第1章 調査の目的と概要 1 調査の目的 本調査は、アメリカのヘリコプター救急について、次のような観点から調査をおこなったものである。
- 米国におけるヘリコプター救急体制の全体像の整理
- 米国の交通事故におけるヘリコプター救急の効果
- メリーランド州のヘリコプター救急体制を実地に見学し、警察業務と救急業務の両立について確認する
2 調査の概要 本調査は前項の目的をもって、2005年1月末から2月初めにかけて、西川渉(HEM-Net理事)、山野豊(HEM-Net諮問委員)の2名により、首都ワシントンとボルティモアにおいて関係先を実地に訪問し、実施した。日程と訪問先は次のとおりである。
日付(曜日) 場 所 訪 問 先 1月31日(月) ワシントンDC 米航空医療学会(AAMS) 2月1日(火) ワシントンDC アーリントン墓地(カウリー博士墓所) 米政府刊行物センター
2月2日(水) ボルティモア メリーランド州警察航空隊 2月3日(木) ボルティモア メリーランド州立大学附属病院ショックトラウマ・センター
これらの調査にあたり、上記AAMS事務局ならびにメリーランド州警察では、あらかじめ提示した当方質問に対する資料の準備をしていただいた。加えて警察航空隊では詳しいレクチャーを受けると共に、ヘリコプター試乗の機会をつくっていただき、ボルティモア市内のトラウマ・センターなどを上空から見ることができた。
ここに記して感謝を申し上げたい。
第2章 米国のヘリコプター救急体制
1 医療過疎アメリカ アメリカでは、全国に500機を超える救急ヘリコプターが配備されている。一見多いようだが、国土面積が広いために、配備密度にすれば欧州諸国にくらべてまばらである。したがって1機当たりの担当範囲も広くならざるを得ず、現場到着までの時間もかかるため救急効果も薄くなってしまう。さらに病院間搬送は別として、現場救急にはほとんど医師が乗ってゆかない。その点でも、医師同乗を原則とする欧州に比して救命効果が低いというのが一般的な見方である。
アメリカは、したがって医療過疎の地域が多い。しかし、その一方で航空の発達もいちじるしいところから、航空と医療が結びつくのは必然的な成りゆきであった。いかにまばらといっても、それだけにまた、多数のヘリコプターや固定翼機が救急医療に使われるようになった。
さらに医師が乗る代わりに、メディカル・コントロール体制が発達し、フライト・ナース(飛行看護士)やパラメディック(救急救命士)に徹底的な救急治療の技能と権限を賦与し、ふつうの医師をはるかにしのぐ現場治療が可能となっている。
こうした航空医療体制を少しでも効率よく運用するために、3年ほど前のことADAMSとよぶデータベースがつくられた。これは今回の調査行で最初に訪れた米航空医療学会(AAMS:Association of Air Medical Services)が中心となって、関係各方面の協力を得ながらつくり上げたものである。
2 ADAMSデータベース では、ADAMSとはどんなものか、どんな機能を持つのだろうか。ADAMS(Atlas and Database of Air Medical Services)はアメリカの航空医療サービスのための、初めての地図情報である。これを地理情報システム(GIS:Geographic Information System)と組み合わせてインターネットにのせることにより、全米どこからでも所要のヘリコプター救急体制を知ることが可能となり、交通事故発生に際してのヘリコプター救急も迅速に発動できるようにするのが目的である。
すなわちADAMSには、全米のヘリコプター救急拠点について、数量や文字による情報と地図情報が収めてあり、パスワードを使ってどこからでも利用することができる。現在ウェブ上で動いているのはADAMS第2版で、2004年10月1日現在のデータを収めてある。2005年版も近く完成の予定という。(後記:2005年10月1日から2005年版が動きはじめた)
ADAMSの作成に当たったのは、AAMSと交通事故障害研究所(CenTIR)を中心として、ニューヨーク州立大学、エリー・カウンティ医療センターが協力し、米運輸省ハイウェイ安全局が資金を出した。
ADAMSの基本的な発想は、ドイツの半径50キロ圏の円を描いた地図から刺激を受けたものという。米国で発生する交通事故と多数の死傷者を減らすには、そうした体系的な仕組みが必要と考えたのである。米国のヘリコプター救急は過去30年来、人道的な意義は当然として、各病院の事業拡大も誘因のひとつとして、バラバラに発展してきた。それゆえドイツのような総合的な体系に欠けるきらいがあった。
そこでADAMSは全米のヘリコプター救急拠点を一望できる形にまとめ、上述のようなデータを集積するとともに、これらの拠点から10分、20分、30分で飛べる地域範囲を計算し、地図情報として描くことにした。
この飛行時間距離はヘリコプターの速度から割り出したもので、各拠点に配備されているヘリコプターの機種によって異なり、速度の速いヘリコプターは円も大きくなる。
加えて、ADAMSデータベースに世界的な進歩を遂げつつある高度交通システム(ITS:Intelligent Transportation Systems)を背景とする事故自動通報システム(ACN:Automatic Crash Notification)を組み合わせ、日常的に活用するならば、救急ヘリコプターの出動がはやくなる。それによって死者を減らし、負傷の程度を軽減し、交通事故に伴うさまざまな費用を削減することも可能となる。それがADAMSの実用上の目的であった。
3 大規模災害にも有効 さらにADAMSは交通事故ばかりではなく、大規模災害にも役に立つ。ちなみに、アメリカのさまざまな災害がもたらす結果は、毎年、次のような恐るべき損害となっている。
- 不慮の災害による死者は150,000人
- 不慮の災害による重傷者は2,000万人
- 不慮の災害によって失われる生存可能年数は、平均寿命65歳として年間300万年
- 救急部への搬送患者数3,900万人
- 不慮の災害による経済的損失は5,860億ドル(約60兆円)
- 死亡による損失は年間1兆2,720億ドル(約140兆円)
こうした被害を減らすために、長年にわたってさまざまな救急救援体制が構築されてきた。その中で航空医療サービスは事故現場での救急治療や病院間の緊急搬送など、きわめて重要な役割を果たしてきたことは間違いない。その機能をさらに高めようというのがADAMSにほかならない。
4 ADAMSと交通事故 大規模災害への対応もさることながら、ここでは交通事故に話題をしぼる。救急ヘリコプターは、死者または重傷者が出たり、何台かの車がぶつかり合うような大きな交通事故が発生すると、日常的に出動する。米国では、そうした死傷者を伴う交通事故が数多く発生しており、毎年42,000人以上が死亡、50万人が入院し、25万人が重傷を負っている。
最近10年間の状況は下表の通りである。
表2-1 米国の交通事故
年 事故発生件数
(千件)負傷者(千人) 死者(人) 1994 6,496 3,266 40,716 1995 6,699 3,465 41,817 1996 6,769 3,483 42,065 1997 6,624 3,348 42,013 1998 6,334 3,192 41,501 1999 6,279 3,236 41,717 2000 6,394 3,189 43,005 2001 6,323 3,033 42,196 2002 6,316 2,926 42,815 2003 6,328 2,889 42,643
