同意は、他の法的根拠によって要求される許可や同意を代替するものではない。この同意は他者に移譲することはできない。

(4)同意の中には以下のことが取り決められていなければならない。

  1. 取り決められた出動の機会において、結果として得られる成果の大きさ、その達成可能性と準備の状態
  2. 規定された救急開始時間(第四条(3)参照)の厳守
  3. 法にのっとった健康的で衛生的な環境の保持
  4. 救急本部や他の責任部署との連携動作
  5. 私的第3者は出動と完了の記録を取り、決められた期間証拠を保存すると共に、救急サービスの運用責任者の要求があれば提出すること。

(5)同意を適用することによって、救急サービスの実施に当たり公的な利益が本法律第2条の趣旨から外れる恐れがある場合、同意は拒否される。この場合は、特に通常の救急サービスにおける平均的な取り決めが考慮に入れられなければならない。その際には投入された人数、開始時間および投入期間ならびにコストと収入の発生もまた基礎にされなければならない。

(6)同意された内容に、重大な変更を加える場合は、救急サービスの運用責任者に通告しなければならない。

(7)その第三者が法的に自己に課された義務あるいは条件と命令を満たせなかった場合同意は取り消されうる。

(8)その第三者は、救急サービスの運用責任者の要請に応じて、同意によって縛られている条件や命令が果たされていることの報告を提出しなければならない。

 

 

第6条 救急制度に関する諮問委員会
(1)健康問題を担当する大臣は、自治体連合の代表者、保険組合の州連合と共済疾病金庫医師会、健康保険医協会、製品提供者の組合の代表者が構成員となって、州の救急制度に関する諮問委員会を設置する。

(2)諮問委員会は、担当大臣に対し、救急制度に関する諮問に対し答申する任務を有する。

(3)諮問委員会の委員とその代理人は、上記(1)項に述べられている団体や、担当大臣によって登録されている連合体からの提案に基づき、5カ年の間会議を構成する。

(4)諮問委員会では、健康担当大臣または大臣によって委任されたものが議長の職に就く。

(5)救急制度に関する諮問委員会は業務規程に従うものとするが、その規程は管轄する大臣の同意を必要とする。

 

 

第7条 救急制度に関する助言
 救急サービスの運用責任者は救急サービス地域内に検討委員会を設ける。検討委員会は運用責任者に対して、担当地域内の救急制度のすべて問題について助言を行う。

 

 

第8条 救急本部
(1)救急サービスの運用責任者は、救急サービス、火災避難所、災害避難所のための共通の本部(救急本部)を設立し、維持するものとする。この共通本部、病院、警察、消防隊そして災害避難所の整備は共同作業として義務付けられる。

(2)この拠点には、整備された通信設備が装備され、コンスタントに維持され、非常警報があっても中断することなく通信されるものでなければならない。(3) 本部には、専門的に資格を備えた救急サービス隊員を置かねばならない。その使命は特に

  1. すべての警報や救急依頼の受付
  2. すべての救急投入に関する管理と調整
  3. その領域における無線通話と配置運用の管理
  4. 本法律第2条第4項の意味において、すばやい対応の確保

(4)救急ヘリコプターの待機拠点を持つ本部は、ヘリコプターの投入を準備する。

(5)この本部は救急領域の中の病院の受け入れ態勢に関する報告を作成する。病院はその報告作成に必要な事項を報告しなければならない。

 

 

第9条 救急隊の拠点
(1)救急サービスの運用責任者と、本法律第5条に基づく救急サービス受託者は、救急サービスのために必要な救急手段と装備品を救急隊拠点に予め備えておくこととする。

(2)救急拠点は目的にかなっている限り、適正な健康組織、特に病院に配置しなければならない。

 

 