上の表に見る通り、米国の交通事故は、この10年間、発生件数も死亡者の数もほとんど変わっていない。というよりも、減少の傾向が見えない。関係者のさまざまな努力にもかかわらず、毎年同じように多数の人びとが死んでいる。ただし一方では車が増加し、交通量が増えているので、相対的な死亡率は減少している。具体的な数字は後述する。
さらに近年は、交通事故自動通報システム(ACN)が普及しはじめたので、今後は死者の絶対数も減ってゆくものと見られる。しかし、そのためにはACNによって自動的に、事故の発生が最寄りの911番へ伝達され、即座に対処できるような体制をつくらねばならない。この場合、その地域の救急隊が出動すると同時に、ヘリコプター救急拠点や患者を受け入れる病院施設へも情報が伝わるようにしなければならない。
これによって、患者は短時間のうちに適切な治療を受けることが可能となる。それにはACMとADAMSの組み合わせが有効であろうというところから、米運輸省はADAMSの開発費用を提供し、公共の安全性向上のためにADAMSの実現を支援した。
5 ADAMSの詳細 ADAMSは、繰り返しになるが、救急ヘリコプターに関する所要の情報を集積したデータベースである。具体的にはヘリコプターの出動拠点、通信センター、救命救急センターその他の医療施設などの情報を含んでいる。またヘリコプターの運航にあたる機関――非営利団体、企業、公的機関(警察、消防)、さらに日常的に救急業務を提供している軍隊の情報も含む。
ヘリコプター自体の情報としては、それらが待機する拠点や出先基地ごとに機種、機数、登録記号が記載されている。さらに、これらの文字または数字の情報が地理情報システム(GIS)に組みこまれているため、インターネット上でパスワードを使って、地図として見ることもできる。
これらのアクセス権は、正規の救急機関、AAMS会員、ACN関係者、防災および本土安全保障関係者、救急治療関係者、その他健康福祉関係者などに与えられる。アクセス権者は、ADAMSから取り出したデータにもとづいて、自分の地域の特性に合わせてデータを加工し、実務上使いやすく改変することもできる。
6 地図情報 下のADAMS地図は、米国内でヘリコプター救急がおこなわれている地域を示す。
地図上の青い円は、ヘリコプターが待機の拠点から10分以内に飛行できる範囲を示す。円の大きさは拠点ごとの機種により、飛行速度の違いによって異なる。速度のはやいヘリコプターが使われている地域は、円の形も大きくなる。
ただしヘリコプターの出動要請後、離陸までの準備や現場上空での着陸地点探査の時間がかかるので、実際に救急治療がはじまるのは事故発生から15~20分後ということになる。したがって飛行距離10分という円形は、事故から治療開始まで15分の範囲とみなすべきであろう。
以上によって集積したADAMSの基本データを、州ごとにまとめると表2-3のようになる。ここにはヘリコプター救急事業(プログラム)数、ヘリコプター拠点数、拠点の内訳(病院か、飛行場か、独立したヘリポートかなど)、ヘリコプターの機数が示され、それらの数値と照らし合わすことができるよう、各州の人口と面積ものせてある。
ここから読み取れることは、合計欄に示すとおり、全米のヘリコプター救急事業数が256、ヘリコプター拠点数が546ヵ所、救急ヘリコプター数が658機である。また拠点の内訳は、アメリカの典型とされる病院拠点が227ヵ所で、全体の4割強にすぎない。むしろ空港や飛行場を拠点とする方が病院よりも多く、244ヵ所となっている。その他、独自のヘリポートで待機しているものが75ヵ所である。
このように救急ヘリコプターの待機の拠点が病院でなくてもいいのは、先にも述べたようにメディカル・コントロール(MC)の制度が発達しているためである。このMC体制によって、必ずしも医師が現場へ飛ぶ必要はなくなり、実際にヘリコプターに乗るのはフライト・ナースとパラメディックが多い。彼らは医師に匹敵する救急治療能力と権限を持つので、自らの判断によって現場で救急治療をすることができる。
なお、現在ADAMSに含まれるデータは、実際に救急サービスを提供している救急機関の95%程度を網羅していると考えられている。したがって、このほかにも多少の救急ヘリコプターが飛んでいるはずだが、将来はそれらを取り入れると共に、へき地の救急にあたる固定翼機の情報も取り入れる予定という。
ちなみに国際ヘリコプター協会(HAI)の、米救急ヘリコプターに関する最近の集計は下表のとおりである。
表2-2 米救急ヘリコプターの機数と飛行時間
2005年 1991年 救急ヘリコプター数 650機以上 225機 飛行時間 300,000時間以上 162,000時間
表2-3 米国各州のヘリコプター救急体制(2004年10月現在)
州 プログラム数 ヘリコプター救急拠点 ヘリコプタ数 人口 面積 病院 空港 その他 合計 AL 2 0 4 3 7 7 4,447,100 52,423 AK 8 1 6 1 8 25 626,932 656,425 AZ 9 13 19 5 37 46 5,130,632 114,006 AR 1 2 3 4 9 9 2,673,400 53,182 CA 27 8 34 6 48 60 33,871,648 163,707 CO 4 9 0 0 9 9 4,301,261 104,100 CT 1 2 0 0 2 2 3,405,565 5,544 D.C. 2 0 0 1 1 3 572,059 68 DE 2 1 2 0 3 5 783,600 2,489 FL 26 10 23 2 35 42 15,982,378 65,758 GA 4 2 9 1 12 14 8,186,453 59,441 HI 2 0 2 0 2 5 1,211,537 10,932 ID 5 5 2 0 7 8 1,293,953 83,574 IL 7 9 5 2 16 17 12,419,293 57,918 IN 3 4 3 2 9 11 6,080,485 36,420 IA 6 7 0 0 7 7 2,926,324 56,276 KS 4 2 8 0 10 10 2,688,418 82,282 KY 3 9 4 1 14 14 4,041,769 40,411 LA 4 3 5 2 10 9 4,468,976 51,843 ME 1 2 0 0 2 2 1,274,923 35,387 MD 1 0 10 2 12 16 5,296,486 12,407 MA 2 1 1 1 3 4 6,349,097 10,555 MI 7 6 3 0 9 11 9,938,444 96,810 MN 5 3 5 0 8 11 4,919,479 86,943 MS 3 2 0 1 3 4 2,844,658 48,434 MO 7 8 10 8 26 29 5,595,211 69,709 MT 4 4 0 0 4 4 902,195 147,046 NE 4 6 1 0 7 7 1,711,263 77,358 NV 1 3 2 1 6 6 1,998,257 110,567 NH 1 1 0 0 1 1 1,235,786 9,351 NJ 2 2 1 0 3 3 8,414,350 8,722 NM 3 2 4 1 7 8 1,819,046 121,593 NY 12 3 9 6 18 26 18,976,457 54,475 NC 8 7 2 1 10 13 8,049,313 53,821 ND 2 2 0 0 2 2 642,200 70,704 OH 7 7 11 5 23 24 11,353,140 44,828 OK 2 5 4 0 9 11 3,450,654 69,903 OR 3 1 3 0 4 4 3,421,399 98,386 PA 10 15 15 5 35 37 12,281,054 46,058 RI 0 0 0 0 0 0 1,048,319 1,545 SC 4 3 0 1 4 5 4,012,012 32,007 SD 4 4 0 0 4 4 754,844 77,121 TN 5 10 4 4 18 21 5,689,283 42,146 TX 17 25 13 5 43 54 20,851,820 268,601 UT 2 5 0 1 6 7 2,233,169 84,904 VT 0 0 0 0 0 0 608,827 9,615 VA 9 2 11 1 14 18 7,078,515 42,769 WA 2 1 5 1 7 9 5,894,121 71,303 WV
1 3 0 0 3 3 1,808,344
24,231
WI
8 6 1 1 8 10 5,363,675
65,503
WY
1 1 0 0 1 1 493,782
97,818
合 計
256
227
244
75
546
658
281,421,906
3,787,419
[資料]AAMS
[注]面積の単位は平方マイル。うちメリーランド州(MD)は上表のとおり12,407平方マイル。すなわち32,134k㎡だが、水域を除くと25,315k㎡で、日本の15分の1。
こうした事業が使用する拠点数は1ヵ所とは限らない。複数の拠点を持つところもあるため、総数546ヵ所となる。また、これらの飛行基地に待機するヘリコプターも、1ヵ所に複数機を置いているところもあり、予備機も必要であるところから、機体総数は658機となる。
すなわち、実働機に対して予備機は約2割である。アメリカの救急機は夜間も昼間と同様に飛行するため、予備機も相当な数が必要になると思われる。
下の図3-1は、前章の表2-2に示す州ごとの拠点数を棒グラフに示したものである。各州の拠点数が多いか少ないか一目で分かる。最も多いのがカリフォルニア州で、テキサス州がそれに次ぐ。ただしカリフォルニア州は空港を拠点とするプログラムが多いのに対し、テキサスは病院拠点が多い。そして拠点数第3位がアリゾナ州の37ヵ所、4~5位がフロリダ州とペンシルバニア州の各35ヵ所である。
図3-1 米国各州の拠点数
たとえば救急ヘリコプターが10分、すなわち事故の発生または覚知から15分以内に駆けつけることのできる地域は、アラスカ州では1.5%しかない。逆にデラウェア州では98%に達する。他の48州は、この両極端の2つの州の中間にある。なおワシントンDCだけは、面積がせまいせいもあって、全域が100%カバーされている。
こうした面積比を、大小の順に並べたのが下図3-2の棒グラフである。一例としてネバダ州の地図を挿入してあるが、救急ヘリコプターの飛行10分以内の地域は、州全体の6.5%に過ぎない。
図3-2 各州の飛行10分範囲の面積比
(メリーランド州とデラウェア州が突出して高い)
次に、もうひとつ重要な要件は、表3-1の右側の欄に示す人口比である。たとえば救急ヘリコプターが10分で飛んでこられる地域に住む人の割合は、ヴァーモント州が10%しかない。逆にメリーランド州とデラウェア州は98%になる。
全米50州のうち13州は、人口比が50%以下である。つまり、これらの州では半分以上の人が、救急ヘリコプターの拠点から遠く離れたところに住んでいることになる。
面白いことに、ネバダ州は先ほどの面積比では6.5%しかなかったが、人口比は91.4%にもなる。この州は大部分が砂漠や山岳地帯で、広大な空軍基地や軍事施設も多い。そのため人の住んでいない地域が広い。言い換えれば、ほとんどの人が一部のせまい地域に密集して住んでいて、その近くにヘリコプターの救急拠点が存在することになる。
こうした人口比の順位を棒グラフによって示すと図3-3のようになる。ネバダの例に見るように、面積比とはかなり異なることが明らかである。
図3-3 各州の飛行10分地域の人口比
(ここでもメリーランド州とデラウェア州が突出して高い)以上により、表3-1最下段の合計欄に示すように、アメリカでは2004年10月現在、救急ヘリコプターが10分間で飛行できる範囲、すなわち事故の覚知から15分以内に飛んでこられる地域は、国土の2割以下――19.2%であった。しかしまた、人口の4分の3――74.8%の人は15分以内の地域に住んでいるのである。
表3-1 米国各州の救急飛行10分(治療開始15分)内の
面積と人口の比率
州 面積 飛行10分の面積比 人口 飛行10分の人口比 AK 600,523 1.49% 626,932 63.38% AL 49,181 19.03% 4,447,100 46.59% AR 50,078 23.31% 2,673,400 48.27% AZ 107,778 29.13% 5,130,632 93.53% CA 148,862 37.11% 33,871,648 91.15% CO 97,943 14.96% 4,301,261 85.74% CT 4,675 63.83% 3,405,565 63.80% DC 62 100.00% 572,059 100.00% DE 1,933 97.71% 783,600 97.85% FL 53,749 57.95% 15,982,378 83.20% GA 55,775 29.12% 8,186,453 65.79% HI 6,374 20.14% 1,211,537 77.44% IA 52,848 19.50% 2,926,324 44.66% ID 78,380 10.91% 1,293,953 65.90% IL 52,930 35.13% 12,419,293 81.98% IN 34,221 47.62% 6,080,485 70.05% KS 77,366 19.40% 2,688,418 66.97% KY 37,991 49.08% 4,041,769 69.47% LA 43,788 30.54% 4,468,976 72.35% MA 7,677 53.55% 6,349,097 80.02% MD 9,162 95.26% 5,296,486 97.84% ME 30,265 13.58% 1,274,923 35.96% MI 54,446 22.89% 9,938,444 41.15% MN 79,640 19.97% 4,919,479 72.35% MO 65,744 38.61% 5,595,211 78.23% MS 45,290 16.83% 2,844,658 33.74% MT 138,866 5.20% 902,195 42.80% NC 46,359 33.60% 8,049,313 55.83% ND 66,824 3.43% 642,200 27.83% NE 72,647 18.13% 1,711,263 65.60% NH 8,701 17.10% 1,235,786 26.19% NJ 7,056 67.48% 8,414,350 80.35% NM 115,369 11.25% 1,819,046 