第10条 救急サービスの財政
(1)救急サービスの運用責任者は、この法律に従って運用責任者に課されている使命のためにかかかったコストを負担しなければならない。

(2)救急サービスの運用責任者は、救急サービス遂行のための諸規約に基づいて利用料を徴収する。利用料は、需要にマッチした、経済的な救急サービスのコストをカバーするものでなければならない。諸規約の制定の前に、健康保険組合の意見も聞かなければならない。その際に了解が得られるように努めなければならない。

 

 

第11条 法律の制定と行政命令
(1)健康問題を管轄する大臣は内務大臣の同意を得て、この法律を執行していくために必要な規則の整備をする権力を与えられるものとする。特に

  1. 救急部門の人員の教育の法制化
  2. 救急サービス領域における指導的な医師の配置
  3. 本法律第5条に従って救急サービスを委託した団体の管理

(2)健康問題を管轄する大臣は内務大臣の同意を得て、この法律を施行する上で必要な行政命令を出すこととする。

 

 

第12条 暫定規定
 ――略――

 

 

第13条 発効と失効
――略――

 

 

 

ドイツ健康保険法
 

―― 抜 粋 ――

 

【参考資料―2】

ドイツ健康保険法
 

(抜粋)
 

第8章 搬送経費
第60条 搬送経費
(1)健康保険組合は、医療上の根拠によって必要とされた場合、第133条(患者の搬送)に従って行われる搬送を含めて、移動のための経費を負担するものとする。この場合、如何なる搬送手段を使用するかについては、個々の医療的な必要性に応じて決定するものとする。

(2)健康保険組合は、第61条第1項に定める金額、移動ごとの金額を上限として、次の搬送経費を負担するものとする。

  1. 当初の救急施設から別の場所で治療が必要となり、その移送が医療上必要と認められる場合、最初の移送1カ所目の病院への搬送経費。また健康保険組合の同意があれば、患者の居住地に近い病院に移るための搬送経費。
  2. 他の病院への移送が不要の場合は、最初の病院に向かう救急搬送経費。
  3. 救急搬送のための機内で専門的な介護や特別な処置を必要とする場合、あるいは患者の状況から判断してこのことが予期される被保険者の二次的な搬送経費。
  4. 病院での処置が不要になったり短縮された場合の通院による治療のための搬送経費。

(3)以下の経費は移動経費として承認される。

  1. 公共交通機関を利用した場合は、運賃割引を適用した交通費
  2. 公共交通機関が利用できないときにタクシーやレンタカーを利用した場合は、第133条に定める金額
  3. 公共交通機関や、タクシー、レンタカーを利用できず、患者搬送車や救助のための乗り物を利用した場合は、第133条に定める金額
  4. 私有自動車を利用した場合は、乗車1キロメートル毎に、その時点で別途定められた距離による補償の最高金額。ただし上記1~3項で必要となった移送手段を使ったときに発生したと推定される金額を上限とする。

(4)国内において帰りの搬送経費は負担されない。

(5)医療上のリハビリテーションの実行に関しては、SGBIX第53条第1項から第3項に従って初回およびその後の交通費が負担される。

第133条 患者の搬送
(1)救助業務とそれに続く患者搬送の要請に対する給付額が、州や市町村の条例にはっきりと定められていない場合は、健康保険組合またはその所属団体が、第71条第1項から第3項までの注意事項にしたがい、これらの要請に対する補償について適切な機関あるいは企業との間で契約を締結するものとする。契約金額は、最高限度額である。

(2)救助業務の実施要請に対する代償が、州や市町村の条例に明確に定められている場合であっても、以下のような場合には、健康保険組合は、費用の引き受けに対する義務を、経済的に算出される比較可能な支出を限度とすることができる。

  1. 健康保険組合又はその所属団体にとって、代償を決める前に詳細を議論する機会が与えられなかった場合、
  2. 代償の査定の際に、出資経費あるいは準備金の保持経費が考慮されなければならなかったにもかかわらず、これらの経費が、救助業務の実行の保証を上回るような節約という公共の使命によって制限されている場合、あるいは、
  3. 実施の結果が、法律的に想定されていた保証義務に照らして経済的に引き合わない場合。