64.63% NV 104,111 6.50% 1,998,257 91.39% NY 45,624 40.65% 18,976,457 82.89% OH 38,717 63.26% 11,353,140 85.34% OK 66,165 18.56% 3,450,654 63.54% OR 91,243 7.12% 3,421,399 56.95% PA 42,619 77.35% 12,281,054 95.49% RI 981 34.58% 1,048,319 12.02% SC 29,272 22.38% 4,012,012 50.58% SD 72,576 6.98% 754,844 42.94% TN 39,762 48.74% 5,689,283 76.57% TX 252,474 20.18% 20,851,820 74.12% UT 79,835 7.52% 2,233,169 79.72% VA 37,521 40.43% 7,078,515 77.64% VT 9,026 11.88% 608,827 10.44% WA 63,492 19.07% 5,894,121 78.04% WI 52,744 25.62% 5,363,675 62.86% WV 22,800 27.20% 1,808,344 49.55% WY 91,894 2.09% 493,782 14.03% 合 計 3,443,357 19.20% 281,421,906 74.81%
さらに事故現場で死亡した人――すなわち救急搬送を受けられず、現場の路上で死ぬ人は、農山村が都市部の2倍以上に達する。
同じようなことは交通事故に限らず、脳出血や心臓病など治療着手を急がなければならない急病人についても同様であろう。これはへき地の救急搬送体制や医療施設が不充分だからである。
本章末に掲げる表3-2は米ハイウェイ安全局(NHTSA:National Highway Traffic Safety Administration)の集計した死亡事故分析(FARS:Fatality Analysis Reporting System)にもとづく州ごとの交通事故死亡率である。
この表にもとづいて、車の登録台数10万台あたりの事故死者数を、州ごとにプロットしたのが下の図3-4である。横軸は先の表3-1で見たように、各州の救急ヘリコプターの飛行10分以内の人口比(%)である。この図は、したがって、両者の相関関係を示すものとなる。
図3-4 自動車10万台あたりの事故死者数と人口比との相関
この相関図は、全体がバラついている。相関分析の結果も、図の右上に示すように相関係数R=-0.31に過ぎない。すなわち、横軸と縦軸の2種類の数値は相関の程度が弱い。言い換えれば、交通事故の死者と車の登録台数との間には、いくらか関係があるが、さほど強い関係はないということになる。
ここで相関係数(R)の意味について再確認しておきたい。R=1.0またはR=-1.0で完全な相関があり、R=0で相関なしということになる。こうした相関係数(R)の評価の仕方は下記の通りである。
|
|
-1~-0.7または0.7~1 | 強い相関 |
-0.7~-0.4または0.4~0.7 | かなりの相関 |
-0.4~-0.2または0.2~0.4 | やや相関 |
-0.2~0.2 | ほとんど相関なし |
図3-5 人口10万人あたりの事故死者数と人口比の相関
最後に、交通事故の負傷者数に対する死者数を、飛行10分以内の人口比との関係から見てみよう。
けが人のうちどのくらいの人が死ぬか。この問題は昔から多くの研究調査がなされてきた。とりわけ戦場における負傷兵の死亡の割合は、その救出や搬送にヘリコプターを使うことによって大きく下がることが明らかになっている。
たとえば、アメリカ連邦航空局(FAA)が出している手引書『救急ヘリコプターの危機管理』(Risk Management for Air Ambulance Helicopter Operators、1989年)によれば、第2次大戦中、戦場で敵弾のために負傷した兵士は、治療を受けるまでに平均8時間待たねばならなかった。その結果、負傷兵の死亡率は約10%であった。朝鮮戦争ではヘリコプターが使われるようになり、負傷兵の待ち時間が3時間に減った。外傷治療の技術も向上し、死亡率は2.5%に減った。
そしてベトナム戦争では、米軍負傷兵の9割がヘリコプターで搬送され、1~2時間で治療が受けられるようになった。さらに野戦病院の設備や医薬品も良くなり、死亡率は1%に下がった。実は、こうした実績が、ヘリコプター救急を日常の救急手段として使うきっかけになったのであった。
そこで交通事故の負傷者の死亡率を、救急ヘリコプターが駆けつける早さとの関係から見たのが図3-6である。表3-2の負傷者千人あたりの死者数を州ごとにプロットしてある。
図3-6 負傷千人あたりの死者と人口比との相関
表3-2に示すように、全米50州のうち死者の割合が最も少ないのがニューヨーク州の6.0人、最も多いのがヴァーモント州の35.0人である。なお全米平均では千人あたりの死者は12.2人となる。ただし、この中にはロードアイランド州(5.6人/千人)とニューハンプシャー州(9.3人/千人)は含まない。この両州は統計の取り方が異なるので、除外してある。
そこで上の図3-6を見ると、負傷者の死亡する割合は救急ヘリコプターの飛んでくる早さに応じて減っていることが明らかである。相関係数もR=-0.70で強い関係のあることを示している。
すなわち、交通事故の犠牲者は、救急ヘリコプターの対応が早ければ早いほど少なくなるということができよう。
- 負傷者千人あたりの死亡率:R=-0.70(強い相関)
- 人口10万人あたりの死亡率:R=-0.51(かなりの相関)
- 運転者10万人あたりの死亡率:R=-0.42(かなりの相関)
- 登録車10万台あたりの死亡率:R=-0.31(やや相関)
いうまでもないことだが、交通事故のけが人は一刻も早く救急治療を受ける必要がある。早ければ早いほど死者の数が減って、生存者が増え、予後が良くなり、社会復帰のできる人が増える。
そのためには、ヘリコプター救急体制のいっそうの充実が必要である。上に見たように、救急ヘリコプターの拠点から飛行10分以内に住んでいる人口は全米で75%である。これに対してスイスでは全国土の100%近い範囲が、ヘリコプターで15分以内に到達可能な救急体制ができている。ドイツでも救急患者の84%が要請から15分以内にヘリコプター救急の治療を受けている。
こうした欧州の救急体制にひけを取ってはならないというのが米国の考え方である。日本も当然、そうあるべきだろう。
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そこで本章では、ヘリコプター救急の端緒をつくった救急外科医、R.アダムス・カウリー博士についてご報告する。
カウリー博士は第2次大戦中、陸軍軍医としてヨーロッパ戦線に従軍した。このとき博士は、兵士の負傷の程度が重傷であっても手当が早ければ死ぬことがなく、その後の病状も良好となる例が多いのに気がつく。さらに朝鮮戦争やベトナム戦争では、負傷兵の救護にヘリコプターを使って効果を挙げたことから、国内でも日常的な救急医療にヘリコプターを使えば、いっそう大きな効果があることを察知した。
そこからカウリー博士の思考は「ゴールデンアワー」という理念に達し、その実現のためにヘリコプターを導入するよう提唱した。そのうえで、勤務先のメリーランド州立大学病院を拠点とし、州全体に及ぶヘリコプター救急体制をいち早く実現したことから「ヘリコプター救急の先駆者」とも呼ばれる。
幸い前日の雪は上がっていたものの、案内所で墓の所在地を聞き、教えられた区画(セクション1)へ車で走り、無数に並ぶ墓石の名前を読みながら雪の中を歩き回って、博士の墓を探し当てたときは案内所に入ったときから1時間ほど経っていた。
さすがに博士の墓石は、周囲のそれより一回り大きく、その前には花束が供えてあった。何日か前に誰かが訪れたのであろう。
墓石の正面には R ADAMS COWLEY の大きな文字と、生没年月日(1917年7月27日~1991年10月27日)が彫ってある。裏側には、次のような墓碑銘が刻まれていた。
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ここにも「ゴールデンアワー」を提唱したことが刻まれ、その実現のために最も早い段階でヘリコプターによる救急システムの構築をめざしたことが書かれてある。
たしかに救急治療のあり方は「ゴールデンアワー」の一と言によって変貌し、カウリー博士自身は「近代医学における世界的な重要人物の1人」とされるに至った。
そして長年にわたる研究を続け、メリーランド州立大学に米国初のショック・トラウマ臨床施設をつくった。1960年頃のことで、最初はベッドが2つだけ、後に4ベッドに増えたが、いずれにしてもささやかな施設である。そこに少しずつ患者が送りこまれた。けれども死亡する患者が続いたために「死の病棟」などと陰口をたたかれた。
しかし、やがて回復する患者が出るようになる。その経験と実績から、カウリー博士は手術の技量と同時に、治療の開始が早いか遅いかが問題であることに気がついた。その点について、博士は次のように説明している。
「生死を分けるのはゴールデンアワーです。あなたが瀕死の重傷を負ったとき、生存のチャンスは60分しかありません。といって、1時間以内に死ぬということではありません。ただ、その間に適切な治療を受けなければ、3日後か2週間後か、しばらく経ってから突然、あなたの身体に取り返しのつかない何かが起こるのです」
こうした考え方から、カウリー博士はメリーランド州警察と交渉し、ヘリコプターを使って迅速に重傷患者を自分のショック・トラウマ施設に搬送するよう依頼した。その結果、初めてヘリコプターで患者が搬送されてきたのは、1969年のこと。2ベッドの施設から10年近くたって、施設は32ベッド、5階建てのトラウマ研究センターに発展していた。
この考え方に関心をもったのがメリーランド州知事である。というのも当時、親しい友人が自動車事故で重傷を負ったためであった。そして1973年、メリーランド州として独自の救急医療研究所を設立することになり、その中に実際の救急部門を置いて、カウリー博士が責任者として就任した。
こうしてメリーランド州は米国内で初めて州全体をカバーする救急システムをつくり、本来のショック・トラウマ・センターと並んで世界的な模範体制をつくり上げた。
それ以前の救急サービスといえば、わずかな医療器具をのせた救急車が、患者をピックアップして最寄りの病院へ搬送するだけであった。しかも、患者が運ばれた病院のほとんどは、病状に応じた医療設備や医師が存在せず、助かるべき人も助からないといったことが多かった。
1989年には、新しい8階建てのショック・トラウマ・センターが完成し、カウリー博士の名前が冠せられることになった。現在ではベッド数138。脳や脊髄の損傷など、最も困難な治療を初めとする先端的な外傷治療施設となり、その医療技術は世界最高水準にある。
ここに送りこまれてくる外傷患者は年間およそ7,000人。その4割は交通事故のけが人である。そして3割が工事現場や農業などの仕事中、あるいはスポーツによる怪我。残り2割は、銃撃や刺傷などの暴力その他の一般的災害による被害者である。
同時にショック・トラウマ・センターはメリーランド州全体の救急医療体制の主導的な役割を果たしている。州内には救急部のある病院が48ヵ所、救命救急センターが9ヵ所、特殊専門医療センターが20ヵ所にあるが、ショック・トラウマ・センターはその中核となっている。
また救急車は州全体で600台以上、救急ヘリコプター12機、そして救急医療や搬送のために民間企業を合わせて35,000人の関係者が働いている。この中には医師、看護師、病院職員、救急搬送会社、消防、警察などの人びとが含まれ、専門医のつくったプロトコールにしたがって仕事をする。
こうして大規模な救急医療体制が、カウリー博士の提唱により、ショック・トラウマ・センターを中心に州内全域を対象として構築され、さまざまな外傷患者の治療のみならず、研究や教育にもあたっている。
- メリーランド州内のどこかで救急患者が発生すると、州警察のヘリコプターがパラメディックをのせて現場へ飛ぶ。
- パラメディックは現場で患者の容態を安定させてヘリコプターにのせる。ヘリコプターがショック・トラウマ・センターへ向かって飛行中も、パラメディックは機内で所要の手当をつづける。
- 飛行中のヘリコプターおよびパラメディックとショック・トラウマ・センターとの間では、通信指令センターを介して、連絡が続けられる。
- ショック・トラウマ・センターの屋上には、夜間照明つきのヘリポートが設置されている。
- ヘリコプターが着陸すると外傷治療の訓練を受けた看護師や外傷技士がヘリコプターから患者を受け取り、ストレッチャーにのせ、エレベーターで階下の初期治療室へ運ぶ。このとき、患者の容態がもっと複雑であれば、麻酔医や外傷外科医も屋上まで行って患者を受け取る。
- 外傷外科医は通常の外科医であるほかに、重傷患者の蘇生に関して特別な訓練を受け、その資格を持っている。
- 救急患者は先ずCTスキャンやX線検査を受ける。これで正確な診断が可能となる。
- 初期治療室の隣には手術室があり、そこで所要の手術がおこなわれる。
- 重傷患者は外科的な集中治療を受ける。
- 患者は必要があれば入院し、病院内のさまざまな分野の専門医の治療を受ける。
- 退院した患者は外来部門に通院し、所要の医療を受ける。
カウリー博士は、こうした11項目の要素から成る救急体制をつくり上げた。そして各救急段階で働く職員に対し、誠実と熱意と技能と気力を求め、みずからも先頭に立って努力を惜しまずに働いた。
博士は理想の実現に向かって諦めることはなかったし、誰もそれを押しとどめることはできなかった。今のショック・トラウマ・センター長は言う。「カウリー先生の辞書に不可能という文字はなかった。先生は、どんなにひどい怪我でも何とかして救おうと努力し、必要があれば山でも動かすほどだった。われわれも今、それを見習っている」と。
さらにボルティモア市民の1人は「われわれはアメリカ中で最もすぐれた救急病院のそばで、安心して生活することができる」と語っている。
重ねてセンター長は言う。「われわれの任務は非常に単純です。人の命を救うことです。このことは、センターの発足当初から変わっていません」
確かに、カウリー博士はそのことを座右の銘としていた。もう一度アーリントン墓地に話を戻すと、博士の墓石正面には次のようなリンカーンの言葉が刻まれているのを見ることができる。
「神による生命の創造に次いで、人間にできる最も高貴なる行為は人の命を救うことである」(Next to creating a life, the finest thing a man can do is save one.)
R. アダムス・カウリー博士
ちなみに、警察や消防などの公的機関が日常的な救急業務に当たっている例は、世界的に見ても余り多くない。たとえば今回の調査で訪ねたAAMS(米航空医療学会)が2003年12月に出した「2003 Directory Air Medical Programs」によると、米国内で救急業務に当たっている団体や企業など250以上の中で、公的機関はメリーランド州警察を含めて、おそらく次の7ヵ所だけであろう。
- メリーランド州警察
- ヴァージニア州警察
- ヴァージニア州フェアファックス・カウンティ警察航空隊
- カリフォルニア州サンバーナーディノ・シェリフ
- フロリダ州オレンジカウンティ消防局
- フロリダ州マイアミ消防局
- アリゾナ州パブリック・セイフティ航空部
保有機は次のとおりである。
- ヘリコプター AS365Nドーファン×12機
- 固定翼機 セスナ182単発軽飛行機×1機
ビーチ・キングエア双発機×1機
- 乗員91名(パイロットとパラメディックがほぼ半数。全員が警察官としての訓練を受け、その資格をもつ。ヘリコプターに乗るのはパイロットとパラメディックが1名ずつ)
- 地上職員23名
- 整備士30名
- 資産総額:1.05億ドル(約115億円)
- 年間経費:2,150万ドル(約23億円)――人件費、整備費、燃料費、格納庫の光熱費など、警察航空隊の全経費を含む。ただし航空機の購入資金は別。ヘリコプターの代替購入は20年を目安としている。
- 収入:収入の2割は州警察の一般予算、8割は自動車登録料。
メリーランド州では車のナンバープレート(tag)を取得する登録料として1台につき毎年60ドルを納入する。うち15ドルが救急資金として救命救急センター、州警察、救急車(消防)、パラメディック訓練のために配分される。そのうち3.44ドルが警察航空隊に配分される。メリーランド州の登録車両は約520万台。よって3.44ドル×520万台=1,780万ドルになる。これに一般予算を加えて全経費がまかなわれる。
なお、病院を拠点とする民間ヘリコプター救急は医療保険金によってまかなわれるが、警察は一切受け取っていない。全て上述のような公的費用でまかなわれている。
メリーランド州は23のカウンティ(郡)に分かれ、それぞれに緊急指令センターがあり、一般住民から救急、消防、警察に関する3種類の要望を同じ電話番号911番で受ける。その電話からヘリコプターが必要と判断すれば、警察の運航管理通信センターに連絡する。同センターはカウンティ23ヵ所からの要請を一手に受けて、8ヵ所のヘリコプターに出動指令を発する。
この通信センターに2004年中に入ってきた電話は60,514件、無線は4,311件、合わせて64,825件であった。そのうちヘリコプターの救急出動要請は6,969件であった。
これらの要請に対して、最寄りのヘリコプターが出動していて使えないときは、隣接拠点のヘリコプターを飛ばす。
救急拠点の位置は上図のとおり、8ヵ所にある。このメリーランド州の地図の上の横辺は300km、右の長い縦の辺は約150km、右下の横の辺は60km。また面積は25,000平方キロで、日本の面積37.8万平方キロの15分の1。すなわち日本に当てはめると120ヵ所の配備に相当する。あるいは北海道の面積のちょうど30%である。ということは北海道に25機の救急ヘリコプターを配備したようなことになる。人口は北海道が565万人、メリーランド州が530万人でほとんど変らない。いかに濃密な配備であるかが分かる。
また、メリーランド州の配備密度はスイスと同じでもある。スイスは山岳国のために高い密度になっているが、メリーランド州は警察業務を兼ねているためであろう。これで州内どこでも、ヘリコプターの到着までに20分以上かかるところはない。
図中、番号1が州内最大の都市ボルティモア。われわれの訪ねた警察航空隊、ショック・トラウマ・センター、運航指令センターなどは全てここに所在する。
番号2はアンドリュース空軍基地で、ここからワシントンDC、すなわち首都の救急をも担当する。出動件数は、ボルティモアとともに、それぞれ年間1,000件を超える。
出動要請から離陸までの時間は最大6分と決められている。けれども、ほとんどの場合は4~5分で離陸する。
そこで、メリーランド州警察航空隊は救急、救助、火災に際して次のような場合にヘリコプターを飛ばす。無論このほかにも本来の警察業務がある。さらに、その延長線上で、いま最も重大な課題となっているのは、本土安全保障に関する責務(Homeland Security Responsibility)を如何に遂行するかという課題である。
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[資料]メリーランド州警察
「メリーランド州救急医療プロトコール」には、救急患者の搬送手段として航空、地上、水上などを考え、患者の呼吸、心臓、気道などの様子を見ながら、最寄りのトラウマ・センターに10~15分以内に到着できるか否かによって、手段を選ぶよう定められている。
とりわけヘリコプターの使用に関しては、患者の容態に適した救命救急センターへ早急に搬送することで危険な状態を脱し得るようなときに使うと定められている。その一方で、救急患者が30分以内に容態に適した救命センターに到着できるような場合は、ヘリコプター搬送の意義はさほど大きくないとも書いてある。
いずれにせよ、911の電話受付の窓口に医師やパラメディックが存在するわけではない。むろん所要の訓練を受けた受付係がすわっているが、プロトコールだけでは判断の間違いをすることもある。しかし警察航空隊としては、間違いと思われるときでも、要請を受けたものは全て出動する。そのうえで、あとから医師をまじえて検証し、同じような繰り返しをできるだけ減らすように指導する。このことによってメディカル・コントロール教育が続くことになり、そのための非常勤の顧問医がメリーランド州警察に存在する。
なお、出動の判断は、余り厳密にすぎて、真に必要な患者に対してヘリコプターが出なかったりすることのないよう、ある程度の許容範囲をもっている。
以上を要するに、基本的な重要事項は「時間」である。生命に危険のせまっている患者は、10~15分以内にトラウマ・センターへ運びこまなければならない。そのため、救急車では間に合わないようなときにヘリコプターが出動するのである。
そのうえで救急や警察などの地上班が早く現場に到着して患者の容態が判明し、ヘリコプターの必要がないということになれば途中から引返す。そのための飛行時間はせいぜい10分程度であり、納税者にかかる負担も決して大きなものではないと考えている。
逆に、真にヘリコプターが必要ということになれば、患者にとって貴重な時間を失わずにすむことになる。遠隔地の患者にとっては、ヘリコプターによって救命センターのすぐそばで発病したのと同じような生存のチャンスが与えられることになる。
思うに、日本では「時間」よりも患者の「症状」が重視されることの方が多いのではないだろうか。まず地上の救急隊員が現場に行って症状もしくは容態を確認する。それからヘリコプターを呼ぶので、救急事案の覚知からヘリコプターの出動要請まで、平成16年度「厚生労働科学研究」によれば、全国のドクターヘリの平均が14.2分であった。このあたりを考え直す必要があろう。
さらに病院間搬送のうち39人は未熟児であった。
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[資料]メリーランド州警察
上表で注目すべき点は、全体の出動件数が年ごとに減っていながら、救護された患者数は増えていることであろう。
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救急業務 |
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警察業務 |
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捜索救助 |
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訓練・整備 |
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合 計 |
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[資料]メリーランド州警察
上の表を見ると、両年ともに救急業務が約7割である。また訓練と整備のための飛行を除けば、救急、警察、救助のために2003年は8,115回、2002年は7,623回の出動をしたことになり、その中で救急出動の比率はさらに上がって8割に近くなる。すなわち警察航空でありながら、救急業務を最優先に実行していることがわかる。
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ボルティモア |
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アンドリュースAFB(含ワシントンDC) |
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フレデリック |
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サリスベリ |
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カンバーランド |
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セントゥレビル |
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サザンMD |
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ノーウッド |
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[資料]メリーランド州警察
出動件数の多い拠点は、ボルティモア、ワシントンDCをも担当地域に含むアンドリュース空軍基地、ノーウッドの順となるが、救急出動だけを見ると、アンドリュース、ボルティモア、ノーウッドの順になる。平均すると、1ヵ所あたりの救急出動は753回である。
飛行時間は8ヵ所で4,647時間。1ヵ所平均580時間になる。また出動1件あたりの平均は30分余である。
これらの人びとを、性別、年齢別に見たのが表5-5である。性別では、7割以上が男性である。また年齢別には7割以上が40歳以下であった。
統計事項 |
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年齢層 | 20歳以下 |
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21~39歳 |
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40歳以上 |
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不明 |
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合 計 |
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性別 | 女 |
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男 |
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合 計 |
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下の表5-6は負傷の原因を示す。全体の半分以上が交通事故による負傷である。また銃撃、打撲、刺傷などの攻撃による負傷が2割以上を占める。しかし救急車で搬送されたグループとヘリコプターで搬送されたグループとの間では、負傷の種類が大きく異なり、この表に見られるように地上搬送グループは銃撃や刃物などの攻撃による受傷の割合が3割を超える。一方、航空搬送グループは交通事故が多く、7割に近い。
負傷の種類 |
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打撲 |
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銃撃 |
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刃物刺傷 |
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交通事故 |
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その他 |
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合 計 |
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ISS指標 |
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0~5 |
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6~10 |
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11~15 |
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16~20 |
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21~25 |
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26~30 |
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31~35 |
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36~40 |
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41~45 |
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46~50 |
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51~55 |
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56~60 |
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61~65 |
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66~70 |
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71~75 |
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合計 |
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この図からも分かるように、ISSが20以下では搬送手段の違いによって死亡率が変わるようなことはない。次にISS21~25、26~30、56~60の3つの範囲では、航空よりも地上の方が死亡率はやや低い。しかし、ISS31以上では、ISS56~60の例外を除いて、ヘリコプター搬送の方が死亡率は低くなる。偶然低くなったのではなくて、統計的な意味がある。
上の図と表を整理し直すと、下の表5-8のとおりとなる。すなわち、ISSが31未満のグループでは、地上搬送グループの死亡率が3.1%、航空搬送グループが4.1%で、地上の方が1%低い。けれどもISS31を超えると、航空グループの死亡率は37.1%、地上グループは45.3%で、航空の方が助かる割合が多くなる。
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航空搬送群 | 患者数 |
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死亡数 |
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死亡率 |
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地上搬送群 | 患者数 |
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死亡数 |
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死亡率 |
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重症患者を救急現場から病院まで迅速に搬送すれば死亡率が下がることは昔から知られていた。とりわけ航空搬送の利点は、多くの専門家が指摘している。しかし戦場で有効だからといって、それを直ちに国内で日常的に実施することは、他の搬送手段が整っているだけにむずかしい。
しかし今や、そうした経験的な見方が、上の結果によって統計的に証明された。重症患者の場合は、ヘリコプターで運ぶか救急車で運ぶかによって、その転帰に違いが生じるのである。ヘリコプターに経験豊かな医療スタッフが乗りこみ、受け入れ病院との間で機上から無線連絡を取りながら、高速で患者を搬送することは、昔ながらの地上搬送手段に比べて大きな利点がある。遠いへき地で大けがをしても、ヘリコプターを使えば、医療機関のそばで怪我をした人と同程度の生存の機会が得られるのだ。
すなわちメリーランド州のようなヘリコプター救急体制を取っていれば、州内の住民がいつどこで怪我や病気のために倒れても、誰もが同じように有効かつ高水準の救急処置を受けることができる。これが、ヘリコプター救急が継続できることの理論的根拠にほかならない。
繰り返しになるが、ヘリコプターで搬送された患者は、とりわけ症状の重かった者については、救急車搬送にくらべて明らかに死亡率が低い。具体的にISS31以上の患者については、ヘリコプター搬送の方が生き残る可能性が高いのである。
では、何故ヘリコプターによって生き残る可能性が高くなり、死亡率が下るのだろうか。その理由は、次のようなことであろう。
- 時間的要素――迅速な対応と搬送
- 現場治療の質――ヘリコプターで駆けつけるパラメディックのすぐれた技能
- 搬送先の医療施設――患者の容態に応じて高水準の治療ができる医療施設への搬送が可能
メリーランド州警察のパラメディック、カー警部は救急医療サービス・システム研究所の集積したデータにもとづいて、ヘリコプター利用の結果がどのような転帰をもたらしたかを、上のように検証した。検証の結果は、重篤の外傷患者を、適格のスタッフによって航空搬送すれば死亡率が下がることが明らかになった。しかし、同時にまた、患者を受け入れる側の病院施設も高水準の治療が可能でなければならないという結論である。
[参考文献] SGT. Walter A. Kerr, Baltimore Section Supervisor, Maryland State Police Aviation Division & Department of Emergency Health Services, University of Maryland, “Difference in Mortality Rates among Trauma Patients transported by Helicopter and Ambulance in Maryland”, Prehospital and Disaster Medicine, 1999.
ADAMSによれば、救急ヘリコプターが15分以内に飛んでくることのできる地域は、全米の国土面積の2割以下であった。しかし人口は、4分の3がその範囲に住んでいるので、救急体制としはかなり良いように思われた。しかし交通事故に絞って考えるならば、どのくらいの道路がヘリコプターで15分以内の範囲に入っているかが問題となる。
実は、全米では州および国のハイウェイの総延長距離の中で、ヘリコプターが15分以内に飛んでこられる部分は33%しかない。まさしく道路というものは、田舎でも山中でも、人の住んでいないところでも延々とつながっていなければならない。とりわけ幹線道路はそうであろう。
そのような辺鄙な土地を走る道路上で事故が起これば、救急体制が不備であるばかりでなく、目撃者もいないかもしれない。したがって救助が遅れる。先に見たACN(交通事故自動通報システム)を車に取りつけることの意義はそこにある。しかも、それがADAMSデータベースとリンクすれば、迅速な救急出動が可能となる。
メリーランド州の場合は、州自体の面積もさほど大きくないうえに、ヘリコプター救急拠点を8ヵ所に置いて濃密な体制を組んでいる。そのため人口の98%はもとより、面積的にも95%がヘリコプターによる「黄金の15分」の範囲に入る。したがって道路もほとんどヘリコプターの救護範囲にあるはずで、救命率も全国平均を上回る結果となっている。
このもようは表5-9に示すとおりである。たとえば2002年の死亡率、すなわち車の走行距離1億マイル当たりの死亡者数は、全米の平均が1.5人、メリーランド州が1.2人であった。この状況は過去にさかのぼって1968年からの経過をたどってみても、常にメリーランド州の方が低い。
また、この35年間の死亡率の低下は、メリーランド州が4.6から1.2へ74%減となったのに対し、全米のそれは5.2から1.5へ71%減だった。減り方としてもメリーランド州の方が大きいわけである。
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[資料]米政府およびメリーランド州統計資料から作成
上の表で死者の数だけを見ると、この35年来ほとんど変わっていない。アメリカの交通事故といえば、最近は一口に死者42,000人という状態が続いている。したがってドイツのような「死者半減」という顕著な結果が見えず、いくらヘリコプターを使っても無駄ではないかという議論が出るかもしれない。しかし、ヘリコプター救急がここまで普及しなければ、死者はもっと多かったはずである。
事実、死亡率は上述のように7割以上の低下を示している。言い換えれば、車の数が増え、走行距離が伸びた割には、死者が増えていないのである。
- 警察機の使用
- 警察業務との両立
- 高密度の拠点配備
警察機を使うという発想は、カウリー博士のものである。勤務先が州立病院だったせいもあって、州警察の航空体制を利用することに思い至った。そのことによって、新たなシステムをつくる必要がないので経費がかからない。特にヘリコプターや通信システムなどは既存のものをそのまま利用することができる。したがって経済的に安く、時間的に早く実現することができる。
というので、新たに次表のような救急業務がメリーランド州警察に与えられることになった。
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一方では、しかし、警察本来の任務がある。これをやめるわけにはいかない。その任務は以下のとおりだが、メリーランド州警察航空隊はこれら本来の任務をこなしながら、救急業務を進めている。
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問題は、こうした警察業務と新しい救急業務の双方を過不足なく遂行してゆくことである。下手をすれば、どちらも中途半端なアブハチ取らずになってしまう。
そこでカウリー博士の強い要請によって、寸刻を争う救急患者の命を優先することになった。すなわち「救急業務優先」を基本原則として、具体的に次のような飛行条件を定めている。
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余談ながら、ここで使われている航空機にはテレビの生中継装置などは装着されていない。これはメリーランド州ばかりでなく、欧米のほとんどの緊急機関でも同様である。言い換えれば情報収集のためにテレビの生中継を使うようなことは、どこでもしていない。
では、どうするのか。メリーランド州の場合は先ず固定翼機を使用する。その機上から目視で災害現場を見ながら、無線を使って口頭で現場の状況を本部に伝える。後刻の確認と記録のために映像が必要な場合は、手持ちのビデオ・カメラを回す。
ヘリコプターを使う場合も同様だが、情報収集のためには固定翼機の方が速度がはやく、コストが安く、よほど効率が良い。
以上のようにして始まったメリーランド州のヘリコプター救急は、警察航空隊とカウリー博士のショック・トラウマ・センターとの協力体制によって大きな救命効果を挙げた。博士自身の論文にも「1969年、ヘリコプター救急の始まった当初、メリーランド州立大学病院に搬送されてくる外傷救急患者は、死亡率が50%に近かったが、72年には20%を切るころまで下がった」と書いている。わずか4年間で半分以下になったのである。
そこで、この有効な体制をショック・トラウマ・センターのあるボルティモア周辺ばかりでなく、州内全域に広げようということになり、拠点数を増やしていった結果、今の8ヵ所になった。この8ヵ所は、先にも述べたとおり、日本の面積に当てはめるならば120ヵ所の配備に相当する。つまり、きわめて濃密な配備であり、それだからこそ警察業務との両立も可能なのであろう。
こうして、メリーランド州警察航空隊は、警察と救急の二つの任務をこなしながら、すぐれた成果を挙げている。
ADAMSで見たメリーランド州のヘリコプター救急拠点
それ以来、MSPは10万人以上の患者を救護してきた。加えて、捜索、救難、救助によって多数の人命を救ってきた。もとより、これらの患者や遭難者は、MSPから一片の請求書も受け取ってはいない。
その一方で、MSPが本来の警察業務にも怠りなかったことは、先に言及したとおりである。おそらくMSPは、救急に関しては世界で最も多忙な公的ヘリコプター機関といってよいであろう。そのことは、われわれの訪問時、航空隊長からも自負の言葉を聞いた。
この35年間、MSPは3回の事故によって6人の殉職者を出した。うち1人は女性のパラメディックである。しかし1986年を最後として、最近19年間は無事故の飛行が続いている。
その後、朝鮮戦争では2万人以上の負傷兵が野戦病院までヘリコプターで搬送され、ベトナム戦争では20万人以上が搬送された。その結果、負傷兵の死亡率は第2次大戦中に100人中10人だったものが、朝鮮では100人中2.5人、ベトナムでは1人にまで減った。
こうしてヘリコプター救急は、朝鮮戦争やベトナム戦争で本格化し、国内の交通戦争にも使われるようになった。
米国のヘリコプター救急は当初、1960年代から70年代の頃、軍や公的機関によるものが多かった。その内容は、けが人や病人を拾い上げて運ぶだけ(scoop and run)という初歩的な救急搬送である。米警察航空協会によれば、1988年当時、全米で470機のヘリコプターが警察に使われていたが、その25%程度が救急飛行をしていたという。ただし、ほとんどが兼用機で、救急専用機は極くわずかであった。
ヘリコプター救急のほとんどは、当時も今も民間ヘリコプターのチャーターによっておこなわれている。ほかに、わずかながら病院自身がヘリコプターを所有し、自ら運航しているところもある。
病院拠点のヘリコプター救急がはじまったのは1972年10月12日コロラド州デンバーであった。聖アンソニー病院が民間機をチャーターして、屋上に待機させたものだが、そうした救急事業が1980年には全米42ヵ所に増え、総飛行時間は推定20,750時間となった。そして1986年、事業数は3倍以上の150ヵ所に増加、約95,000人の患者がヘリコプターで搬送された。
1991年には救急専用のヘリコプターが全米で225機となり、総飛行時間は約162,000時間となった。
1995年までに、全米の救命救急センターは5,000ヵ所ほどになったが、その4分の1がヘリポートを備えるようになった。
そして現在、2005年には650機以上の救急専用ヘリコプターが飛び、総飛行時間は30万時間を超えている。
それにしても、死者の絶対数が減らないのは一見して交通の安全が向上したようには思えない。そこで今、アメリカでは飲酒運転による事故が問題として大きく取り上げられている。
前章の表5-9に示すように、交通事故死の4割が飲酒運転である。アメリカでは出先で酒を飲んでも、たいていの場合は自分で運転して帰らざるを得ない。メリーランド州警察のカー警部も、酒酔い運転がなくなれば事故も死者も、もっと減るのだがといって嘆いていた。
近年は日本でも同じような傾向が出てきた。そこで今から3年前、2002年6月に飲酒運転の罰則が強化された結果、表6-1に示すように、酒酔い運転は大きく減少した。10年前にくらべて飲酒事故は半減したのである。
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[資料]平成17年交通安全白書(内閣府)
酒は、日本人より白人の方が強いというのは俗説か学説か知らぬが、酩酊すればやはり事故につながる。日本の飲酒運転が半減したように、アメリカも同じように減ればどうなるだろうか。年間42,000人の死者のうち4割が半分になるということは、8,400人の減少である。したがって、死者の総数は33,600人になる。
ちなみに、日本の酒気帯び運転は血中のアルコール濃度0.05%以上とされている。清酒1合を飲んだ程度だそうである。それに対しアメリカは0.08%まで認められる。この7月末までは、州によって0.10%まで可とされていた。なおスウェーデンは0.02%までしか認められない。
さらに実は、アメリカの交通事故で酒酔いに次いで多いのがスピード違反である。スピードの出しすぎによる事故は全体の3割を占める。日本では1割程度だが、アメリカのスピード違反も1割に減るならば死者の数も8,400人減となるであろう。
上の仮定から、酒酔いとスピードを合わせて16,800人が減るならば、アメリカの交通事故の死者42,000人は25,200人になる。「死者半減」とまでは行かないが、ちょうど4割減である。
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自動車走行距離(億マイル) |
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人身事故件数(件) |
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事故率(件/億マイル) |
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事故死者(人/年) |
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死亡率(人/億マイル) |
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[注1]事故死者数は日米ともに30日以内の死者
[注2]日本の走行距離は7,934億キロを億マイルに換算
[資料]米政府データおよび平成17年版交通安全白書
自動車走行距離は当然のことながら、広大なアメリカの方が日本の6倍に近い。しかし人身事故の発生件数は2倍程度である。したがって事故率としては、日本がアメリカの3倍近くになる。
同じように、事故による死亡率も日本の方が高い。日本の道路交通も決して安全とはいえないのである。その現状を改善し、死亡率を引き下げるには、第3章で見たヘリコプター救急と事故死との相関関係からしても、もっともっとヘリコプターを活用すべきであろう。それには官僚機構の縦割り、行政上の規制、ヘリコプターの運航に対する偏見など、今後なおさまざまな障害を排除し改善してゆかねばならない。